30 妖刀"空切"
さてと、これからどうするか。
体の回復はもちろんだけどあれもやっておこう。
俺はまだまともに動けないのでセレスに車椅子に乗せられてある場所に向かった。
「親方ーー!」
向かった先はバルトロイ工房。
王都最高の鍛冶師と言われるドンゴボンゴ・バルトロイがいる工房だ。
「親方ーー!」
大声で呼んでいると、奥から人が出てきた。
「なんじゃい、っておお、スズか。ってその車椅子はどうした?」
出てきたのはずんぐりむっくりした大男。
髭もじゃでドワーフにしか見えないこの男がドンゴボンゴさんである。
変な名前だが本名だ。
ドワーフにしか見えないが人間である。
そして、人間でありながらドワーフをも超える鍛治の腕をしている。
そんなドンゴボンゴさん……親方はこのバルトロイ工房の長であり、弟子もいくつも抱えているので呼んだところで出てこないのだが、この工房の裏口から呼ぶと意外と普通に出てきてくれる。
「ああ、ちょっとね」
「で、なんのようじゃ? 儂はこれから来るかもしれないらしい闇の氾濫に備えての注文を国から受けているので忙しい」
「そうなんだ。まあ、お願いがあるんだけど」
「なんじゃ? 聞くだけなら聞いてやろう」
「刀を打って欲しいんだけど」
「無理じゃ。お主聞いておったか? 他の武器を打つので忙しいと言ったじゃろ? それにお主は儂の打った刀を持っているはずだが?」
うん、持っているよ。
ハルさんにかなりの頻度で折られる俺の刀は親方が打ったものだ。
最高の物ではないがそこそこの出来の刀らしい。
ハルさんによく折られるけど。
まあ、それは刀自体が悪いんじゃないから文句はない。
むしろかなりの業物だ。
でも問題がある。
「まあ、そうなんだけどね。失礼だけどあれじゃ俺の全力戦闘に耐えられない。そこでこれを使って刀を打って欲しいんだ」
『暴食』からひとつのインゴットを取り出す。
「なっ! こ、これは!?」
親方は俺が取り出したものを見て絶句している。
俺が取り出したインゴットは古代金剛亀竜から取り出したある物から作り出したものだ。
最初、俺は古代金剛亀竜からアダマンタイトを取り出して刀を親方に作ってもらおうと思っていた。
今持っている刀よりはかなり良質の刀が出来ると思っていた。
しかし今取り出したインゴットはアダマンタイトではない。
古代金剛亀竜の核を守るアダマンタイトが俺の"ラストリゾート"を受けて変質して見たことも聞いたこともない物質になっていたのだ。
その変質した物質から作り出したインゴットを取り出したのだ。
この物質はどうやらアダマンタイトよりも高位の一種の幻想金属になっている。
名前をつけるとしたらトラペゾヘドロンってところかな?
「な、な、な、なんだこれは?」
「何って言われても。適当に名前を付けてトラペゾヘドロンってところかな? これで刀を打って欲しいんだけど」
本来刀はひとつのインゴットから出来る物ではない。
しかし、このトラペゾヘドロンなら可能だろう。
軽く解析した結果、使い方によってはあらゆる性質になるみたいだ。
そして、そんなトラペゾヘドロンの価値を親方は見抜いているようだ。
「こ、こんな金属は見たことない。こ、これほどの物を儂が打ってもいいのか?」
「いいのかって、俺じゃ刀は打てないからね。親方に任せるしかないんだよ」
「なるほど、7日いや、5日くれ! 最高の刀を打ってみせる!」
親方が興奮したかのように言ってくる。
「でも、他に打つものあるんじゃないの?」
「そんなもの弟子たちに任せるわい! それにどうせお主も戦うのじゃろう? だったらこれを優先させる!」
「わかった。お願いするよ」
「まかせろ!」
ふっふっふ。
ラッキー。
まあ、親方にトラペゾヘドロンを見せたらどんなに忙しくても刀を打ってくれる気がしていたしな。
予定通りっちゃ予定通りだ。
俺は親方にインゴットを渡して工房を後にする。
「スズ様、先ほどの金属はなんなのですか? とてつもない力を感じたのですが?」
「うーん、アダマンタイトが俺の魔力で変質したものだよ。適当にトラペゾヘドロンって名前をつけてみた」
「さようですか。いい刀が出来るといいですね」
「そうだな。親方ならきっと最高の刀を打ってくれるよ」
何しろ親方はハルさんの槍、"グランシェーレ"を打ち直したんだからな。
"グランシェーレ"はもともと国宝で初代グローリアス王が使っていた槍だ。
しかし、伝説級以上の武具は持ち主を選ぶ。
"グランシェーレ"を初代以外に使えたのはハルさんだけであり、それをハルさん専用に打ち直したのが親方だ。
十分過ぎるほどの実績がある。
「それにな、これを見てよ」
俺は一振りの包丁を取り出す。
「これは、いつもスズ様が使っていらっしゃる包丁ですね」
「うん。この包丁も親方が作ったものだよ」
