38 黒幕は奴だ
ゲフは逃げていた。
侵入者はたった2名。
なのに部下の報告によるととてつもなく強くあっという間に部下の半分を殺されている。
残りの半分も時間の問題だろう。
せっかく奴隷売買が軌道に乗ってきたのに、こんな所で逃げるハメになるとは。
ゲフは襲撃者に必ず復讐をしてやると近いながら隠し通路を走る。
ーーパン
突然目の前を走っていた部下がそんな音を鳴らして胴体と首が別れた。
「な、なんだ!?」
「ここから先は通行止めにございます」
そう言って闇の中から現れたのは執事服を着た老人。
「な、貴様! なんでこの隠し通路を!」
「答える義務はございません。主よりここを通る者は皆殺しにしろとの事で。っと、どうやら主がいらっしゃったようです」
「は?」
不意に後ろからコツコツコツと足音が鳴り響く。
ゲフはその音に恐怖を感じた。
ギギギと首を回して後ろを向くと貌の無い仮面の者がゆっくりとこちらに近づいて来ていた。
「無貌の…鬼」
最近現れた英雄。
それが自身を殺す凶器を持ってゆっくりと近づいて来ていた。
「なんだ爺や、まだ殺していなかったのか」
「申し訳ございません。すぐに殺します」
「ああ、ちょうどいいから一番上の者だけ生かしておけ。役に立つかもしれん」
「かしこまりました」
次の瞬間、ゲフの周りにいた部下は首をはねられて全員死んだ。
ゼシェルが首をはねたのだが、あまりにも早すぎて、ゲフには唐突に首が吹き飛んだように見えた。
「ひっ、た、助けて! 金ならいくらでもやる!」
「安心しなよ。お前だけは生かしておいてやるよ。まあどうせ死刑とかだろうけどな」
鬼は静かに刀を振り上げて、ゲフを斬りつけた。
ー▽ー
さてと、依頼はこれで終わりかな。
この後騎士達が突入する手筈になっている。
騎士達はこの事を聞かされていないので、突然の事になるだろうが戦闘はないので安心して仕事ができるだろう。
「スズ様、この者はいかがなさいますか?」
この場で一人だけ気絶している奴がいる。
こいつが組織の首領らしい。
「うーん、まあ一応こっちで情報収集しておくか」
俺は術式の構築を開始する。
「コールデーモンサモン!」
使う魔術は悪魔召喚だ。
俺の召喚魔術によって現れたのは綺麗なマントをまとった人型の悪魔だ。
あれ?
結構高位の悪魔か?
確かに知恵ある悪魔を求めたけど。
魔力込めすぎたかな?
「お呼びでしょうか?」
「ああ、一つ仕事を任せたい。報酬は何がいい?」
「報酬は必要ございません。既に大量の魔力をいただいています」
「あれ、そうなのか?」
「はい。ただ、報酬代わりと言っては何ですが一つお願いをしてもよろしいですか?」
「なんだ?」
「これより先、悪魔を召喚する事があればぜひ私を召喚してください」
なんだこの悪魔?
自分から仕えようとする悪魔は珍しい。
悪魔と聞けば悪いイメージがあるが、悪魔=悪では無いのだ。
闘争本能が強く、結果的に人に危害を加える事が多いので悪いイメージがあるが、契約さえちゃんと結べばちゃんと働いてくれるのだ。
むしろ召喚者がちゃんと対価を払わない場合が多い。
まあ、その場合悪魔は召喚者やその周りの人を殺したり災いを齎したりするのだけど。
それで、この悪魔召喚。
これはまさに召喚するだけなのだ。
やって欲しい事がある場合はちゃんと対価を用意して契約を結ばなければならない。
「わかった。ただ、お前の働き具合を見てからだ。それでいいなら契約成立だ」
「おお! それでは久しぶりに張り切っていきましょう!」
これで契約は成立。
悪魔は意外と律儀なので契約さえ成立すればちゃんと働いてくれる。
「さすがはスズ様。悪魔をも即座に従えるとは。いやはや、この爺めは感服いたしました」
「ほう、スズ様というお名前ですか。素晴らしい。それでスズ様、私は何をすればよろしいので?」
「ああ、お前にやって欲しいのは記憶の抽出だ」
そこらへんには何名かの首が転がっている。
悪魔は死んだ者の脳から記憶を読み取る事が出来る。
俺もできると思うがやった事は無いので悪魔に任せるべきなのだ。
それにこんな奴らの記憶なんて読み取りたくないし。
俺は悪魔に欲しい情報の内容を伝える。
悪魔は落ちていた首を手に取り、捨て、また違う首を手に取る作業を続けていく。
「スズ様、この者の記憶はいかがいたしましょうか?」
指差すのは一人だけ気絶している奴だ。
「あれ? 記憶の抽出って死んでいる奴にしか出来ないって聞いたけど?」
「確かに並の悪魔ならそうでございますが、私はこう言った作業は得意ですので心が弱っていたり気絶していたりしているならば可能です」
「そうなんだ。じゃあ、お願いするよ」
「かしこまりました」
悪魔は気絶している組織の首領の頭を掴み、記憶を抽出する。
死体よりは若干時間がかかった様だが短時間で終わった。
「全ての記憶の抽出が終わりました」
欲しい情報は、この奴隷売買の規模、手段、顧客情報、協力者、そしてその親玉だ。
聞けば、多数の貴族や商人などの金持ちが奴隷を買っているらしい。
協力者にも当然貴族がいる。
そして、この奴隷売買の元凶、親玉がわかった。
チェスター侯爵。
先日の決闘相手の父親であり、あのふざけた手紙の差出人だ。
「……あのクズはどこまで腐ればよろしいのですか!」
爺やが怒りを露わにしている。
それも当然だろう。
まさかここまで腐っていたとは。
以前、騎士達がこいつらを捕らえようとした時にその事をリークしたのはチェスター侯爵だそうだ。
「確かにクズだな」
残念ながらこのアジトにチェスター侯爵の関与を仄めかす物は無いみたいだ。
でも一応ハルさんとエシェントさんにも伝えておくか。
「まあ、あんな奴のことで今悩んでいても仕方が無い。さて、記憶の抽出ありがとう。おかげで貴重な情報が入ったよ」
「それは張り切った甲斐がありました。して、今後とも呼び出してくれるので?」
「ああ、お前は期待以上の仕事をしてくれた。今後必要になれば真っ先にお前を呼び出そう」
「おお! ありがとうございます!」
「それで、お前に名前はあるのか?」
「いいえ、私は名も無き悪魔です」
まあ、悪魔の大半は名前なんて無いからな。
「だったら期待以上の働きを見せてくれたし今後呼びやすくするために追加報酬として名前をやろう」
「なんと! よろしいので!?」
悪魔は驚いている。
まあ悪魔、というより魔物達にとって名前はかなり重要だからな。
さて、どんな名前にするかな?
悪魔だしソロモンから取るか。
「よし! お前の名前はリオンだ!」
ダイタリオンから取ったら思ったりよカッコよくなった。
リオンに名付けた瞬間、俺から膨大な魔力がリオンの送られる。
うわっ、めっちゃとられた!
「リオン、素晴らしい響きです! それではこのリオン、スズ様からのお呼び出しを何時でもお待ちしております」
リオンはそう言って消えていった。