36 決闘騒ぎその3
実を言うと学園長から相手が複数人である事は聞かされていた。
学園長はさすがに却下しようと思ったらしいのだが俺が許可したのだ。
徹底的にぶちのめすために。
まさか、10人も用意して来るとは思わなかったけど。
試合が始まった。
「へっへ。兄ちゃん、悪く思うなよ!」
そう言って一番手前の男が剣で斬りかかってきた。
Aランクの冒険者らしく、それなりに早く、威力のある一撃だった。
「こちらこそ、悪く思わないでよ?」
その攻撃が俺に届こうとする刹那、『暴食』から"空切"を取り出し、刀で剣を破壊し、そのまま相手の首を斬った。
首を斬る時に『調理師』で物理的に首を切らない様に斬撃を作り変えたので相手の首は切り落とされなかった。
もっとも痛みとかは作り変えていないのでそのままだ。
ショック死しないようにはしたが。
結果、切りかかってきた男は首を切られた痛みで気絶した。
その光景を見て代理人達は呆然としている。
戦闘中にボーッとするなよ。
それでもA、Bランクの冒険者か?
俺はそのまま腰の横に刀を鞘に納刀する様に構え、抜刀する様な形で"天翔烈空斬"を放った。
超高エネルギーの飛ぶ斬撃は残りの代理人達を全て飲み込んだ。
後に残ったのは倒れた代理人達だけだ。
ちゃんと死なないようにしたので死んではいない。
俺はゆっくりとユーグの元まで歩く。
ユーグはあまりの光景に呆然としているようだ。
周りを見渡すと観客も呆然としている。
ユーグの元まで辿り着き、刀を首元に突き出した。
「で? 終わり?」
「へ? な、な、な」
刀を突き出しても呆然としているので、軽く覇気を放つ。
「お、わ、り?」
「ひ、ひぃーーー、た、助けて!」
ユーグは尻餅をついて後ずさる。
あ、粗相もしだした。
汚いなー。
それでも大人か? しかも貴族の子息の。
恥ずかしく無いのかね。
「審判? 俺の勝ちでいいよな?」
俺の声でハッとした審判。
「しょ、勝者! スズ・ロゼリア選手!!」
放送が流れると静まっていた観客から大きな歓声が沸き起こる。
「おい! あの姿無貌の鬼じゃないか? 後ろ姿とかそっくりじゃないか?」
「いや、でも無貌の鬼は鬼人族だろ?」
「ばっか、角くらいどうとでもなるだろう!」
「キャーーー!! 無貌の鬼様ーーー!!」
などなどの会話が歓声と共にあちこちから聞こえて来る。
あちゃー、バレたか。
まあ、いいか。
なんか隠すのも面倒になってきたし。
チラリとユーグを見る。
蹲り、体を丸めて頭を抱えている。
典型的な怯えている姿だ。
みっともない。
試合も終わったので歓声を受けながら試合場を後にする。
「勝利おめでとうございます」
「ありがとう。ちょっと呆気なさすぎたかな?」
代理人達を倒すまで10秒。
審判が勝利宣言するまで1分。
試合としては短過ぎる。
「いくら観客がいるからって本来は見世物じゃ無いのです。余計なパフォーマンスは必要無いでしょう」
控え室に戻るとすぐさまシアンがやって来た。
なかなかに上機嫌だ。
「それにしてもバレちゃったみたいですよ?」
「あー、やっぱりか。まあ、こんな面倒な決闘も早く終わらせたかったし。それに、ちょっとはあいつにムカついていたからな。さっさと黙られるには圧倒的な力を示せばいいかと思ってちょっとだけ真面目に試合したけど、やっぱりバレたみたいだね。まあ、ちょっと隠すのも面倒になってきたからもういいかなって思ってきたし」
「そうなんですね。まあ、私もチェスター侯爵子息のあの醜態が人目に晒されたのですこしスッキリしました。それにこれであの人に話しかけられなくなると思うと素晴らしい気分です」
「ははは、それはよかったな」
「ええ」
シアンはとても嬉しそうにしている。
本当に嫌いだったんだな。
決闘から3日後、学園ではこの前の決闘の話題でもちきりだ。
「どこもかしこもあなたのことの話題でもちきりですよ。無貌の鬼の正体についての事で」
「そうみたいだね。行く先々で注目を浴びているよ。別に俺が無貌の鬼だって明言いないんだけどね」
「まあ、あなたの後ろ姿と戦闘能力のおかげで彼らの中ではスズくん=無貌の鬼ってことになっていますよ。実際にそうですが」
この前の決闘の所為で行く先々で注目を浴びるので授業も受けれずに学園長室にいるのだ。
まあ授業なんていつも受けていないのでいつも通りだけど。
「それで、ユーグは?」
「ええ、彼ならしばらく休学するそうですよ。まあ、アレだけの醜態を晒したのですから学園に来れなくても無理はありませんね」
まあ、そうだよな。
代理人として10人も連れてきた挙句惨敗で本人は粗相もしたからな。
普通の精神じゃ学園には来れない。
