34 決闘騒ぎその1
「決闘だ!」
目の前の男、チェスター侯爵子息、一応俺のお兄さんから決闘を申し込まれた。
なんでこんな面倒なことに。
ー▽ー
この日スズは久しぶりに授業に出ていた。
魔術実習の授業でAクラスと合同授業だった。
いつも着ている上着は無貌の鬼と結びつけられたくなかったので着ていない。
「それではペアになってください」
「ではスズ一緒に組みましょうか」
「うん」
スズはすぐさまシアンとペアになったが、とある男がスズたちの元にやって来た。
「シアン様、私とペアを組みませんか?」
やって来たのはチェスター侯爵子息だ。
「いえ、私は彼と組んでいますので。それと何度も言っていますが名前を呼ぶのを許した覚えはございません」
シアンはチェスター侯爵子息が嫌いだった。
しつこく婚約の話を持ってくるし、自身を見る目がとても不愉快だった。
シアンは基本貴族だろうが平民だろうが自身の事を名前で呼ぶのを許している。
しかしチェスター侯爵子息に言われると不愉快なのだ。
権力を誇示する姿勢も嫌いだし、そもそもスズの件でチェスター侯爵関係と言うだけで嫌いだった。
よく、好きの反対は無関心、嫌いならチャンスはある。
などと言われるが、シアンにとってチェスター侯爵子息はゴキブリ以下だった。
ゴキブリ以下にはチャンスはない。
それくらい嫌いだった。
「ははは、これは手厳しいですね。私とシアン様の仲じゃないですか。そのようなどこの馬の骨とも知れぬ者よりも私と組みましょう」
「は?」
「ひっ」
その瞬間、シアンから殺気がチェスター侯爵子息に向けられる。
普段シアンはとても温和だ。
心根も優しい。
とても殺気などを放つようには見えない。
しかし、ハルの娘でもあるのだ。
シアンから放たれる殺気はチェスター侯爵子息を萎縮させるには十分過ぎた。
「もし、スズの事を罵倒しているなら私はあなたを許しませんよ? それにいつもいつも私に話しかけてきて不愉快です。婚約? 笑わせないでください。あなたごときが私と婚約出来るわけないでしょう。お父様が許しませんし、なにより私が拒否します。不愉快です」
「なっ…」
「シアンその辺にしておけ」
「スズ……わかりました。ではあちらの方で魔術の練習をしましょう」
シアンはスズの手をズイッと引っ張ってその場を離れる。
周りの生徒はその様子に驚いていた。
シアンはとても温和で優しい。
そのシアンがキレたのだ。
驚くなと思う方が無理である。
また、そのキレた原因であるスズとチェスター侯爵子息にも意識が向く。
チェスター侯爵子息はシアンをキレされた愚か者として。
権力意識が強く、Aクラスの中ではとても高慢であった。
もともと人気は無かったが今回の件でただ権力が高いだけの愚か者と生徒達に認識されるようになった。
一方でスズに対して。
彼の正体は不明であった。
シアンを差し置いて主席になった者。
黒目黒髪というとても珍しい容姿をしている。
貴族なのか平民なのかすらわからない男。
授業にすらほとんど出ていないため主席としての実力すらわからない。
その神がかったかのような端正な顔立ちとよくシアンと共にいる事からシアンの婚約者として他国から来た王族であるという噂が強かった。
しかし、今回の件でその噂はより強まった。
なにしろシアンはスズを罵倒されたのが原因でキレたのだから。
また、スズがシアンを収めたのでスズとシアンの関係はかなり深いものと思われる。
その事が噂を強くする結果となった。
一方でチェスター侯爵子息は震えていた。
シアンの殺気による恐怖で震え、次第にそれは恥辱による震えへと変わっていった。
(この俺が震えているだと? 女ごときに恐怖を味わっているだと?)
