19 執事とメイド1
俺がこの依頼を受けた理由はこの屋敷にある。
両親の話によると、昔両親が冒険者としてメルデル大森林で狩りをしていたとき、近くから赤ちゃんの大きな泣き声が聞こえてきたのだ。
メルデル大森林という危険地帯でだ。
泣き声のする方へ向かうとそこには屋敷とも言えない小さな屋敷があり、その中から泣き声が聞こえてきていた。
そして、その屋敷から魔物の気配がしていた。
両親は急いで屋敷に入るが、泣き声をする方を見ると執事服を着た老人とメイド服を着た女性が赤ちゃんを守るように死んでいたのだ。
彼らを殺した魔物は闇の領域から出てきた魔物だったそうだ。
両親はまさに赤ちゃんを食おうとしていた魔物を倒し、奇跡的に赤ちゃんは救出された。
この国には赤ちゃんには服など名前を書いたものを身につけさせるという風習があり、両親は赤ちゃんの名前を知った。
その名前はスズ。
最初両親は俺を王都の孤児院に預けようとしたがこんな危険地帯に住んでいたのだ。
何かしら理由があるはずだ。
それに黒髪黒目といった珍しい容姿である。
預けた孤児院で冷遇されるかもしれない。
最悪貴族などの金持ちに表向きは養子として、裏ではその珍しさから愛玩奴隷のように扱われるかもしれない。
そう思い、両親は俺を父さんの故郷に連れて帰り育てることにしたのだ。
そして、成長した俺はこの場にほぼ記憶にない二人の墓を作ろうと思ったのだが、偶々ギルドでこの屋敷の調査依頼がある事を知った。
俺はこの依頼を受けた。
何者がこの屋敷を乗っ取っているなら即座に殺し2人の墓を建てようと思っていた。
しかし、その一方でもしかしたらレイスか何かになって蘇ったのではないかと考えていた。
そして、俺はこの場所に来て二人が攻撃してきた事で確信した。
この二人は俺を守って死んだ人たちだと。
『ま、まさかスズ様なのですか?』
「おそらく、お前たちの言うスズだよ」
『た、たしかに、黒い瞳に黒い髪。う、うそ、そんな、生きて。……う、うあああああ!』
メイド服の女性が崩れるように泣き出した。
その瞬間、異様な空間の気配と半異界化は解除され、屋敷に光が差し込んだ。
ー▽ー
スズの目の前には半透明の執事服を着た老人と同じく半透明のメイド服を着た20代前半くらいの女性がいる。
彼らの名前は、ゼシェルとセレスティナ。
彼らは昔、王国の貴族、チェスター侯爵家の執事とメイドだった。
当時、仕えていた当主にあまりいい思いはなかった。
そんな当主に子供ができ、そして生まれた。
生まれたのは双子の男の子だった。
先に生まれた兄は侯爵と同じ髪と目の色をしていた。
しかし、後に生まれた弟は異様であった。
なんと、黒髪に黒目をしていたのだ。
これには侯爵も母親も気味悪がった。
母親は早々に育児を放棄した。
母乳すら飲まそうとしないようになったのだ。
その時代わりに黒い赤ちゃん、スズを世話したのがセレスティナである。
スズの兄の乳母も母乳を与えようとしなかった。
セレスティナはなんとか乳母を見つけて母乳を与えたりしてスズを育てようとしたのだ。
しかし、スズが生まれて一月経った頃、セレスティナはとんでもない事を聞いてしまったのである。
侯爵がスズを事故に見せかけて殺そうとしているのだ。
スズを乗せた馬車が偶然転倒して、運悪くスズが死んでしまう事にするらしい。
どうやら、スズを気味悪く思うと同時に他の貴族にこんな子供が生まれたと知られたらどんな風に思われるかと思ったらしい。
今死ねば生まれたのが黒髪黒目の子供と他の貴族に知られないし、それどころか同情を買うこともできる。
名案とばかりに侯爵はスズの母親である妻にその事を話した。
スズの母親もそれに賛成したのだ。
これを聞いたセレスティナは即座に自分の父親代わりのゼシェルにどうすれば良いか相談した。