「失礼します。あ、やっぱりここに居ましたか」
と、そこでシアンがやってきた。
「シアンか。どうしたんだ?」
「……スズを紹介してと多くの方に言われましたので逃げてきたのです」
シアンは少し疲れたような表情をして俺の隣に座る。
「俺の紹介?」
「ええ。無貌の鬼にお会いしたいって主に貴族のご令嬢に詰め寄られまして」
「それはお疲れ」
「おそらくスズと婚約を結びたいのでしょうね。私とスズの仲が良いことは大半の人たちが知っていますが婚約者とは明言していませんからね。だったら私がスズの婚約者になってもいいでしょう? みたいな感じに詰め寄られて大変でした」
「貴族のご令嬢って、俺はチェスター侯爵子息曰くどこの馬の骨ともわからない人物なんだけど?」
「それでもスズ、無貌の鬼は今や王都では英雄ですからね。見た目もとてもいいですし今やこの学園では最優良物件の1人ですよ」
「そうなの?」
「そうですね。実は私の方にもちょうどいい年齢の娘さんがいる先生方から紹介してくれないかと言われているのですよ」
なんと。
いつの間にか人気が高まっているぞ。
「よかったですねスズくん、モテモテですよ」
学園長がからかうように言うとシアンが横でムッとした。
「そうですね、モテモテですねスズ」
「いや、どう考えても面倒なだけだろ」
「本当にそう思って……いるみたいですね」
そもそも俺にモテたい願望は無い。
前世でもモテたい願望は無かったし、かなりモテていたのでそんな願望も生まれなかった。
逆に、ちょっと重すぎる人もいたので、その対策の手間が面倒だった。
今世は村には同年齢の子供がいなかったのでモテるとか以前の問題だった。
それに、今はシアンがいるので相変わらずモテたい願望が存在しない。
結果、面倒にしか思わないのである。
シアンは今日はこれ以上授業を受ける気が無いようなので早いが帰る事になった。
シアンはそのまま俺の家に寄るみたいだ。
「ただいま」
「おじゃまします」
「これはおかえりなさいませスズ様。それにようこそいらっしゃいましたシアン様」
今日も今日とて爺やが出迎えてくれる。
しかしぱっと見はいつも通りだがなんだか不機嫌な雰囲気である。
「爺や、どうしたの? なんか不機嫌そうだけど」
「!? いやはやさすがはスズ様。お見通しでございますか。お見苦しい姿を見せて申し訳ございません」
「ああ、別にいいから。それでどうしたの?」
「実は……」
最近、と言うより決闘後によく屋敷に手紙がくる。
一番多いのが婚約を仄めかした手紙だ。
いちいち読むのも面倒だし返答を返す義理も無いので爺やに読んでもらい、重要なものだけを俺に伝えるように言っていたのだ。
そして、その手紙の中に厄介なものが混じっていた。
その手紙の差出人はチェスター侯爵。
そして、その内容がとても酷いものだった。
要約すると、決闘で俺を見た。
その黒髪と黒目、そしてスズという名前。
自分の息子かも知れない。
認知してやるから屋敷に来い。
と言う内容だった。
それが爺やを隠しきれないほど不機嫌にさせた原因だ。
そして、それを聞いたシアンも激怒している。
俺もさすがに怒りかけたが激怒するシアンを見て怒りが収まった。
「……まあ放置しよう」
「スズ!」
「騒いだって仕方ないだろ? それに俺の父親は父さんだ。こんな世迷いごとを言われても、はいそうですかよろしくお願いしますってなるわけ無いだろう」
「スズがそう言うなら」
「まあ、しつこい様なら息子みたいに痛い目にあってもらうけどな!」
「ええ、そうですね。私も協力したしますよ」
「ところでセレスは?」
帰るといつも爺やだけでなくセレスも出迎えてくれるのだが今日は来ない。
買い物なんかは、いつももっと早く済ませているのでこの時間帯ならいるはずなんだけど。
「セレスならメルデル大森林に出かけています」
「メルデル大森林に? なんでまた」
「ちょっと暴れて来るそうです」
それはそれは。
その時ちょうどセレスが転移で帰ってきた。
スッキリしたようないい顔をしている。
「あっ! スズ様、シアン様、おかえりなさいませ。出迎えせずに申し訳ございません」
「ああ、いいよ。メルデル大森林に行っていたんだって?」
「はい。……スズ様もあの手紙をお読みになられたのですね」
「まあね」
「本来なら今すぐにでもブチ殺しに行きたかったのですが残念ながら止められてしまいまして。それで仕方なくメルデル大森林で少し運動をしてまいりました。あ、いくつか原型を定めている魔物を持って帰っていますので食料庫に入れてまいりますね」
そう言ってセレスは食料庫の方へと向かっていった。
原型を定めていないほどの獲物が存在するほど暴れまわったのか。