55 見かけてしまったのでとりあえず助けよう
ストック無くなってやばかった
ネフィー・フュマーラ。
彼女は天才魔術師だ。
学園をSクラスで卒業しており、現在は冒険者をしている。
彼女は冒険者となり、かなりの早さでランクを上げ、今や個人としてはBランクの冒険者である。
そして、彼女はAランクパーティに所属しており、そこで主力魔術師として活躍している。
今、若手の冒険者の中ではかなりの優良株である。
「アイスアロー!!」
そんなネフィーによる魔術によってたった今魔物が1匹倒された。
「よし、やっぱり俺たちならここも楽勝だな!」
「油断するなよ。ここはまだ入り口だ」
ネフィーの仲間がガッツポーズしながら笑っているところをリーダーが注意する。
ここはメルデル大森林闇の領域の入り口だ。
「大丈夫ですよリーダー。私の魔術でどんな魔物だろうと倒してみせますよ」
「ふっ、それもそうだな。よし、もっと奥に進むぞ!」
ネフィー達はリーダーの指示に従って闇の領域の奥に進む。
彼女らは増長してしまっていたのだ。
決して立ち入ってはいけない領域、闇の領域。
その領域にネフィー達は立ち入ってしまったのだ。
数ヶ月前に起こった闇の氾濫。
彼女達も王国軍として戦った。
ネフィーは得意の魔術で何体もの魔物を倒した。
ネフィーの仲間達も同様だ。
国をも滅ぼす闇の氾濫を誰一人欠けること無く乗り切ったのだ。
だから彼女達は増長した。
闇の領域の魔物は大したこと無いと。
自分達なら闇の領域でも活動できると。
しかし、いくらAランクパーティだろうと、いくらネフィーが天才魔術師だろうと結果は変わらない。
闇の領域に立ち入った者達に待っているのは……。
ーーグシャッ!!
何か潰される音がネフィーのすぐ隣でした。
それと同時にネフィーは大量の血を浴びる。
血は人の血、潰された何かはネフィーの仲間である。
ネフィーの仲間は巨大な熊の魔物に潰されたのだ。
「あ、あ、あ……」
ネフィーはイヤイヤという風に地面にへたり込み、頭を抱えて首を振る。
ネフィーの周りには数体の巨大な熊の魔物。
10数人いた仲間は全て殺された。
残るはネフィー一人だけだ。
ネフィーの周りにいる巨大な熊の魔物、デスグリズリー。
この闇の領域ではそこそこ強い魔物だ。
ランクにしてA+ランク。
それが複数体いるのだ。
ネフィーは仲間を殺された憎悪で戦意を奮い立たせる事すら出来なくなってしまっている。
仲間を殺された哀しみや怒りよりも恐怖と絶望の感情の方が遥かに上回っているのだ。
何故なら次はネフィーの番なのだから。
ネフィー達は順調だった。
入り口付近で魔物を倒し、素材を回収した。
闇の領域の素材は貴重で高価だ。
売れば大金になる。
ネフィー達は高まり気分を抑えながらも闇の領域を探索した。
少し進むとまた魔物が出てきたが難なく倒せた。
さっきよりも魔物が少し強く、少し数が多かっただけだ。
その後も魔物と遭遇し、戦闘が続く。
ネフィー達は次第に疲弊して消耗していく。
倒しても倒しても魔物と遭遇するのだ。
それでもネフィー達は運が良かった。
遭遇する魔物は全てBランク以下の魔物で数も少ない方だった。
しかし、ネフィー達はそんな事を知らない。
限界に感じたネフィー達のリーダーは退却を指示した。
そんな時、デスグリズリーが現れたのだ。
A+ランクの魔物が複数体。
一体だけなら犠牲を出しながらも退却できたかもしれない。
しかし、現実では複数体でありネフィー達は退却しながら戦おうとするもあっという間にリーダーが殺され、他のメンバーも殺された。
「グルゥア!」
たった今、仲間を潰したデスグリズリーは口を大きく開きながらネフィーの方を向いた。
他のデスグリズリーは死んだ仲間達の死体を食べている。
デスグリズリーはネフィーの目の前まで移動し、その大きな腕を振り上げる。
「あ」
ネフィーは悟った。
死ぬのだと。
ピンチの時に誰かが助けに来てくれる。
そして、自分を助けてくれた人物と恋仲になり幸せな結婚をする。
いくらネフィーが天才魔術師で冒険者だろうがまだ若いのだ。
乙女の様な夢もみる。
しかし、現実は非情だ。
周りには仲間の死体とそれを喰らう魔物。
そして、目の前には仲間を潰した時と同じ様に大きな腕を振り上げているデスグリズリー。
そのデスグリズリーの大きな腕がネフィーに振り下ろされた。
ネフィーは死の恐怖で目をつむった。
(…………あれ?)
