61 愚か者ども
「連れてきたよ」
一人の青年が少女を抱えて大きな天幕に入る。
少女は気を失っているようだ。
そこには数名の人間がいた。
一人を除いて全員人間である。
残りの一人は耳の長いエルフであった。
でっぷりとした体格で華美なマントを身に纏う男、パールミス王。
この場で唯一のエルフである、ワーナー・レイベルト。
異世界人の勇者として召喚された、セイヤ・タケダ。
そして、拉致された少女、シエル・ロゼリア。
この4名以外はパールミス王の護衛や侍女である。
「遅かったではないか勇者よ」
「いやー、意外と手こずっちゃってね」
「して、そやつがそうなのかの?」
「そうだよね?」
セイヤはエルフであるワーナーに目を向ける。
「ええそうですよ。耳を確認してみてください」
セイヤは抱えている少女の耳に目をやる。
耳が長いが目の前のエルフほどではない。
確かにハーフエルフのようだ。
「どれ、余にも見せてみろ」
セイヤはパールミス王にシエルを渡す。
「確かにハーフエルフのようだの。しかしまだ子供ではないか」
「そうおっしゃらずに。もう10年も経てば立派な大人になります」
「そうか。それまで待つしかないのう」
「それにしてもハーフエルフってそんなに希少なの?」
「ああ、余も初めて見た。伝説上の存在だ」
「へぇー、こっちの世界じゃ騒ぐほどの存在じゃ無いんだけどな」
「勇者様の世界にはハーフエルフは沢山いらっしゃるので?」
「いいや、ハーフエルフどころかエルフや他の亜人族とか魔物すらいないよ。そんなのは物語の中だけ。ハーフエルフってただ人間とエルフの間に生まれた子供だと思っていたよ」
「んん」
そんな会話をしていると、シエルは目を覚ました。
「あれ、ここは?」
シエルは辺りをキョロキョロと見回す。
知らない場所で知らない人たちが沢山いる。
そして、時間とともにシエルの脳は覚醒していって思い出してしまった。
自分の母が殺される瞬間を。
「いやああああああ、お母さん、おかあさーーーん!!」
シエルは泣いた。
目の前で母が殺されてしまったのだ。
泣かないはずがない。
叫ばないはずがない。
「うるさいぞ。耳障りだ」
パシンとシエルはパールミス王に頬を叩かれた。
その様子を見てワーナーは歓喜した。
ワーナーはスズ達の村の出身である。
グレイスとほぼ同時期に村を出た。
最初は苦労しながらも上手くいっていた。
しかし、時が経つにつれ、上手くいかなくなり、酒に溺れ、賭け事に敗れて、借金だらけになった。
そして、自分が上手くいかない事に腹を立て、それら全てを他人の所為にするようになった。
そんな中、一番憎むようになったのはグレイスだった。
他国にいるはずのグレイスの活躍が耳に入ってきたりした。
自分は上手くいかないのに、グレイスだけ上手くいきやがってと憎むようになった。
子供の頃から優秀だったグレイスに対して持っていたライバル心は劣等感に変わり、憎悪に変わった。
ワーナーの借金が限界に達し、返せる当ても無いのでワーナーは逃げた。
逃げた先は故郷の村である。
故郷の村は村人以外は入れないし、上手いこといけば妖精を捕らえて売れば借金なんて無くなり、それを上回る金が手に入るかもしれない。
そう思ってワーナーは故郷の村に逃げた。
村に戻ってきてワーナーは思った。
(本当に何も無い村だ)
ワーナーに村に対する愛着などすでに無かった。
(やはり時期を見て妖精を捕まえよう)
そう思って村を歩いているとグレイスに出会った。
他国にまで活躍を聞こえてきていたグレイスがすでに村に戻ってきていたのだ。
ワーナーは上手くいっているのにこんな村に戻ってくるなど自分を馬鹿にしているのかとさらにグレイスを憎むようになった。
また、グレイスに妻であるアーシャと娘のシエルを紹介されより憎悪が深くなった。
アーシャはワーナーが見たことも無い程の美人であった。
そんな美人と結婚をし、さらに子供までいるなんて! とワーナーは憎悪を深くした。
そして、虎視眈々と妖精を捕らえる機会を狙っていたある日、ワーナーはとんでもない事を知った。
