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58 ソラの知らせ

 パチリと目を覚ます。

 後頭部が暖かく柔らかいものに包まれており、頭をサラサラと撫でられている感覚がある。


「あらスズ、起きましたの」


 二つの山の向こうから声の主は俺を見てニッコリと微笑んでいる。


「……何しているんだ?」

「見ての通り膝枕ですよ」


 いや、まあそうなんだけど。

 さっきまでいなかったはずのシアンに何故か膝枕されている。


「私が来た時、スズが珍しくお昼寝をしていたので起こすのも何なのでこうして膝枕していたのです」


 あー、そういや寝てたのか。

 寝なくてもいい体質なので昼寝とか滅多にしないのにな。

 いつの間にかソファーで寝ていたらしい。

 その時ちょうどシアンが来たのか。


「あー、何か夢を見てた気がする」

「夢ですか?」

「うん。でも何も覚えていないな。内容どころか楽しいとか怖いとかすら覚えていない」


 普段、夢とか見ないからな。

 そもそも寝る必要すら無いし。

 毎日寝ているのは娯楽だ。

 必要は無いけど睡眠欲はある。

 眠った方が幸せなのだ。

 まあ、本来は寝る必要が無いせいか夢とか見ない。

 最後に見たのはいつだったかな?


「まあ、夢ですものね。そんな事もありますよ」

「シアンは夢を見るか?」

「ええ、今日も見ましたよ」

「へー、どんな夢?」


 俺が問うとシアンはニマニマしながら答えた。


「私とスズの結婚式の夢です。白い礼服を着たスズ。ウエディングドレスを着た私。お父様に手を引かれてヴィージンロードを歩いて

……」


 シアンは嬉しそうにそれはそれは詳細に語りだした。

 一切覚えていない俺と異なり鮮明に覚えているようだ。


「まあ、5日に一回くらいは似たような夢を見ますね」


 夢は本人の願望を表すって言うけれど、シアンの願望強すぎだろ。

 5日に一回って。


 その後もシアンと夢の話をし続けた。

 一度頭を上げようとしたけれどシアンが残念がるのでそのまま膝枕をされながら話した。

 まあ、嫌いじゃないからいいけど。

 うん、嫌いじゃない。



 ふと、窓の外を見ると雨が降ってきていた。


「雨降ってきたな」

「雨ですか、面倒ですね」


 外は雨が降ってきており、今日は学園は休みだが外出する気にはなれない。

 もともと外出する気はないけど。


「何だか嫌な雨だな」

「そうですね。そう言えば、お父様は戦争の準備で忙しいみたいですよ」

「へぇー、戦争かぁ。詳しくは知らないな。確か、パールミス王国だっけ?」


 パールミス王国。

 このグローリアス王国と隣接している国の一つだ。

 グローリアス王国と同じくメルデル大森林に隣接している。

 一応、グローリアス王国の仮想敵国であり何度も戦争をしている。

 もっとも、グローリアス王国の方が国力は上で毎回勝っており、その度にお金などを貰っているみたいだが。

 最近は小さな小競り合い位しかしていないみたいだったのだけど。


「向こうからいきなり宣戦布告してきたんだよな?」

「ええ、しかも既にあちらは軍事編成が済んでいて進軍して来ているようです。もうすぐ国境らしいのでベスター辺境伯には頑張ってもらわないといけませんね」


 大変だなあ。

 理由は知らないけどいきなり宣戦布告とか各国に印象が悪いんじゃない?

 そりゃ、グローリアス王国軍が整っていない内に攻撃できるから有利なんだろうけど、批判されるだろうね。


「なんで戦争を仕掛けて来たんだ?」

「それが分からないのです」

「え?」

「本当にいきなり宣戦布告をして来たのです。使者は一応それらしい理由を言ったらしいのですが、どれも取って付けた様な理由で戦争には至らないはずなんですが」

「侵略戦争って事?」

「おそらくは」


 だったら尚更なんで戦争なんて仕掛けて来たんだ?

 パールミス王国は小国ではないけど、大国であるグローリアス王国に比べたら国力が下であるはずだ。

 それに、ハルさんがいる。

 ハルさんは世界に名を轟かせている圧倒的な強者だ。

 仮にあちらにSランク相当の者が10人いてもハルさんには勝てないだろう。

 まあ、実際にあちらにSランク相当の者が10人いるとは思えないし、ハルさんは国王なので直接戦闘するなんて事はないだろう。

 いや、あの人ならありえるか?

