60 白き鬼
「何が起こっているのでしょうか」
シアンは不安そうに呟く。
突然、シエルのペットのソラが屋敷に突っ込んできた。
雨に濡れ、怪我もしており、血にまみれ、息も絶え絶えな様子。
それでもソラは必死に何かをスズに伝えた。
どうやらスズの故郷の村に何かが起こったらしい。
スズはすぐに飛び立って行った。
ソラは力尽きたのか眠ってしまった。
「シアン様、ご心配なされるな。なに、スズ様が向かわれたのです。きっとご無事です」
「そう、ですよね。スズですものね」
シアンはゼシェルの言葉に頷くが、果たしてそうだろうかと思う。
確かにスズはとても強くて頼りになる存在だ。
なんでもできると思ってしまう。
でも、そうなのだろうか?
例外的だが、海神王のようにスズよりも強い存在もいるのだ。
ゼシェルとセレスはスズの事を崇拝している。
スズならば心配ないと。
でも、シアンはそうは思わない。
スズだって傷つくのだ。
シアンはとてつもなく嫌な予感を感じながらそう思っていた。
「おや、何方かいらっしゃったようですね」
ゼシェルはそう言って吹き飛ばされた壁の方に目を向ける。
それには騎士が数名いた。
屋敷の敷地に入ろうとしているようだが、何かに阻まれて進めないでいる。
スズが結界を構築しているので、スズやシアンなど、スズとスズに近しい者が招き入れないと屋敷に入れないのだ。
ゼシェルは騎士達の元に向かい話を聞きに行った。
ゼシェルとしばらく話した騎士達はそのまま帰って行った。
「どうしたのです?」
「なにやらとんでもなく速い狼の魔物が王都に侵入しまして。それを追っていたらこの屋敷の壁が吹き飛んで、もしやと思いやってきたそうです」
「魔物って、ソラの事ですよね」
「ええ。いくつか説明して帰ってもらいました」
そう言ってからゼシェルは吹き飛んだ壁の簡易的な修復を始めた。
この屋敷はスズのゴーレムなのでスズがいればすぐに直る。
しかし、この場にはスズがおらず、壁が吹き飛んだままなのはどうかと思い修復を始めたのだ。
「シアン様、紅茶をどうぞ」
「ありがとう」
シアンはその様子を見ながらセレスが淹れた紅茶を飲もうとする。
「あっ」
シアンがマグカップの取っ手を持つとパキッと割れて紅茶が溢れてしまった。
「っっ! 申し訳ございません!」
「いえ、こちらこそ申し訳ございません! シアン様は火傷しておりませんか!?」
「ええ、大丈夫です。私にはかかっていません」
「それはよかったです。にしてもおかしいですね。新品のマグカップなのですが」
セレスは首を捻りながらテーブルを拭く。
その様子を見ながらシアンは先ほどよりも強く不安を感じていた。
スズが出て行って幾らか時間が経った頃、
「「スズ様!?」」
とゼシェルとセレスが突然叫んだ。
「スズがどうかなさったのですか!?」
「スズ様の御身は無事でございます。しかし、何かあったご様子。私とセレスは今すぐスズ様の元に向かいます。申し訳ございません!」
ゼシェルとセレスは一礼してから転移していった。
「私は……ソラもいますしこの場に残るべきでしょうか。……スズ、とても嫌な予感がします。どうか無事でいてください」
シアンはスズの無事を祈りながら待つ事にした。
「「スズ様! いかがなされましたか!?」」
ゼシェルとセレスはスズの側に転移する。
通常、転移は一度行ったことがある場所か、正確な座標を割り出すかをしないとできない。
しかし、ゼシェルとセレスはスズとの間に構築された魂の回廊を通ってスズの側まで転移することができる。
「爺やとセレスか?」
二人の存在に気づいたスズは二人の方に顔を向ける。
「スズ様、そのお姿は?」
二人の見たスズ姿はいつもの姿ではなかった。
見事な黒い髪は恐ろしいほど白くなっており、纏めていたものが解けている。
また、その同じく黒かった瞳は紅く輝いており、その目からは瞳と同じ色の涙が流れていた。
その肌は髪と同じく白磁のように白かった。
そして、白かった二本の角は髪や肌とは逆に禍々しさを感じるほど黒かった。
二人は主君の大きな変貌に驚いたが、不思議とそれが正しい姿に思え、魅力さえ感じて我を忘れてスズを魅入ってしまった。
我に返った二人が次に目に入ったのは、スズに抱きかかえられているアーシャの存在だった。
「アーシャ様!」
「もう、死んでいるよ。村の入り口には父さんも他のみんなも」
「なん、という……」
スズは抱きかかえていたアーシャをゆっくりと丁寧に横に寝かせた。
「シエルが攫われたみたいだ。取り返しに行ってくる。用があればこちらから連絡する。それまで好きにしていてくれ」
そう言ってスズはフッと消えた。
転移ではなく、ただ移動しただけであったが、ゼシェルとセレスにはその動きが一切見えなかった。
スズが向かった先は村の中央だ。
そこでは、妖精達の長、トレストテレスが結界を構築しており、他の妖精達を守っている。
その結界を破ろうと何人もの男達が結界を攻撃している。
「へへへ、おとなしく諦めて出てこいよ!」
一人の男がそう言いながら武器を振り上げて結界に攻撃する。
武器と結界が衝突する音が響き渡り、その音が妖精達に恐怖を与えて悲鳴をあげさせている。
男は泣き叫ぶ妖精達を見て愉悦に感じていた。
もっともそれはすぐに終わるのだが。
「おい」
「へへへ、なんだ? ごぺらぎゅ!」
