幕間 篠原善治郎の思い出その4
「あいつ、本当に来るんでしょうか?」
「来ることを祈ろうぜ」
とある倉庫内、男達が会話している。
佐藤朱里を攫った者達だ。
「んーんー!」
その証拠に佐藤朱里は男達の近くで目隠しされ、口を塞がれて椅子に縛り付けられている。
「まあ、来なくてもまた今度呼び出せばいいじゃないか。その時はこの子で遊ぼうぜ」
「んんーーー!!」
佐藤朱里は男達の会話を聞き、ジタバタするが拘束が外れる事はない。
「へへっ、時間まで待たずにさっさと遊びましょうよ。こんな美人なんてそうそういませんよ」
「アホか。楽しみは後にとっておくもんよ。茨木の野郎をぶっ殺してからの方が楽しいぜ」
男達はゲスく嗤いながら鈴を持っていると倉庫の外から男達の仲間がやって来た。
「兄貴! どうやら来たようですぜ。10人ほどいますが」
「はん! たった10人程度まとめて片付けてしまえ。この倉庫に入ってきた時が最後だ」
男達、特に兄貴と呼ばれた男は今か今かと楽しみにしながら待ち構えていた。
「はいどーん! お望み通り鈴くん自らやって来たぞ。未成年誘拐犯達は俺に何のようかな?」
そして、鈴は躊躇うことなくふざけたかの様に倉庫に入ってきた。
ー▽ー
「はいどーん!」
何正面から入ってんだよ!?
普通裏から佐藤さんを助けようとしないのか!?
鈴についてきて指定された場所である倉庫にやって来た。
鈴は躊躇う事なく正面から倉庫に入り、俺たちも慌てて中に入る。
中は薄暗く、奥には複数の不良っぽい男達と、椅子に縛り付けられている佐藤さんがいた。
「それで、何でわざわざ俺を指名したんだ? ああ、こいつらは勝手についてきたと思って見逃してね」
鈴は何の緊張も見せずに言う。
すごいな鈴。
俺なんかあの不良っぽい男達を見て変な汗かいてきたぞ。
「なんでお前を指名したかだぁ!? てめえが俺の弟をボコったからだろうが!?」
「え? 別にお前の弟なんて知らな……あー、あれかな? いやでもあっちから手出しして来たんだし正当防衛だよ?」
「うるせぇぇ!! お前達出てこい!!」
鈴と喋っていたリーダー格と思われる男がパチンッと指を鳴らすと、物の影からバットやら鉄パイプやら持った男達が現れた。
100人くらい。
こっちは10人、やばくないか?
「お前達! 複数人で女性を捕らえ、大勢で待ち構えて恥ずかしくないのか!?」
宮本が前に出て何か言い出す。
挑発すんなよ。
「なんだお前は? 正義のヒーロー気取りか? くだらない。お前ら! こいつらをやってしまえ!」
男が命令すると100人ほどの男達はニヤニヤ嗤いながらこちらに向かってきた。
「俺をどうにかしたかったら、あと1000人は連れて来いよ」
鈴はそう呟くと消えたかのように駆け出した。
いつの間にか鉄パイプを奪い、それを使って10人ほど気絶させた。
ほとんど一瞬の出来事だった。
「てめぇ!」
男達は武器で鈴を殴りかけるも全て避けられ、いなされた。
鈴はそんな男達を嘲笑うかの様に的確に男達を鉄パイプで殴る、肘で打つ、脚で蹴るなどしてほぼ一撃で気絶させていった。
「良いもん見せてやるよ! 発勁!!」
鈴が男の一人に手を当てる様に何かをすると、男は血反吐を吐きながら倒れた。
「ふしゅうううううう」
発勁ってあれ? 中国拳法か何かのあれ?
鈴ってそんな技使えるのか!?
その後も鈴は手前から順に倒していき、あっといつ間に100人くらいの男達を倒した。
1分も経っていないと思う。
秒殺だ。
そして、残っているのは奥にいる数人の男達だけになった。
俺は、いや、俺たちは圧倒的なまでの鈴の強さにただ見ているだけしかできなかった。
「はい、あとはお前らだけ」
「ななななな、なんだお前は!?」
「茨木鈴ですが?」
「く、くそっ! これ以上近寄るな!」
リーダー格の男は懐から何かを取り出した。
あれは……拳銃!?
「これ以上近寄ったら撃つぞ!!」
リーダー格の男は鈴に向かって拳銃を構える。
しかし鈴はゆっくりと男達に向かって歩く。
「くっ、来るな! 来るな! う、うわぁーーーーーーー!!」
ーードォン!!
ーーキンッ!
