31 闇の氾濫 その1
俺は今、仮面を被り鬼化している。
冒険者でいるときの格好だ。
隣には学園長と宮廷魔導師長がいる。
この宮廷魔導師長はクレセナの父親でもある。
また、真後ろにはおねぇが待機している。
そしてその後方にはたくさんの兵士や騎士、冒険者たちが何時でも戦闘が開始できるように緊張した顔で臨戦態勢をとっている。
今日は"空切"を受け取ってから2日目、古代金剛亀竜を討伐してから9日目の朝だ。
想定していた中で最悪の事態である、闇の氾濫と言える規模の魔物がこちらへ向かってきている。
まだ、目視範囲にはいないがすでに俺の感知範囲には存在している。
あと数分もすれば魔物達の先頭部隊が現れるだろう。
そんな闇の氾濫に対する作戦として、最初に俺と学園長と宮廷魔導師長が魔物の先頭部隊に大規模殲滅魔術を放つ予定なのだ。
他の魔導師クラスの人たちも一緒にしょっぱな魔術を放つ案もあったが、近接戦闘が苦手な人も多く、魔術を掻い潜ってきた魔物に下手に最初に殺されてしまうと戦力がダウンしてしまうため却下となったのだ。
そこで俺と学園長と宮廷魔導師長による大規模殲滅魔術を最初に放つことになったのだ。
俺たちならば大規模殲滅魔術を単独で行使出来るので機動力が高く、少数のため守りやすい。
そしてもしもの時の守護役としておねぇがいるのだ。
「そろそろ、範囲内じゃない?」
「ですね」
「では、予定通りに?」
「ええ」
俺は術式を構築し始める。
構築を終え、そのまま待機する。
上空には巨大な魔法陣が浮かんでいる。
「相変わらずデタラメな術式の構築速度ですね」
「それほどでも」
「確かに、しかもこれで本業が魔導師でないのが恐ろしい」
「そうですね。ま、私達は私達で準備をいたしましょうか」
「ですね」
そう言うと学園長と宮廷魔導師長は目を閉じて集中し始める。
『準備はいい?』
そんな時、耳元からジークの声が聞こえてきた。
『間も無く魔物たちが魔術の範囲に入るよ。僕の合図で一斉に魔術を放ってね』
『わかった』
了承したのは俺だけだ。
他の二人はとても集中しており話す余裕は無いみたいだ。
『では、いくよ。5秒前、4、3、2、1、撃て!』
「"ストームブラスト"!!」
「"ニュークリアフレア"!!」
「"ニュークリアレイン"!!」
俺たちが魔法名を言い放つとほぼ同時に大規模殲滅魔術が放たれる。
大規模殲滅魔術は普通、魔導師クラスの魔術士が複数で時間をかけてやっと発動できるシロモノである。
今、王都にいてそれを単独で行使できるのは俺以外にはシアンとジークと学園長と宮廷魔導師長ぐらいだ。
しかし、いくら彼らでもその難易度ゆえに詠唱をしたりと魔術の行使に時間がかかっていまう。
だけど、学園長と宮廷魔導師長は事前に準備をしておく事で詠唱を省略し、簡単な鍵言う(トリガー)で魔術を行使する事ができる。
そして放たれた三つの大規模殲滅魔術。
巨大な竜巻が魔物を飲み込み、巨大な炎の玉が地面へと着弾、爆発するように燃え広がり魔物を包み込む。
そして、連続で必殺の熱量を秘めた何本もの超高熱線が雨のように放たれる。
その超高熱線は地面、あるいは魔物に着弾すると大きな爆発を上げて周囲の魔物をも殺す。
俺が放った"ニュークリアレイン"は俺と学園長が作り出した魔術だ。
もともと戦争で使われる戦術級の大魔術、大規模殲滅魔術"ニュークリアフレア"という魔術がある。
先ほど宮廷魔導師長が使った魔術だ。
これは超高火力火炎玉の魔術で、いわゆるファイアーボールの最終形態とも言える魔術だ。
全ての大規模殲滅魔術に言える事だが、この魔術は威力は強大だが大量魔力を必要とし、また大量の魔力ゆえに制御が困難であり時間もかかるし単独での行使はほぼ不可能である。
その"ニュークリアフレア"を元にして俺と学園長が作り出した魔術が"ニュークリアレイ"。
"ニュークリアレイ"はニュークリアフレアを弱めて一点集中させた魔術である。
"ニュークリアフレア"の熱エネルギーを一点集中させ、前方に向かって放出するのだ。
それによって超高熱線が生じ局地的には"ニュークリアフレア"に匹敵する威力を出すことができるのだ。
そして"ニュークリアフレア"ほど魔力を必要としない上に制御も大幅に楽になり、魔導師クラスならば単独での行使も可能なはずだ。
そして"ニュークリアレイ"をさらに改造したのが"ニュークリアレイン"だ。