グレイスの娘、シエルはハーフエルフであると。
それを知った瞬間、ワーナーは行動を開始した。
まず、今まで過ごしていた国、パールミス王国戻り、その際、借金取りに捕まったが情報を流してパールミス王の元まで情報が流れるようにした。
そしてハーフエルフの存在を知ったパールミス王によって解放された。
そして、ワーナーはパールミス王と契約を交わした。
ハーフエルフと妖精のいる村の情報を渡すから金と地位をくれと。
ワーナーは村を売ったのだ。
村人達は皆、村に愛着を持っており帰属意識も高い。
だから旅に出てもいずれ帰ってくるのだ。
しかし、ワーナーは違った。
あんな村、金と地位が手に入るなら滅んでもいいと考えていた。
ワーナーは兵と召喚された勇者を村に案内して襲撃した。
村人であるワーナーが招けば兵も勇者も村に入れる。
グレイスが死んだ時はつい笑ってしまったものだ。
そして、そのグレイスの娘が不幸に遭っているのを見て歓喜した。
「うわあああああん、いたいよーー!! 助けてお父さん! 助けてお母さん! 助けてお兄ちゃん!」
ワーナーはシエルが泣き叫ぶ姿を見て笑いが止まらなくなりそうだった。
しかし、ワーナーが笑うことは無かった。
それよりも驚いてしまった。
突如、天幕の天井が吹き飛んだのだ。
「な、なんだ!?」
パールミス王を驚き、護衛は警戒している。
そして、その場に一人の白き鬼、スズが降り立った。
異様な雰囲気を放っており、明らかに怪しいのに誰一人動けないでいた。
「シエル」
スズがそう言うと、泣いていたシエルは顔を上げた。
「お兄ちゃん?」
「そうだよ。助けに来たぞ」
「ぐすっ。おにいぢゃん!」
シエルは助けに来てくれた兄に抱きつく。
変貌してしまっているがシエルには兄だとすぐにわかった。
「おがあざんが! おがあざんが!」
「うん、わかっている。辛かったな」
スズはそう言ってシエルを優しく抱きしめ、頭を撫でる。
「もう、大丈夫。でも、お兄ちゃんちょっと用事があるから終わるまで寝ていようか」
スズはシエルの頭を撫でながら魔術にてシエルを眠らせる。
シエルは魔力抵抗力が高いが、今は精神が弱まっていたのですんなり眠った。
「セレス」
「こちらに!」
スズが呼んだ瞬間、セレスはスズの側に現れた。
「シエルをシアンの元に連れて行ってくれ」
「かしこまりました」
セレスはスズからシエルを受け取り、再び転移で消えていった。
そこで、パールミス王は我に返った。
「き、貴様! 余のハーフエルフをどこにやった!」
「余のハーフエルフ? お前、言葉を選べよ?」
その瞬間、スズから覇気が放たれる。
発狂しては面白く無いので抑えているが効果は覿面である。
護衛や侍女はガタガタ震え始めているし、ワーナーは発狂一歩手前である。
ファルセム王とセイヤはその高慢さで多少は抵抗に成功している。
スズはたった一人だけいるエルフであるワーナーに目を向ける。
「お前、見たこと無いけど村の者か?」
「ひっ! そ、そうだ! なん、何なんだお前!」
「俺か? 俺はグレイスとアーシャの息子でさっきのシエルの兄だよ」
「グレイスの息子だと!?」
「そうだ。父さんと母さんを殺したやつは知っているか?」
「グ、グレイスを殺したのはあ、あいつだ。俺じゃない! あ、あの女は知らない!」
ワーナーはそう言ってセイヤに指差す。
「そうか。お前とお前とお前は楽に死ねると思うなよ?」
スズはパールミス王とセイヤとワーナーを指差す。
「何が楽に死ねると思うなだ! 死ぬのはお前だ! こやつを殺せ! 数はこちらが多い!」
パールミス王は護衛に命令する。
護衛は数が多いしここはパールミス軍の中心だという事を思い出してか、少し余裕を取り戻し、スズへと攻撃する。
しかし、攻撃はスズへと届かない。
スズは護衛の攻撃が届く前に刀を取り出してその場で一振り。
次の瞬間、護衛は塵となって消えていった。
「は!?」
残った者はその光景に驚いた。
「ここじゃ少し狭いな」
スズはそう呟いた瞬間、スズを中心に突風、衝撃が巻き起こる。
スズ以外全て吹き飛ばされ、天幕も吹き飛ばされた。