男は後ろから呼びかけられて振り向くと、そこには禍々しい黒い角をもった白き鬼がいた。
それが男の最後の記憶となった。
男が振り向いた瞬間、白い鬼、スズは男の頭に手を伸ばして握りつぶした。
「な、なんだ貴様!」
周りの男達はその光景に驚愕し、その原因を作った突如現れた白い鬼を排除しようよ考え、一歩踏み出した。
その瞬間、突然脚の力が抜けて、ドシャッと地面に倒れてしまった。
「な、に!?」
男達はいきなり倒れてしまった事に驚き、次の瞬間とんでもない激痛に襲われた。
「「「ぎぃやあああああああああ!!」」」
男達から悲鳴があがる。
痛みの元である脚を確認すると、あるはずの脚が存在していなかった。
膝より先が存在していなかった。
スズはその場で数度刀を振るっただけだ。
斬撃が生じる位置を男達の脚に作り変えたのだ。
結果、結界を攻撃していた者は誰一人例外なくスズによって脚を切断されたのだ。
スズは男達からあがる悲鳴を無視して一番偉そうな者の元へ行き、髪を掴んで顔をあげさせる。
「おい、これはいったいどういう事だ?」
「ふぅー、ふぅー、きさ、貴様! 我らにこんな事をしてただで済むと思っているのか!?」
男は脚の痛みに必死に耐えてスズを睨みつける。
「いいから質問に答えろ。なぜこの村にいる? どうして村を襲撃する? シエルはどこだ?」
「そんな事貴様に答える筋合いは無い!」
「そうか」
スズは刀を取り出して、スパンッと男を切り裂いた。
しかし、男には一切の外傷がない。
ただ、異常なまでガタガタと震え始めた。
まるで脚の痛みなどどうでもいいかのように。
「あ、ひ、た、たすけ、助けて」
先程までの威勢は何だったのかというほど男はガタガタと震え、スズに恐怖し始めた。
スズは刀で男を切り裂いた際に、男が感じている感情を恐怖に作り変えたのだ。
そして、作り変えて肥大した恐怖をさらに昇華させた。
もちろん発狂しないように精神も固定させてある。
男には矜持や忠誠心などはもはや残っていない。
ただスズへの恐怖のみが残っている。
「なあ、質問に答えろよ」
「は、はぃーー!」
男はスズの質問に答えた。
男はパールミス王国の騎士だ。
パールミス王国は異世界人の召喚に成功し、召喚された異世界人、勇者はとてつもなく強く、一人で戦局を変える力を持っていた。
それによってグローリアス王国に侵略戦争を開始。
そんな時、王の元にある情報が入った。
ハーフエルフがいると。
ハーフエルフの家系は栄える。
王のハーフエルフを欲し、その情報をもたらした者にハーフエルフの居場所、この村に案内させた。
さらに、情報をもたらした者は妖精も沢山いると言う。
妖精を一匹オークションに出品すれば多くの金持ちが手に入れようと莫大な資金を注ぎ込む。
それほどに妖精は希少で価値があった。
王がこの村を欲しないわけがない。
情報をもたらした者が言うには村の住人はとても強いとの事で兵と勇者を送り込んだ。
そして、村人達は抵抗が強いため皆殺しにし、勇者がハーフエルフを捕らえ、残りの人間は妖精を捕らえようした。
何匹かの妖精は捕らえたが、あの結界に隠れられて今に至る。
ハーフエルフは今頃王の元に連れられているだろう。
男はそう答えた。
「そうか、じゃあ、死ね」
「え、ちょ、まって、いやだ! ぎゃああああああ!」
話を聞き終えたスズは即座に男を殺した。
欲しい情報も手に入ったので転がっている男達も全て殺した。
「スズ、なのですか?」
男達を皆殺しにしたスズの元に結界の構築を止めたトレストテレスがやってきた。
「ああ、妖精達はどれくらい連れ去られた?」
「おそらく、半数以上かと」
「そう。村の人たちは?」
妖精達の長は首を横に振る。
男の証言通り生き残りはいないという事だろう。
「そうか。わかった」
スズはそう言うと膨大な魔力をもって魔術を行使する。
「コールデーモンサモン!!」
悪魔召喚魔術によって現れたのは51柱の悪魔。
以前、レヴィアとの戦闘の時より少ないが、一柱を除き、全て上位悪魔クラスであった。
そして、それ以外のたった一柱の悪魔はそれらを遥かに上回る存在であった。
「ふふふふ、スズ様、以前よりも遥かな高みに至ったようで。このリオン感激しております。何なりとご命令を!」
以前、スズにリオンと名付けられた大悪魔とその背後にいる悪魔達は片膝をついて礼を取る。
リオンは以前、レヴィアに消滅させられたが、すでに復活を果たしていた。
その時、十分な役割を果たしたとスズは思ったが、レヴィアに抵抗できずにあっさりと負けてしまったリオンはそうは思わず、自身の強化と少しでも使える人材を集めていたのだ。
結果、50柱もの上位悪魔を集める事に成功した。
もっとも、リオンはその50柱の悪魔を使えるようにしただけで、自身と上位悪魔50柱を召喚させたのはスズの力である。
リオンはスズがどんな理由にせよ力を増した事に歓喜する。
「連れ去られた妖精達を取り戻せ! 妖精達を傷つける事は許さん。連れ去った人間共は殺してもいい。報酬は後だ。それとリオンはこの村に残り妖精達を守れ。わかったら行けっ!!」
「「「ハハッ!」」」
悪魔達は一斉に行動を開始した。
「妖精達は悪魔達に任せた。俺はシエルを取り戻しに行ってくる」
そしてスズはシエルを取り戻すためにその場を後にした。




