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118 大天使の想い

 ミトラは苦笑する。

 今、この瞬間シエルは自分達と同じ領域に至ったのだと確信した。

 すなわちオーバースキルの習得。

 このタイミングで習得するのかと。

 もう笑うしかない。

 何という最高の味方だろうか。

 スズは最高の援軍を寄越してくれたのだ。


「ミトラさん、お待たせしました。もう、足は引っ張りません」


 足を引っ張るどころか十分良くやってくれていたが、それでもシエルのこの成長は喜ばしい事だ。

 シエルの動きに合わせていくつか動きが制限されていたのは事実なのだから。

 だが、もはやそんな必要はなくなった。

 先ほどまで互角。

 シエルが成長した今、ミカエルは恐るるに足らずだ。


「なるほど、勇者か。厄介だな。甘く見ていたのは訂正しよう。お前も俺の敵たり得る存在だ。だが、それがどうした。それでもお前達は俺には勝てないんだよ!!」

「いつまでも余裕ぶっているなよ。シエル行くぞ」

「はいっ!」


 戦いは激化する。

 ミトラとシエルの魔力が融合した攻撃は確かにミカエルに届いていた。

 しかし、ミカエルも負けていない。

 傷を負いながらも果敢に戦い続け、一歩も譲ることはなかった。

 先ほどまでの一進一退のような、ある種の落ち着いた戦いではなく、自身の存在の全てをかけた戦いを3者共に繰り広げていた。


 しかし、ここでその均衡は壊される。


 シエルが横振りの一撃を入れたその瞬間、血晶で出来た彼女の刀は砕け散る。


(限界が来たのか!? 武器が彼女の成長についていけなくなったのか!?)


