68 VS発狂スズ 後編
シアン視点です。
「ふー、ふー、ふー、熱い熱い熱い熱いいいいいいいいい!!」
スズは背中の鉤爪を纏めて、一本の巨大な鉤爪に変形し、それがスズの左腕に巻きつき巨大な剣の様になります。
それは鉤爪の形をしていますが、無数の口のような物が付いていて、触れただけで齧り取られそうです。
それを大ぶりに薙ぎはらいます。
お父様は余裕を持って回避し、カウンターの突きをスズに放ちます。
先ほどスズの魔力がさらに増大し、さらに速く硬く力強くなりましたが、手数が減ったので先ほどよりも楽になったようです。
「ぐっ、くっ、ぐがあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
スズは右の爪の腕と左の鉤爪の腕をクロスさせてXの字に斬りかかります。
それに対してお父様は腕の交わる一点に槍を突きつけ、
「反鏡」
"反鏡"を放ちました。
するとスズの爪の腕と鉤爪の腕は大きく弾かれました。
お父様の放った"反鏡"はお父様がスズの"爆神掌"を参考にして編み出した防御技です。
"爆神掌"は相手の体内で闘気を爆発させるに対して"反鏡"は相手の手前で闘気を爆発させます。
槍の穂先に圧縮させた闘気を相手の攻撃が槍の穂先に届く寸前で解放する事により、攻撃を反射させる技です。
闘気の圧縮も槍の穂先程度なのでタメも必要ありません。
理論上は"爆神掌"の様に誰にでも扱う事ができる技でありますが、使うタイミングや闘気の量を相手の攻撃に合わせて見極める必要があって、とてつもなく繊細な技で実践ではとても使えません。
しかし、お父様のセンスと技量なら使いこなす事が可能です。
スズは弾かれた事によって大きな隙を見せます。
お父様がその隙を見逃すはずがありません。
「閃華」
お父様は目にも留まらぬ速さで輝くような突きを何本も放ちます。
確かあれは"閃華"です。
闘気を纏った渾身の突きを何度も放つ技です。
"閃華"をくらったスズはいくつもの穴を空けながら吹き飛ばされたます。
しかし、案の定すぐに再生されました。
「いいいいい痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いいいいいいいいいいい。あ、あ、あ、あ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
スズは再びお父様に突進して、右の爪の腕と左の巨大な鉤爪を激しく振るいます。
今のスズの攻撃は、例えお父様であっても直撃すれば致命傷になりかねない危険な威力を持っていることでしょう。
しかし、お父様には当たりません。
正確には時々かすっていますが問題はないようです。
お父様はそれをすべて紙一重で避け、カウンターで突きを放っています。
お兄様やゼシェルやセレスもスズに衝撃を与えて体勢を崩させるなどしてお父様をサポートしています。
「嫌だ嫌だ嫌だイやだいヤだイヤだイヤダいやあいやあーーーーあっあっあ」
「父上! 鉤爪の根元が他よりも柔らかいようです!」
お兄様はサポートする傍ら、自身のユニークスキル『見聞者』にてスズの脆い場所を探していらっしゃったようです。
お父様はすぐさま、回りこみ、スズの鉤爪の一部を切り飛ばしました。
「ガアアアアアアアアアア!! 痛い痛い痛い痛いいたいーーーーー!!」
スズはダメージが深かったのか切り飛ばされた部分の鉤爪は再生する事はありませんでした。
「よし! 効いているぞ! スズの体力も後僅かな筈だ。このまま削りきる!」
お父様の言う通り、スズの体力は後僅かでしょう。
しかし、スズに体力を吸収し続けられたお父様達も同様のはずです。
ここからが長かったです。
お父様がいくらダメージを与えてもスズは暴れまわりました。
お父様が槍で貫き、切り裂く度にスズからスズから悲痛な叫びが発せられました。
それでもお父様は攻撃の手を止めません。
本当は今すぐにでもお父様を止めたいです。
悲痛な叫びをあげているスズを抱きしめたいです。
傷ついているスズなんて見たくありません。
わかっています。
お父様もスズを傷つけたくなんかありません。
お兄様もゼシェルもセレスもみんなそうです。
それでもみんなスズを攻撃します。
スズを救うために。
スズを傷つける事でしか救う事ができない自分の弱さが嫌になります。
私の歌にもっと強い力があれば。
それでも私にしかできない事をするためにみんなを援護しながらスズを救う為の歌を歌う力を蓄えます。
それからどれほどの時が経ったでしょうか。
どれほどスズが傷ついたでしょうか。
どれほどスズが悲痛な叫びをあげたでしょうか。
爪の腕も半ばで折れ、全身に切り傷や刺し傷が残っています。
もはや、再生する力も無いようです。
ふらふらで今にも倒れそうです。
「もうわけがわからない! 俺は誰だ!? ここはどこだ!? 熱くて寒くて苦しくて痛い! 誰か誰か誰かーーーー!! 助けて」
スズの悲痛な叫びに心を揺らされます。
それでもみんな動きを止めません。
今、スズは助けてと言いました。
スズは幼い頃から強く、スズから一度も"助けて"という言葉を聞いた事もありません。
そんなスズが"助けて"と言いました。
わかりました。
助けます。
今の狂気からも助けます。
その悲しみからも助けます。
あらゆる事から助けます。
だから、あとほんの少しだけ待っていてください。
必ず助けますから。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」
スズが突然、動きを止めたかと思うと、スズの魔力がさらに増大し始めました。
この戦闘で何度かスズの魔力は増大していますが、今回は比較になりません。
時間が経つごとに魔力が増大し続けます。
そして、スズを中心に魔力渦ができ、スズが見えなくなってしまいました。
「あいつ、まさか自爆する気が!?」
自爆。
そんな事、絶対にさせません!!