チェスター侯爵子息はシアンの事を自身の女だと思っていた。
父親であるチェスター侯爵よりシアンの婚約者になるように言われていたのだ。
それによりチェスター侯爵の権力は高まり、
また、薄まった初代の血を濃くすることが出来るから。
チェスター侯爵子息も賛成であった。
権力が高まるのは良い事だし、シアンはとても美しい。
この自分の妻としてふさわしいだろうと思っていた。
シアンは王族であるにも関わらず、相手は女だと、自分の下であると、その高慢な性格よりそう思っていた。
そんなシアンから殺気を向けられて恐怖した。
その恐怖は高慢な性格から次第に恥辱へと変わっていった。
そして、最後にはスズへと憎悪を向けるようになった。
(貴様が、貴様がいるから俺はシアン様と婚約出来ない。しかもこの様な状況に陥った。貴様さえいなければ)
勘違いも甚だしいがチェスター侯爵子息はスズを全ての元凶だと思う様になった。
チェスター侯爵子息はスズの事を調べていた。
入学パーティーの時から。
わかったのは住まう家くらいだがそれで十分だった。
スズは中流区に住んでいる。
仮に噂通り他国の王族ならそんな所に住まうはずがない。
貴族だとしても自身よりも格下だろう。
そう思っていた。
だからこそ許せなかった。
シアンが自分よりもスズの方を上に見ている事に許せなかった。
自分よりも格下であるはずなのに。
(許せない許せない許せない許せない)
ふと顔を上げる。
さっきまで周辺にいた生徒達はみんな何処かにいった。
残っているの自身の取り巻きだけだ。
「ほかの奴らは?」
「もうペアを組んで魔術の練習をしています」
辺りを見れば生徒達が魔術の練習している。
的に向かって魔術を放っているのだ。
そして、シアンとスズの方へと目を向ける。
こちらではお互い離れて同じ魔術を相手に放ち相殺し合うというとても高度な事をしていた。
何名かの生徒がその様子を驚いて見ているほどだ。
その様子を見てふとチェスター侯爵子息ニヤリと笑う。
手をスズの方へと向ける。
そして、じっくり時間をかけてスズへと全力の炎の魔術を放つ。
炎の魔術はスズへと真っ直ぐ向かい、着弾し小さな爆発が起きた。
「ロゼリアくん!」
先生はその様子を見て慌ててスズに近づいていく。
しかし、爆発の中心は高温で迂闊に近寄れなく、爆発による煙でスズの状況が見えなかった。
人一人の命を奪うには十分過ぎる威力だった。
その様子に生徒達は驚き、魔術が飛んできた方を見た。
そこにはチェスター侯爵子息がいた。
「おっとこれは失敗した。失敗して魔術があらぬ方向へと飛んでしまった」
あまりにも態とらしかった。
「チェスターくん! あなた自分が何をしたかわかっているの!」
「ええ、先生。魔術が失敗して運悪く一人の生徒に当たっただけです」
「そうだね。でも、この学園の生徒ならこの程度の魔術で失敗するなよ」
「は?」
チェスター侯爵子息は声のする方、後ろを向いた。
そこにはスズが無傷で立っていた。
「な、な、な、なんで貴様がそこに!」
チェスター侯爵子息は信じられなかった。
魔術は確実に当たったはずだった。
あの威力を不意打ちでくらえば死ぬはずだと思っていた。
なのにスズは無傷でしかもいつのまにか自分の後ろにいる。
「なんでって普通に避けてここまで来ただけだけど」
「なん、だと」
「ロゼリアくん、無事でしたか」
「うん、先生。まあ、あの程度の魔術だったらどうってことないよ。それよりも、ダメだよあの程度の魔術で失敗なんかしていたら。未熟にもほどがあるよ?」
スズにとってあの程度の魔術は『暴食』で捕食するまでもない魔術であったがさすがに少しムカついたので煽る。
「ほら、お手本を見せてあげるよ、ほら」
スズはその場から的に向かって一瞬で魔術を放った。
先ほどチェスター侯爵子息がスズに放った魔術と同じ魔術だ。
先生でも不可能な見事な術式の構築だった。
「ほら、こうするんだよ。わかったかな? この程度の術式の構築に時間がかかってさらに失敗とか未熟にもほどがあるよ? チェスター侯爵子息」
チェスター侯爵子息は明らかにスズにバカにされて怒り狂った。
そして、
「決闘だ!」
そう宣言した。