リーダー格の男が鈴に発砲してしまった。
その瞬間、何やら奇妙な金属音がした。
え、鈴撃たれ……何、今の金属音?
俺は拳銃が撃たれた事に呆然としていると、俺の近くに何かが転がって来た。
よく見ると、何かの金属であり、まるで銃弾が真っ二つになった物に見える。
というか、たぶんそうだ。
……え?
俺は鈴の方に目を向けると、鈴は先ほどまで持っていなかったナイフをクルクルと回していた。
「撃つなよ。危ないじゃないか。位置的に頭だったし俺じゃなきゃ死んでいたぞ?」
え、あいつまさか、そのナイフで銃弾を切って防いだのか!?
ありえない……。
「うそ……だろ。弾を切りやがった……」
リーダー格の男は呆然としている。
それはそうだろう。
俺だって呆然としている。
「さて、お前らじゃ俺には勝てない。わかったら佐藤を解放しなさい」
鈴の音がそう言うとリーダー格に男はハッと我にかえると、拳銃を佐藤さんに突きつけた。
「そうだ! こいつを殺されたくなかったら今すぐ武器を離して……」
リーダー格の男がそれ以上喋る事はなかった。
リーダー格の男は突然倒れて頭から血を流し始めた。
その頭には鈴が先ほどまで持っていたナイフが刺さっていた。
鈴は投擲後の姿勢をしている。
「あ、兄貴、……し、死んでる……う、あわぁーーーー!!」
……え?
死んでる?
鈴が殺した……??
親友が人を殺した光景を見ているにも関わらず、何だか冷静な自分がいる。
リーダー格の男の側にいた男達は目の前で死を見て、どこかへ逃げ出していった。
そして鈴は刺さっていたナイフを回収して、佐藤さんの拘束を解除した。
「佐藤、大丈夫?」
「い、茨木くん。わ、私は。ごめんなさい!! 私の、私のせいでっ!!」
佐藤さんが鈴に泣きながら謝っている。
自分が捕まって鈴を危険な目にあわせたのと、鈴に人殺しをさせた事で自分を責めているのだろうか?
鈴は謝り続ける佐藤さんを無視してスマホを取り出して何やらした後、佐藤さんを連れてこちらに来た。
「朱里!!」
こちらに来た鈴と佐藤さんを見て音無さんが我に返り、佐藤さんに抱きつく。
「よかった、よかった無事で」
「沙耶、あああ、でも、茨木くんが……」
二人は抱き合って泣いている。
その時、後ろの倉庫の入り口から複数人の警察がやって来た。
「よう黒沼さん」
そして、最後に30代くらいの男性が鈴の元にやって来た。
「……やってしまったのか?」
「ああ、さすがにちょっと危ないと思ってね。一回撃たれたし」
「そうか。ところでこいつらは?」
黒沼さん? は俺たちを見る。
「一緒に行くって言われてな。怪我はさせてないよ」
「そうか」
黒沼さんはそう呟くとこちらを向いた。
「見ての通り、ここは事件の現場だ。君達には後で署に同行してもらう。いいね?」
俺は黒沼さんの言葉に頷く。
「俺は?」
「お前も当然来てもらうぞ。詳しく話してもらう」
「はいはい。了解であります黒沼殿!」
鈴はふざけたかのように、それにも関わらず妙に映える見事な敬礼をした。
「ああ、それとそこにいる髪の長い方の女の子。彼女はここに誘拐されていた被害者だ。外傷は無いようだけど念のため病院で検査を受けさせた方がいいよ」
「わかった手配しておく。君達はそこで待機していてくれ」
黒沼さんはそう言うと奥に、死体がある方に歩いていった。
その頃になると、みんな現実を認識するし始めたのかチラチラと鈴を見始めた。
みんな、鈴にどう接すればいいのか分からないのだろう。
何しろクラスメイトが目の前で人を殺したのだから。
俺も。
いや、俺はもう決まっている。
「す……」
「茨木!!」
俺は鈴を呼びかけようとすると宮本に遮られた。
「何?」
「なんで、なんで殺した!!」
宮本を信じられないかの様に、責めるかの様に鈴に言い放った。
「何でって見てただろう? あいつが佐藤に拳銃を突きつけたからだよ。撃たれる前に殺した。佐藤さんが殺されたら意味無いからな」
鈴は何でも無いかの様に言い放つ。
俺はその様子に少し恐怖してしまった。
まるで命を何とも思っていないかの様な鈴の様子に。
「だからって、だからって殺す必要はないだろう!!」
「お前、俺の話し聞いてた? 佐藤は拳銃を突きつけられてたんだよ? あいつが引き金一つ引くだけで佐藤は殺されていたんだよ。ならあいつを殺すべきだったって子供でも分かる事じゃないか」
「それでも、殺すなんて!! 人ごろ、人ごっ」
ーーパシンッ!!