この包丁は昔倒したキデンサーの角から作った包丁だ。
その名も狂鬼の食斬刀"万雅"。
作られた当初は希少級であったが俺の成長にあわせて今や伝説級にまで至っている。
包丁だが武器として使えば今持っている刀よりも遥かに強い。
もっとも包丁なので戦いには使わないけれど。
「こんな良い物を作れる人なんだ。信頼できる」
「なるほど。確かに」
などと話しながらセレスに車椅子を押されて帰った。
そして5日後、一応刀が完成したと連絡を受けて俺は工房に向かった。
調子はすでに回復している。
「親方ーー! 来たよーー!」
呼ぶと、奥から若干ふらつきながら親方が出てきた。
「ス、スズか、来たか」
「え、親方? 大丈夫なの?」
俺は親方に駆け寄って回復魔術を親方にかける。
多少はマシになるだろう。
「ああ、助かった」
聞けばずっと刀を打ち続けていたらしい。
5日間ずっと。
そして、刀自体はできたので俺を呼んだみたい。
「刀自体は?」
「ああ、実際に見てもらった方が早い。ついて来い」
親方が奥に向かうので俺もついていく。
案内された場所は数ある鍛冶場の中でも一番奥にある鍛冶場だった。
そして、その中には一振りの流麗な刀が台の上に横たわっていた。
サイズも普通の刀よりも若干大きい程度だ。
大太刀程大きくも無い、普通の太刀。
打刀よりも反りがきつく、優雅な感じであった。
しかし、その存在感は非常に大きく強い力を感じる。
「あれか?」
親方に聞いてみるがあの刀は俺の、俺だけのために作られた俺の刀という認識があった。
「そうだ。一応完成したから見てもらいたかったんじゃ」
「さっきから何か問題があるように聞こえるんだが?」
「ああ、問題と言っても良いのかわからんが問題が2つあるんじゃ」
「それは?」
「一つは、その刀の力が大きすぎるんじゃ。陛下の"グランシェーレ"と同等の力、伝説級の力を感じるのじゃ。仮にお前が使えなければこの世の誰も使えないだろう。使い手のいない武器など武器として終わっておるしの」
「確かに。だったら使って見てもいいか?」
「ああ」
親方の了承を得ると俺は刀を手に取る。
手に馴染む。
まるでずっと使い続けてきたみたいだ。
そして、刀を手に取るとこの場を後にする。
「どこにいくんだ?」
「外に」
親方も一緒に外に出ていく。
天を仰ぐ。
天気は曇り空で今にも雨が降りそうだ。
俺は刀を構え、力を込める。
そして、天に向かって全力で斬撃を放った。
その斬撃は『暴食』と『調理師』が具現化したかのような強大極まりない威力を誇っていた。
その斬撃は天にまで届き、そして、分厚い雲を飲み込み、斬り裂いた。
さっきまで空にを覆っていた重い曇り空は目に映るすべての雲が吹き飛び、太陽がまぶしい青空へと変貌した。
「……すごいよこれ! 全力で斬撃を放っても壊れない。それどころか大幅に威力を上げてくれる!」
実際、俺の魔力に非常に馴染み、二つのユニークスキルとも馴染む。
先ほどの斬撃もまさに必殺の一撃のような斬撃だ。
「は、ははは、空を斬りやがった。」
親方は俺が空を切っていることに驚いているようだ。
「親方、この刀、すごい馴染むよ」
「そ、そうか。どうやら使いこなせるようじゃな」
「うん!」
やっべー!
興奮が止まらない!
「ならば銘はどうする?」
「うーん、どうしようか。親方がつけてよ」
「む、ならば……実際に空を切ったことだし、空切なんてどうじゃ? 刀だから魔剣ではなく妖刀"空切"」
妖刀"空切"……。
「うん、気に入った! こいつの銘は"空切"だ」
だったら、刀に合わせてさっき空を切った技は"天翔烈空斬"とでも名付けようか。
「ところで、もう一つの問題は?」
使ってみた感じ、他には問題は見当たらない。
「ああ、それはな。その刀にあう鞘がないんじゃ」
「鞘が?」
「ああ、鞘に入れてもその刀の切れ味で鞘を切ってしまうのだ」
なるほど。
確かにこれの切れ味は半端ない。
普通の鞘に納めても鞘自体が切れてしまいそうだ。
刀を納める鞘に入れても切れるようでは危ない。
でも、問題はないな。
「だったら問題はないよ」
俺は"空切"を『暴食』にて捕食、収納した。
「空納を使えば問題ないよ」
空間魔術に"空納"というアイテムボックス的な魔術がある。
それに入れたと言っておく。
実際は『暴食』の中だがわざわざ言う必要はない。
「なるほどの。それならば問題ないの」
「うん。あ、この刀の代金は?」
「ああ、それならば必要ない」
「えっ、でも…」
「これほどの刀を打てたことに儂は満足している。それは儂の人生最高の一振りじゃ。鍛冶師としては本望じゃ。ゆえに代金はいらん」
「……そう。だったらもらっておくよ」
「ああ、儂は少し疲れた。奥で休んでくる」
「わかった。親方! ありがとう!」
俺は親方にお礼を言うと親方は奥に向かいながら手を振って去っていった。