50 迷宮出現
「まったく、逃げたりしてダメじゃないか」
シエルを捕まえて屋敷に戻ってきた。
シエルを攫おうとした者達に制裁を加えたりしていたら思っていたより遅くなってしまった。
「あんな所に行って、万が一があったらどうする」
実際は万が一なんて事は無い。
何しろ爺やが影から見守っていたのだから。
本当に危なくなれば爺やが止めていた。
別に爺やがシエルを捕まえても良かったのだが、それはやめておいた。
逃げたりしているのを家族である俺が捕まえてこそ意味がある。
そうしないと説教をした時に効果が半減するから。
爺やは俺にとって家族のようなものだけど、シエルは違う。
家族である俺が直接捕まえて、その俺が説教すればシエルは悪い事をしたとちゃんと理解するし反省する。
ちょっと意地悪な事だけど必要な事だ。
特に幼いながらとても強い力を持つシエルには。
「ごべんなざい」
滅多に怒らない俺に怒られてシエルは大泣きしながら反省している。
「これからはいきなり逃げたりしないでちゃんと話すんだぞ」
「ゔん」
「父さんと母さんには俺から言っておいたからしばらくはここで暮らすといいよ」
「ほんと!」
シエルは王都に滞在していいと聞くと急にパァっと顔を明るくした。
涙と鼻水で顔はぐちょぐちょになっているが。
「その代わり、ちゃんと俺と爺やとセレスの言う事を聞くんだぞ? あと、帰ったら父さんと母さんに謝るんだぞ?」
「わかった!」
こうして、シエルは引き続き王都に滞在する事になった。
「って事があったんだよ」
次の日のお昼ごろ、シアンが訪問して来た。
なんでシエルがまだいるのかと聞かれたので、昨日の出来事を話した。
「ああ、それでシエルちゃんがいらっしゃるのですね」
「えへへ、昨日はお兄ちゃんと一緒に寝たの」
「まあ、それはいいですね。今度は私と一緒に寝ませんか?」
「うん! シアンお姉ちゃんと一緒に寝るー」
シエルはシアンが来た事で嬉しそうにしている。
シアンの事も好きだもんな。
「ところで、何か用があるのか?」
「用が無ければ来てはいけませんの?」
「そんな事は無いよ。なんとなくありそうだなって思って」
「まあ、ありますが」
あるのかよ。
「私の用って言うよりお父様があるみたいですね。今日中でいいから王城に来てくれって伝言を頼まれました」
「ハルさんが?」
何かの用事だろうか?
シエルが逃げ回っていた時に偶然発見された犯罪組織の麻薬倉庫についてだろうか?
セレスに伝えるように言っただけだしな。
それともシエルを攫おうとした奴に制裁を加えた事だろうか。
あれでも甘いと思うんだけどな。
ハルさんだったら模擬戦しようぜ! ってのもありそうだ。
いや本当にありそうだ。
「仕方ない。とりあえず行くか」
「あら、シエルちゃんがいるのにいいのですか?」
「シエルも連れて行く。ハルさんと話している間にちょっとだけ面倒を見ていてくれ」
「わかりました。シエルちゃん、私の部屋でお菓子を食べましょう」
「うん!」
というわけで王城に向かう。
途中、シアンとシエルと別れてハルさんの執務室に向かう。
「で、何か用事?」
「来たか。ずいぶん活躍したようだな」
「あれは半分シエルのせいだぞ」
「なんでシエルが出てくる?」
ハルさんにも昨日の出来事を話す。
「なるほど、そうだったのか。まあ、おかげで犯罪組織を摘発する事が出来たので良しとしよう」
「それで、用事ってこれだけか?」
「いや、本題は別にある。王都に近郊にダンジョンが出現した」
よくRPGゲームなんかでありそうなやつだ。
ダンジョン、あるいは迷宮と呼ばれている。
ダンジョン内には多くの魔物やトラップが設置されており侵入者の行く手を阻む。
そして、その最奧にはダンジョンコアがあり、それを守るダンジョンマスターがいる。
基本的にはダンジョンは無害だが、大きくなり、ダンジョン内の魔物が飽和し始めるとダンジョンから魔物が出てきて近隣の村や街が危ない事になるらしい。
ダンジョンは異界化しており、奧に進めば進むほど、大きなダンジョンほど強力な魔物が徘徊している。
それらが外に出てくると危険なのでダンジョンが発見されれば攻略する事が推奨されている。
もっとも、危険ではあるが魔物の素材などが大量に手に入るので冒険者などからは好まれている。
迷宮需要なんてものがあるくらいだ。
実に異世界的だ。
ただ、どうしてダンジョンなんてものがあるのかわかっていない。
仮説も多いが、謎が多いのも事実だ。
「でも、出現した程度の初期のダンジョンならそう攻略は難しくないだろ? なんで俺に知らせる?」
出現したての初期のダンジョン程度なら攻略は簡単だ。
王都近郊という事もあって長年隠されていたということも無いだろう。
古代金剛亀竜のような例があるから100%とは言えないけど。
「それが、そのダンジョンは異常らしいんだ」
「異常?」
「ああ、隠されていたものが見つかったなんていうダンジョンでも無い、出現したてのダンジョンのはずなんだが徘徊する魔物が異常に強いんだ」
聞けば、第一層ですでにA、Bランクの魔物が出現するらしい。
規模も不明だしそんな異常なダンジョンを放置するわけにはいかない。
そこで俺にダンジョンの調査をしてきてほしいみたいだ。
「俺一人?」
「ああ、他がいては足手まといだろう。学園長はもしもの時の機動力に欠けるしプリティーナの能力はダンジョンには向いていない。それに調査だけだからな。ダンジョン内の魔物を壊滅させて来いなんて言っていない。それならお前だけの方がいいと思ってな」
まあ、そうだよな。
ダンジョンのような限られた空間じゃおねぇの能力は制限されるし、学園長も魔術で飛び回れるので遅くは無いけど、強力な魔物に囲まれたりした時に突破できるほどの機動力は無いかもしれない。
異界化のせいかダンジョンじゃ転移は使えないしな。
「攻略しなくていいのか?」
「可能ならしてきて欲しい。ただ、少しでも不安な状況になったらすぐに戻ってきてくれ。場合によってはメンバーを揃えて攻略する必要があるかもしれないな」
メンバーね。
俺、ハルさん、学園長、おねぇ、エシェントさんとかかな?
ダンジョンの広さにもよるが、これくらいの人数だろう。
これで攻略が不可能だったらレヴィアでも連れてくるしか無い。
「そっか、わかった。いつ行けばいい?」
「できるだけ早い方がいいな」
「じゃあ、明日にでも行ってくるよ。その代わりシエルのこと頼んでいい?」
「もちろんだ」
ダンジョンか。
存在は知っていたけど初めてだな。
そんなに興味は無かったし。
うーん、急に仕事が入ってシエルに怒られて無いかな?
何日かかるかわからんし。
最悪リーシアさんに村に送ってもらおう。
異世界と言えば魔術、冒険者、そしてダンジョン!




