54 闇の領域の探索
前回のあらすじ
シエル「お家に帰りたい(;_;)」
「ただいま」
玄関のドアを開けると奥からトトトと足音を立てて母さんがやってきた。
「お母さん!」
シエルは俺の手を離して母さんの元に駆け出す。
「あらあら、スズ、シエルおかえりなさい」
シエルは元気な声で「ただいま!」と言って母さんに抱きついた。
「ほら、シエル、母さんに言う事があるだろ?」
「あっ……」
シエルは母さんから少し離れて頭を下げた。
「お母さん、ワガママを言ってごめんなさい」
シエルのこういう素直な所は良いと思う。
基本、分別を弁えるし人の言う事も聞く。
稀にこの前みたいに暴走する事はあるけどな。
少なくとも俺よりは遥かに素直だ。
「ワガママは言ってもいいけど今度からはちゃんと言って迷惑かけないようにするのよ」
「うん」
「後でお父さんにも謝るのよ」
「うん」
「だったら許してあげる」
母さんは再びシエルを抱きしめる。
「スズ、シエルを送ってくれてありがとうね」
「ははは、夜中にシエルが寂しいって言って泣かれてな」
そう、昨日、と言うより今日の朝日が昇る前にシエルに帰りたいと泣かれて起こされたのだ。
何とか寝かしつけて、ちょっと遅めにシエルが起きたのでご飯を食べてからこうして家にシエルを送りに来たのだ。
「むー、私そんなに泣いていないよ!」
「お前覚えてないのか? 夜中に帰りたい帰りたいってビービー泣いていたぞ」
実際、涙と鼻水で顔がぐちょぐちょだったし。
「うー、あんまり覚えていない」
「でも、朝起きたら「お家!」って言って急かしていたじゃん」
「あらあら、シエルはそんなにお家が恋しかったの?」
「……うん」
まあ、家って言うより母さんと父さんに会えない事に我慢できなくなったって感じだろうけどな。
シエルの事はこれくらいにしてと。
「ああそうだ、今日は泊まっていってもいい?」
今日は俺もこっちに泊まろうと思う。
ちょっとこっちに用事があるのだ。
こっちと言うかメルデル大森林に用があるんだけどな。
「ええ、もちろんよ。ここは貴方の家なのだから好きなだけ泊まるといいわ」
「ありがとう」
俺の家か。
確かに王都の屋敷よりもこっちの家の方がウチって感じするな。
まあ、王都の屋敷はまだ半年も住んでいないし当然か。
「お兄ちゃんも今日はお家にいるの?」
「ああ、明日には帰ると思うけどな。でも、今日はこっちで遊んであげるよ」
「やったー!」
シエルは両手を挙げて大げさに喜んでいる。
こういうの見ていたら落ち着くな。
前世じゃ縁の無い光景だったし。
やっぱり家族っていいな。
そうして俺はシエルと遊んだりして過ごした。
翌日、俺は朝からメルデル大森林の闇の領域に出かけた。
目的は二つ。
狩りと調査だ。
狩りはいいとして、問題は調査だ。
闇の氾濫から1、2ヶ月経っているが全然調査が進んでいない。
何しろメルデル大森林の闇の領域の広さは膨大だ。
闇の領域は半異界化している。
その広さは見た目よりも遥かに広いのだ。
さすがにメルデル大森林そのものよりも広くは無いが、10分の1くらいの広さはあると思う。
地図にしたらメルデル大森林の100分の1も無いのだけど。
とにかく、軽く国一つ分くらいの領域なので調査するにしても時間がかかるのだ。
「グルゥア!!」
考え事をして闇の領域を歩いていると突然魔物が襲いかかって来た。
狼の魔物、魔狼だ。
そのサイズは地球の狼よりも遥かに大きい。
170cmの俺を丸呑み出来そうな大きさだ。
そんな巨大な魔狼が俺を喰らおうと牙を剥き出しにして襲いかかって来た。
「シッ」
俺は魔狼に向かって刀を滑らせる。
巨大な魔狼を真っ二つだ。
考え事をしながら歩いているが油断しているわけじゃない。
ちゃんと警戒もしている。
この闇の領域の魔物はアルマのダンジョンよりかは魔物のランクが落ちる。
だけど、偶にSランク相当の魔物も出てくるし、何より魔物の数が多い。
多勢に無勢なんて事もあるかもしれない。
実際にたった今切り殺したこの魔狼と同種の魔物に囲まれている。
目視出来ないが少し遠くから俺を狙っている。
その数は50を超えるだろう。
さっきの魔狼と同じ程度のランクとしてAランクが50体。
小国なら軽く滅んでしまいそうだ。
そんな驚異的な魔物がこの闇の領域にはウジャウジャいる。
アルマのダンジョンの魔物は個体が強かったけどそれほど数はいなかった。
多くても5体くらいしか一緒に現れなかった。
アルマのダンジョンが個体の強さなら、メルデル大森林の闇の領域は数なのだ。
しかし、いくらAランクだからといって、50体もいるからといって、俺にとっては軽い準備運動くらいだ。
本日の闇の領域での初めての戦闘としては十分だろう。
「アォォォォォォォォン!!」
魔狼の遠吠えが聞こえてくると同時に50体が同時に襲いかかってくる。
俺は刀で、あるいは魔術で全て殺していく。
俺の力は強大だ。
こいつら程度ならゴリ押しでも余裕で勝てる。
『暴食』でそのまま喰い殺せると思う。
でもしない。
これはある種の訓練だ。
技量を磨かずに力任せに戦えば、地力が落ちる。
それは困るのでちゃんと訓練するのだ。
もちろん、スキルを使っての戦いも鍛える。
強いスキルがあるのに使わないなど愚かでしかないのだ。
レヴィアとかも俺よりも遥かに強い力を持つのに、その槍術の技量は超一流であった。
力任せに戦えってくれていればもう少し楽だっただろうに。
魔狼を一撃で殺していると、一際大きな魔狼が現れた。
この群れのリーダーだろう。
魔力量的にランクはA+ってところかな。
Sランクには届いていないって感じ。
十分強いけど。
「グルルルル」
魔狼のリーダーは牙を剥き出しにして涎を垂らしながら俺を睨みつける。
「グルゥア!!」
魔狼は爪を立て、俺を切り裂こうと跳躍する。
しゃがむように回避してカウンターとして上空に蹴り上げる。
そして上空でバランスを失っている魔狼に追撃として数度切り裂き、最後に踵落としで地面に蹴り落とした。
ドゴォーンという音がして砂煙があがった。
小さなクレーターが出来ており、その中心に魔狼が倒れ伏せておりピクリとも動かない。
絶命しているのだ。
俺は地面に降り立ち残っている魔狼を睨みつける。
すると魔狼はリーダーを失ったからか四方八方に逃げ出した。
この魔狼はあんまり美味しくないのでそのまま逃す事にするか。
もう10体もいないけど。
さてと、何か異変が無いか調査を始めよう。