今までずっと後方にいた私は駆け出して、スズの元に向かいます。
「シアン! 馬鹿、止めろ!!」
お父様に止められましたが無視します。
スズの動きが止まった今がチャンスなのです。
それにこのまま放っておいたらスズが死んでしまいます。
魔力渦に飛び込みます。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
魔力渦の中心部に飛び込むとそこにはスズは頭を抱えながら悲痛な叫びをあげていました。
「今、助けます」
私は目を閉じ、スズの顔に両手を当てて、スズの口を私の口で塞ぎます。
そして、歌います。
スズだけのために。
スズを癒すために。
スズを癒す"癒しの歌"を歌います。
私の歌そのものはスズの『暴食』でも捕食できません。
捕食してもスズに効果を及ぼすそうです。
だからスズの口で歌います。
私の歌をすべて飲み込むように。
当然、今のスズの口に触れていて私も平気なわけありません。
スズの能力は私を喰らおうとしてきます。
痛いです。
苦しいです。
でも、スズの方がもっと痛くて苦しいはずです。
私はどれだけ苦しくても痛くても構いません。
苦しんでいるスズを癒すためなら。
スズに飲み込ませるように歌を歌います。
歌って歌って歌って。
そして、爆発が起きました。
ああ、ごめんなさい。
失敗してしまったようです。
私はダメな子ですね。
好きな人一人救えないなんて。
ごめんなさいお父様、ごめんなさいお母様、ごめんなさいお兄様、ごめんなさいシエルちゃん、ごめんなさいみんな。
ごめんなさいスズ。
あなたの事を愛しておりました。
こうして、あなたの元で逝ける事を幸せに思います。
愛しておりますスズ。
……あれ?
何故だか何の痛みもありません。
痛みを感じる暇もなく死んでしまったのでしょうか?
それにしては何かに抱きしめられている感覚がしますし感覚も現実的です。
そんな時、確かに聞こえました。
「シアン、ありがとう」
その声はよく聞く声です。
その声は一番好きな声です。
その声は大好きな人の声です。
目を開けると、スズの顔が映りました。
その髪や目や角の色は昨日までのスズと違う色です。
そして全身ボロボロでした。
それでも、彼はスズでした。
いつものスズでした。
「お前が目を覚ましてくれたんだ。ありがとう。助かったよ」
「あああああああああああああああああ、スズ、スズ、スズ!!」
私は涙を流しながらスズに抱きつきます。
いえ、元々抱きしめられていたので、抱きつき返します。
よかった。
本当によかった。
スズが帰ってきました。
本当に本当によかった。
「シアン! スズ! 無事か!?」
お父様の声が聞こえます。
お兄様の声もゼシェルの声もセレスの声も聞こえます。
みんな、私たちの元に駆け寄ってきました。
「スズ、正気に戻ったのか!?」
「うん。ハルさん、ジーク、爺や、セレス、迷惑かけてごめん。おかげで助かった」
「ううん、いいんだよスズ」
「そうですとも、こうしていつものスズ様に戻ったならば」
「ううう、よかったです。スズ様が元にお戻りになられてよかったです」
みんな、それぞれの反応を見せてスズが正気に戻った事を喜んでいる。
「お前は強い! だが一人で背負いこむな。今回みたいに限界が来る。少しは俺たちを頼れ!」
「うん。そうだな。今回は本当に助かった。ありがっっ!」
「スズ!?」
スズが突然倒れそうになりました。
慌てて支えます。
「大丈夫ですか!?」
「ああ、なんとかな。正気に戻った時には爆発する瞬間だったんだ。なんとか体の一部に爆発エネルギーを移してその部分を切り離したんだ。それでそれを捕食したんだけど、それでも間に合わずに少し爆発してしまってな。その爆発も少しは捕食して規模を縮小したんだけど、その爆発自体も受けてしまって。さっきの戦闘も合わさってちょっとダメージがやばい」
「まさか私を庇って!?」
あのとき確かに爆発が起きたはずです。
でも、私には傷一つありません。
「気にすんな。俺が勝手にやったことだよ。それより治療してくれ。このままだったら死んでしまいそうだ」
「ああああ、わかりました!」
私は歌を併用しながら魔術にて治療を行います。
しばらく治療を施しているとお父様が長方形の魔導具を取り出して耳に当てました。
「なんだ?」
『ちょっと! 何回かけたと思っているのよ! 誰も出ないし!』
その魔導具からお母様の声が聞こえてきました。
あの魔導具はスズが作った遠距離通話の魔導具です。
スズはケータイと呼んでいました。
「こっちは大変な事になっていたんだ」
『こっちも大変な事になっているわよ! そこにスズはいる?』
「ああ、スズもシアンもジークもゼシェルもセレスもいるぞ。……ああ、ああ、ああ、なに!? 本当か!?」
お母様に何か言われたのかお父様は大きな声で驚いています。
「わかった。すぐにそちらに行く!」
そう言ってお父様はケータイをしまいました。
「スズ! もう動けるか?」
「うん。もう大丈夫。シアンありがとう」
「いいえ」
スズは立ち上がります。
まだまだボロボロですが腕は元どおりです。
「すぐに村に向かうぞ!!」