ゼシェルはもともと先代の当主に仕えていたが急死して先代の息子である現侯爵が当主なり引き続き仕かえる事にしたのだが、ゼシェルは侯爵にいい思いをしなかった。
それでも、我慢して仕かえていたのだが、ゼシェルにスズの事について相談され遂に愛想が尽きたのだ。
ゼシェルはセレスティナとともにスズを連れて王都を出る事にした。
その時、下手な町や村では見つかった時スズは殺されるのではないかと思った。
結果、危険ではあるがメルデル大森林の内部に屋敷を構え、スズを育てる事にしたのだ。
二人とも能力が高く、特にセレスティナは力を持っていたためすぐさま屋敷を構えることに成功し、ゼシェルは周囲に屋敷を結界を構築した。
森での生活は順調だった。
たしかにメルデル大森林は危険地帯ではあるが、基本的に中心部、闇の領域に近づくほど強くなる。
逆に言えばこの屋敷の周辺は大した事のない場所であったのだ。
周辺の魔物ではゼシェルの結界で屋敷に近づく事ができないでいた。
また、スズの食事に必要な物も森であるため容易に入手する事ができた。
そんな環境の中スズはすくすくと育っていった。
しかし、そんなある時平穏が崩れた。
一体の魔物が結界を突破して屋敷に入り込んできたのだ。
闇の領域の魔物だった。
ゼシェルとセレスティナは奮戦するも魔物に殺されてしまう。
自分たちの後にすぐに殺されてしまうであろうスズの事を想いながら。
ゼシェルは気がつけば屋敷の中を徘徊していた。
死んだ後にレイスへとなっていたのだ。
セレスティナも同様にレイスになっており自我を取り戻した。
そして、自分たちが死んでいる間にこの場は魔力濃度の濃く、半異界化した特殊な地帯になっている事に気が付いた。
二人は考えて話し合い一つの結論を導いた。
いつか、スズも復活するはずだ。
二人は死ぬ直前のスズへの想い、すなわちスズを守るという生への未練とこの地が魔力濃度の濃い地になったことなど様々な要因でレイスへと至った。
しかし、当時のスズにはそんな生への未練など無かった。
何しろ赤ちゃんだったから。
仮にスズが死んでいたとしてもレイスにはならなかったであろう。
何しろレイスは生への未練が魂を変質させ、生まれる魔物なのだから。
二人はスズを守るという生への未練をもってレイスへとなった。
ゆえに死んだスズが復活することを祈った。
この特殊な場ならいつかスズは復活するはずだ。
スズが復活しないなど考えもしなかった。
それから二人はこの屋敷を守る事にした。
いつしか冒険者がやって来たが即座に気絶させ外へと放り出す。
殺さなかったのは殺した奴がレイスになるのを嫌ったからだ。
その事が原因でスズが復活出来なくなるかもしれない。
最近屋敷にやってくる冒険者が増えてきたが関係なく気絶させ放り出す。
Bランクパーティーもやって来たが、生前よりも優れた能力のおかげで楽に追い返す事ができた。
彼らは力を得る事が出来た代わりに地縛霊のようにこの地に縛り付けられたが問題は無かった。
彼らは何者にもこの地を乱されたく無かったのだ。
そんな時スズがやって来た。
ゼシェルは何時もと同じように屋敷に入ると同時に気絶させて放り出そうと思った。
しかしそれは叶わず戦闘に入る事になった。
セレスティナも参戦するが全て防がれるか回避される。
今や二人とも魔物にしてAランクの上位に相当するにも関わらずだ。
二人とも既に殺す気で攻撃しているが全く当たらない。
そんな時スズが自身の名前を叫ぶ。
二人にはその名前に心当たりがあった。
何しろ二人が復活を待ち望んでいる者の名前だからだ。
二人は攻撃を止め、ハッとスズの顔を見る。
さすがに生後半月の赤ちゃんと目の前にいるスズとは結びつかない。
しかし、その黒髪と黒目が目に入る。
二人は悟る、この人物は自分たちが守ろうとした者だと。
実は生きていて立派に成長したのだと。
二人はは確信した。
この人物はスズだと。