宮本は最後まで言えなかった。
何故なら佐藤さんにビンタされたから。
「なんで、そんな事言うの。茨木くんは私を助けてくれたんだよ。それなのに、茨木くんをそんな風に言わないで!! 悪いのは私!! 茨木くんが危ない目にあったのも人を殺させたのも私!! なのに、なんで茨木くんを責めるの!!」
佐藤さんは泣きながら宮本を責める。
「だが! 佐藤さんは巻き込まれただけだろう!! 元はと言えば茨木があいつの弟に何かしたのだろう!! だったら佐藤さんが攫われたのも茨木が人を殺したのも全部茨木のせいじゃないか!! それにどんな理由であれ人を殺して良いはずがない!!」
宮本は何もかも鈴が悪いかの様に言い放つ。
「ああ、そうだったな。佐藤ごめんね。なんか巻き込んだみたいで」
「そんな、違うよ。私が捕まったりしなかったら……」
「そうだ! 茨木が悪い!! なのになんでお前はそんなに平然としている!?」
「良い加減して勇輝!!」
今度は音無さんが宮本を止める。
「なんであんたが茨木くんを責めるのよ!!」
「だからこいつは人殺しを!」
「でも、朱里を助けたわ!! そうしないと朱里は死んじゃってたのかもしれないのよ!?」
「だけど、佐藤さんは巻き込まれただけじゃないか!! 元々は茨木が!」
「だとしても実際に朱里を助けたのは茨木くん! あんたは結局何もしなかったじゃない!! 茨木くん一人で朱里を助けたじゃない!! 何もしなかったあんたが茨木くんを責めるのはお門違いよ!!」
何もしなかったか。
そうだな俺も何もしなかった。
ただただ鈴を見ているだけだった。
鈴一人に背負わせてしまった。
「なんで、みんな茨木を庇うんだ!? あいつは人殺しだぞ!!」
「やめろ宮本!! 音無さんの言う通り鈴に全部やらせたんだ。それなのに責めるのはやめろ!!」
まるで鈴を悪そのものにしたいかの様に騒ぐ宮本を止める。
これ以上鈴を責めさせるわけにはいかない。
俺はどんな事があろうと鈴の味方になると決めたのだ。
それに音無さんの言う通り俺たちに鈴を責める資格は無い。
「はあ、別にお前が俺の事を殺人犯と思おうが勝手だけどいちいち突っかかってくるなよ。人が死んだところを見せたのは謝るけどさ、そろそろやめてくれない? ちょっと鬱陶しい。っと、黒沼さんが来たね」
鈴は宮本の事を醒めた目で見ながら言い放つ。
そして、鈴の言う通り黒沼さんがこちらにやって来た。
「遅くなってすまない。これから署に同行してもらう。軽い事情聴取だけだから安心してくれ。それじゃついて来てくれ」
黒沼さんが倉庫の外に向かうので俺たちもそれについていく。
「茨木、すまない」
その途中、先生が鈴に謝る。
「教師でありながらお前にこんな事をさせてしまった。お前の責任ではない。全部俺の責任だ」
「いいや、殺したのは俺だし先生が責任を感じる必要はないよ。それでも責任を感じるんだったらさっき宮本を止めて欲しかったかな」
「……すまない」
「冗談冗談。宮本の言う通り俺が自分の意思で殺したんだ。そこに先生の意思が介入する余地はなかった。たがら責任を感じる必要ないよ」
鈴は先生にそう言ってから俺の所まで来た。
「変な所に連れてきてしまってごめんね。まさか拳銃持ってるとは思わなくて。嫌なもん見せてしまったな」
「いや、俺も悪い。何の役にも立たなくて」
「あと千人くらいいたら役に立って欲しかったかもね。それと、話しかけておいて何だけど、お前もこんな人殺しと話したくなかったら無理しなくていいぞ?」
「そんな事ない! 俺はそれくらいでお前を軽蔑しない!」
そう、例え鈴が今日100人殺していても俺は軽蔑しない。
鈴は俺の親友だから。
孤独から救ってくれた恩人だから。
「そっか。それはありがとう。じゃあまたよろしく」
鈴はヒラヒラと手を振りながら少し早足で前方を歩いている黒沼さんの所まで歩いて行った。
前世での鈴の超人的な戦闘能力。素人100人位なら相手にもならない。銃弾ってナイフで実際に切れるのかな?日本刀だったら切れるとかトレビアか何かであった気がする。