これは"ニュークリアレイ"をさらに弱めて雨のように連射放出するだけの魔術なのだが、それを魔力が切れるまで使い続けることができるのだ。
しかし、"ニュークリアフレア"以上に術式の構築が困難なのだ。
これを使う事が出来るのは開発者である俺と学園長、あとは宮廷魔導師長だけなのだ。
もっとも今回この魔術を使うのは俺だけなのだが。
三つの大規模殲滅魔術、中でも"ニュークリアレイン"の効果は絶大で、現に俺たちの遥かに前方に夥しい数の魔物の死体を築き上げた。
「ふぅ、こんなものですかね」
「申し訳ありません。まだまだ魔物はいるようです。あとはスズ殿にお任せします」
二人の魔術が切れ、それでも魔物は大量に向かってくるので俺が二人の分の範囲にも魔術を撃ち込む。
魔力については何の問題もない。
『暴食』の中には大量の魔力が蓄えられている。
先日に"ラストリゾート"でいくらか失ったが、それでも余りある魔力が蓄えられているのだ。
また、『暴食』の能力の一つに殺した獲物の魂を距離に関係なく捕食するという能力がある。
魂というのは、エネルギーの塊であり『暴食』の能力によって自身の魔力へと変換できるのだ。
自由意志が弱かったりする魔物なんかは魂のエネルギーが少ないためあまり魔力を回復する事が出来ないが、大量の魔物を殺しているため魔力も多く回復出来ているので魔力の心配はない。
しかし、全範囲をカバーした事によって所々に穴ができて魔物が突破し始めた。
『スズ、もういいよ、ありがとう。おかげでかなりの数の魔物を殲滅することができた。残り僅かだ。そろそろ本隊での戦闘に入る』
『はいよ』
ジークの指示のため俺は魔術の行使を終えた。
俺たちの後方にいる指揮官が周りの兵たちを鼓舞し、前方へ突撃していく。
『では、二人は下がってくれ。スズは予定通りそのまま遊撃に。強い魔物を優先して倒して欲しい。向かって欲しいところがあればこちらから指示をする。』
『了解』
「じゃあ、俺も行ってくるね」
そう言って俺は前方へと駆け出していく。
今回の闇の氾濫で俺の役割は二つだ。
一つは最初の魔術攻撃。
もう一つは、これから行われる戦闘の遊撃だ。
基本的には俺の判断で強い魔物を撃破しながら戦場を駆け巡るのだが、ジークから指示があればそちらに向かう。
そのジークだが、今はこの軍の本部で総指揮をとっている。
ジークにはユニークスキル『見聞者』がある。
これは見聞きすることに特化した能力で、本部にいながら戦場をほぼ全て把握することができるため、総指揮をとっているのだ。
そして、先ほどから耳元でジークの声が聞こえてくるのは、俺の作った魔道具があるからである。
いわゆる無線通信機なのだが、今回の闇の氾濫に備えて急いで試作したのだ。
もっとも試作であり、かなり複雑で材料も希少であるため、俺でも少数しか作ることができなかった。
それでもかなり有用であるので間に合ってよかった。
この魔道具を持っているのは、俺とジーク、学園長に宮廷魔導師長。
それと俺以外に遊撃に当たるハルさんとおねぇ、騎士団の中でも上位の実力者達だ。
さらに爺やも持っている。
爺やは俺たちと同じく遊撃に当たっている。
爺やは俺の眷属になったことでユニークスキル『暗殺者』を習得した。
その能力の一つとして影から影へと渡る能力を持っている。
その能力を使って影から影へと渡り、魔物を仕留めてまた影へと渡る。
おねぇは学園長と宮廷魔導師長を後方へと送り届けると前線にやってくる。
また、この闇の氾濫防衛戦にはシアンとリーシアさんも参加しているが、後方での負傷者の治癒魔術による手当てである。
シアンのスキルなんかはこのような戦場では有用だが、有用ゆえに止めておいたのである。
代わりに後方での治療にあたる事になった。
そしてそのシアンとリーシアさんの護衛としてセレスを預けている。
セレスもユニークスキルを習得しておりその能力は今回のような大規模戦闘では大変有用なのだが、準備が足りていないので遊撃には当たらずシアンのリーシアさんの護衛をしてもらっているのだ。
何かあった時には俺に念話で連絡してくるはずだ。
セレスならどこからでも俺に念話してくることが可能だ。
まあ、セレスなら何があってもシアンとリーシアさんを守ってくれるだろう。
そんな感じでの布陣で闇の氾濫防衛戦が始まった。