 ありそうだな。

 闇の氾濫でも前線で戦ってたし。


 どちらにせよパールミス王国が勝てるとは思えない。


「お父様ったら意味の分からない戦争を仕掛けられて、仕事が増えて相当イライラしていましたよ。『俺一人で蹴散らしてやる!』って言っていましたもの」


 うわぁ、マジでイライラしていそうだな。

 実際にできそうだし。


「ハルさんも大変だけど周りも大変だな」

「ええ、本当に。旅に出ていたお兄様も戻って来られましたし」

「そうなんだ」


 ジークは学園卒業後、仲間たちと冒険者の旅に出たのだが、どうやら戦争で戻させられたらしい。


「行って帰ってきただけになったな」

「ええ、お兄様も怒っていましたし、今頃悪どい策を考えていると思います」


 確かにジークもジークでえげつないからな。

 ジークは天才だ。

 俺とほぼ同等の知能を備えている。

 戦う力はハルさんに遥かに劣るが、知能はこの国で一番高いと思う。

 特に策略を弄する能力は非常に高い。

 それにユニークスキル『見聞者』を保有している。

 戦局を常に把握できるし、戦場も見通せる。

 奇襲も効かない。

 相手の動きはジークに筒抜けなのだ。

 ほぼ人外の域の知能を持つジークが情報を把握するスキルを持っているのだ。

 戦争でジークが負けるはずが無いだろう。


 そんな風に内容は物騒だが、いつもの様にシアンと会話していた。

 そんな時、


 ーーズゴォーーーーン!!


 と言う音とともに屋敷の壁が吹き飛んだ。

 俺はすぐさまシアンを守る様に前に立つ。


「シアン大丈夫か?」

「ええ、それよりも!」


 屋敷の壁を吹き飛んだ理由がそこにいた。

 よく知っている存在が屋敷の壁を吹き飛ばした。


「ソラ!」


 そこにはシエルのペットであるソラがいた。

 しかも、雨に濡れ、怪我を負っており、血が流れ、余程疲れたのか息もかなり荒い。


「ワンワンワンワンワン!!!」


 ソラは俺を認識すると、焦った様子で吠え始めた。

 どうなっている?

 まさか……。


「まさか、村に何かあったのか?」

「ワン!!」


 ソラは肯定するかの様に一際強く吠えた。

 くそっ!

 何があったんだ!?


「とりあえず村行ってみる! 後は頼んだ!」


 そう言って即座に村へ転移しようとする。

 しかし、


「転移できない?」


 何かに阻まれてか村に転移する事ができない。

 くそっ!

 ソラがこんな状態で屋敷に飛び込んでくるなんてただ事じゃない!

 嫌な予感しかしない。


「くそっ!」


 仕方ないので村への転移は諦めて、飛んで行く事にした。


 全速力で飛ぶ。

 空気、音の壁が邪魔をするので『暴食(グラ)』で前方を捕食して真空にする。

 邪魔するものは何もない。

 俺は音速の何倍ものスピードを出して飛び続けた。

 魔術なんかで音速を超えて移動する事は出来るけれど、俺にとってはこれが一番速いと思う。


 ソラの飛ぶスピードもかなり速い。

 流石に俺には劣るが天狼(シリウス)なだけあって超スピードで飛ぶ事ができるはずだ。

 なら、ソラが村を発って数時間しか経っていないはず。

 急げ急げ急げ急げ!!


 俺は急いで、メルデル大森林の村の近くまでやって来た。

 ここから村に入るには特定の方法で入らなければならない。

 村は結界によって隠されている。

 以前、キデンサーが襲来して来た時に壊されたが、既に修復されている。

 俺も手を加えて、二度と破壊されないように結界を強化している。

 でも、この結界の本質は同じだ。

 結界によって隠されて村に入るには、特定の道順に沿って行けばいい。

 ゲームなんかで良くある迷いの森みたいなものだ。

 かなり複雑なので、村の人にしか入る事ができない。

 他の方法としては、村の人が中から招く事だけだ。


 俺は道順に沿って全速力で移動する。

 左に向かい、右に向かい、前に向かい、後ろに向かい、時には上にだって向かう。

 そして、何度も道順に沿って移動して、やっと村の入り口にたどり着いた。


「な、んだ、これは……」


 俺が村にたどり着いて見た光景は最悪だった。

 雨が降ってもなお燃える家々。

 地面に血を流して倒れている村人達。

 雨と血が混ざり合って赤く染まった水たまり。

 村の中心からは妖精達の悲鳴が聞こえてくる。




 なんだこれなんだこれのんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれなんだこれ




 みんな死んでいた。

 狩りが上手いガルスさんも、装飾品を作るのが上手いソニアさんも、よく一緒に料理を作ったミランダさんも、みんな、みんな、みんな死んでいた。


 そして、俺は気づいた。

 気づいてしまった。

 倒れている村人達の中でたった一人立っている鬼の存在に。

 全身血まみれで、無数の剣や槍、矢などが鬼に刺さっていた。

 それでも鬼は刀を杖にして倒れそうな体を保ち、村を守るように立っていた。

 鬼は立ったまま死んでいた。

 鬼の名前を俺は知っている。

 知らないはずが無い。

 鬼の名はグレイス・ロゼリア。


 知りたくなかった、知ってしまった。

 気づいてしまった。

 認めたくなかった。

 それでも現実は非常だった。



 死んでいたのは父さんだった。

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