目をつむって身構えているが一向に死なない。
もしかしたらもう死んでいるのだろうか?
そう思いながら閉じていた目をゆっくりと開ける。
そして、ネフィーが目にしたのは、長い黒髪の鬼人が素手でデスグリズリーの腕を掴んで止めているところであった。
「ふぅうううううっせ!」
鬼人はそのままデスグリズリーの腕を掴み一本背負の様にしてデスグリズリーを投げ飛ばした。
その様子を見た他のデスグリズリーは鬼人を危険だと思ったのか食事を止め、鬼人に一斉に襲いかかった。
鬼人はデスグリズリーが襲いかかって来ているにもかかわらずゆっくりとした動作でいつの間にか持っていた刀を構えた。
そして、デスグリズリーの攻撃が鬼人に届こうかという一瞬。
鬼人が消えた。
ネフィーにはそう見えた。
そしてネフィーが次に見たのは鬼人に襲いかかったはずのデスグリズリー達が全てその場で倒れ伏せた光景だ。
「よう。災難だったな」
そして、突如横から声がした。
声の主は先ほどの鬼人だ。
消えたと思った鬼人はネフィーの真横にいたのだ。
そして、ネフィーは初めて鬼人を正面から見た。
鬼人は中性的であるが男と分かる非常に整った美しい顔立ちであった。
わかりやすく言えばかなりのイケメンなのだ。
そして、ネフィーにとってど真ん中ストラクであった。
そんな人物に死の間際に助けられたのだ。
「ここで会ったのも何かの縁だ。助けに来たよ」
鬼人がそう言った時、ネフィーの胸は確実に高まった。
「それでここで全滅、お前以外死んだと」
ネフィーはコクコクと頷く。
鬼人はスズと名乗った。
ネフィー達と同じく闇の領域を探索していたら、偶然ネフィーを発見したため助けたのだと言う。
「お前らみたいに自分らの力を見誤ってここで死ぬ奴も結構多いんだよな。お前も俺が来なかったら死んでいたぞ」
ネフィーは本当にその通りだと思う。
ネフィーはスズがいなければ死んでいたのだ。
でも、こうしてスズと出会えたのは幸運だと、運命だとネフィーは思った。
スズと出会うためにこのような危険な場所に来たのだと思った。
仲間が死んで悲しいが、それと同時にスズと出会えて幸運でもあると思った。
薄情にも思えるがネフィーは冒険者であり、仲間の死も幾つか見てきた。
なのでそこら辺は少しドライであった。
「さて、どうせここからじゃ帰れないだろう? 王都でいいなら送ってあげるけどどうする?」
ネフィーはスズの提案に狂喜した。
ここから王都まで行こうと思ったら数日はかかる。
それまでスズと二人っきり、積極的にアプローチしてゆくゆくは……。
ネフィーは脳内でスズにどのようにアプローチするかシュミレートしていた。
そして、不意に肩に手を乗せられた。
(ああ、まさかこんなところで!?)
ネフィーはもしかしてと思った。
こんな危険で場所でと思った。
そう、何かを思った。
しかし、スズが望むのならと脳内ピンクな感じに思った。
「よし、ここからなら安全だろう。後は一人でいいな?」
「え?」
ネフィーは気づいた時には別の場所にいた。
王都の城門が見える場所。
スズが転移を発動させたのだがネフィーは気づいていなかった。
「じゃあ縁があったらまた会おう」
そう言ってスズは転移で何処かに消えてしまった。
(な、なんで?)
ネフィーはがっくしと膝を着いた。
スズと数日二人っきりと思ったのだ。
その間にと思ったのだ。
いや、さっき肩に手を乗せられた時にスズも? と思ったのだ。
(そんな、チャンスだと思ったのに。いえ、チャンスはまだあるわ。名前はわかっているのだもの。それに彼はとても目立つ。調べれば分かるはずよ)
ネフィーは持ち前のポジティブさで立ち上がる。
スズとくっつくためにスズの事をいろいろ調べよう思ったのだ。
住んでいる場所から家族構成、好み、etc。
ネフィーはスズの事を調べつくすと決意した。
こうしてこの世界にスズのストーカーが一人追加された。
もっとも、スズをストーカーするなどシアンが許さないのだか。