 ミトラは内心で少し後悔する。

 どうやら彼女に頼りすぎていたようだと。

 結果がこれだ。

 シエルの成長のデメリットも考慮するベきだった。


 ミカエルは嗤う。

 今のシエルならば武器が無くとも十分戦えるだろう。

 しかし、刀に頼った戦い方であるのは否定できない。

 多少なりともシエルの戦力が下がるならば天秤はこちらに傾く。

 さらに、ミカエルは見抜いていた。

 二人の魔力融合は相当繊細なものだと。

 おそらくは少しの波長の乱れで失敗していまう。

 刀がなくなった今、一番の脅威である魔力融合は今までのように使えなくなる可能性が高い。

 どちらにせよ天秤は自分の方に傾いた。

 この勝負、自分の勝ちだ。


 刀が砕け散った瞬間、二人の脳裏に大きな衝撃を与えた。

 しかし、刀の持ち主であるシエルはまったく気にする様子もなく、流れる様に手に残った柄をミカエルに押し付ける。


「爆氷掌!!」


 紅い氷の爆発が発生する。

 "爆氷掌"は、スズ直伝の"爆神掌"を改良した技だ。

 "爆神掌"の極意は、魔力、闘気の極限圧縮とその保存にある。

 この技を戦闘中に使えるのは3名だけである。

 発案者のスズ。

 能力により瞬間的に圧縮が可能なサヤ。

 そして、圧縮した闘気を血晶として保存可能なシエルである。

 さらにはシエルは自身の能力によって氷血属性の技に改良している。

 シエルは指輪型の血晶を使い、瞬時に"爆氷掌"を発動する事が可能なのだ。


 直撃はしたものの、ミカエルを倒すほどの威力はない。

 さらには、刀の柄も砕け散ちり、完全に壊れた。

 しかし、それはシエルにとって予定通りである。

 刀は壊れたのではなく、壊したのだ。

 桜の様に舞い散る刀のカケラ。

 一つ一つから血が吹き出し、さらなる桜を作り出す。

 その様子は正に桜吹雪。


「なにっ!?」

「夜桜よ、乱れ咲きて敵を滅せ。"百花繚乱"!!」


 死を呼ぶ夜桜の群れとなった桜吹雪はミカエルに襲いかかる。

 圧倒的な物量を前に回避は不可能だ。


「ミトラさん、今です!! やっちゃってください」

「シエル……。わかった、必ず持ちこたえろ」


 ミトラはシエルの合図に頷き準備をする。

 手を前にして目を瞑り集中する。

 ミトラの膨大な魔力がその手先に収縮し、そして放つ。

 自身が持つ、最高の技を。


「"裁きの光"」


 その手から放たれるのは神を仇なす者を消滅させる絶対的な光。

 光は桜吹雪に飲み込まれ、内側で反射する。

 二人の魔力が融合し、増幅しながら光は反射を繰り返して一点を目指す。


「んんンンンンん!!!」


 反射すれどもミトラの光を受けた桜吹雪を崩壊させない様にシエルは全身全霊をかけて力を込める。

 そして、何度も何度も反射し、増幅した光は臨界点を超えて爆発を起こす。


 そこから現れたのは死にていの大天使。


「見事だ」


 彼は苦しむのでもなく、恨むのでもなく、満足する様に笑っていた。



 ー▽ー



「あっ」


 全身全霊をかけた技を放ったシエルは力が抜けて落ちる。

 飛ぶこともままならくなったのだ。

 しかし、地上に墜落する事はなくミトラに優しく抱きかかえられた。

 お姫様抱っこである。


「ミトラさん」

「無茶したな」

「えへへ、でも役に立ったでしょ」

「ああ。お前のお陰で勝てた。ありがとう」

「どういたしまして」

「疲れただろう。少し休め」

「うん」


 シエルは言われた通りに目を瞑り眠りにはいる。

 もう、戦う必要はないのだ。

 ミトラはシエルを揺らさないようにゆっくりと地上に降りる。

 先ほどの攻撃によって瀕死の重傷を負った堕ちた大天使の側に。


「あれをくらってまだ生きているのか」

「ああ。だが、もう動く事もできん。完敗だ」


 ミカエルの言う通り、彼は横たわったまま立ち上がる事も動く事も出来ていない。

 放っておいても死んでしまう状態だ。


「ミカエル、お前正気だな」


 そんな状態でありながら満足したような表情を見てミトラは悟る。

 ミカエルはジブリールに操られておらず、正気であると。

 思えば色々と不自然だった。

 罵詈雑言こそ言えど、ミカエルは決してミトラにトドメを刺さなかった。

 シエルが来る前ならば何度かそれが可能なタイミングがあったにもかかわらず。

 シエルが来た時ももしかしたら彼女が来ることを察知したのかもしれない。

 ミカエルにミトラを殺す気はなかったのだ。


「まあな」

「ならば何故ジブリールの味方をする。奴がやっている事は大神様の想いを踏みにじる事だとわかるだろう」

「そうだな。本来なら奴を止めなければならないな」

「だったら何故」

「確かに、今でこそ俺は正気だが、お前と違って昔は奴に操られていた。正気に戻ったのはほんの100年前だ。ジブリールの計画は大詰めだった。すでにこの世界に天使は送られ、智天使の大半は無残な姿になり果てていた。あとは、この世界でお前たちにばれないように凍結封印されていた天使たちが目覚め、強引に世界を繋げる段階まで来ていた。もちろん俺は様々な細工を施したが、結局ルシアは追いやられたようだな。こうなってはジブリールにはもはや勝てない」

「なおさら何故俺たちと協力しない」

「さっきまで敵だった俺がお前たちの味方だから共に戦いましょうなどとできるわけがないだろう。それに、完全にジブリールの影響が抜けた訳ではない。今だって奴を大神様のように崇めたくなる。そんな俺がお前たちと共に戦える訳がないだろう」

「だが、俺と戦う理由にはならないだろう」

「いや、あるさ。お前は唯一大神様の遺志を紡ぐことができる天使だ。お前だけがあのお方を守ることができる」

「アルマのことか」

「そうだ。ジブリールはアルマ様を認めていない。この世界を崩壊させるのと同時にアルマ様を殺すつもりだろう。そんなことはさせてはならない。ミトラよ、これを受け取れ」


 ミカエルは己の胸から小さな炎を出現させると、ふわりふわりと漂わせてミトラに吸収させた。


「これは」

「俺の力だ。本来なら俺がアルマ様を守りたいところだが、俺にそんな資格はない。ジブリールなんかを大神様のように崇めた時点で俺の正義は曇ってしまった。そんな俺が、正義の証を持っていていいはずがない。ミトラ、決して穢れることのない意志を持つお前こそがふさわしい」


 ミカエルが行ったのはスキルの譲渡である。

 つまり、魂の受け渡し。

 ミカエルがミトラと戦った理由、それは試験である。

 正義の証を持つにふさわしいかどうかの。

 結果は想像以上。

 2人がかりとはいえ、まさか自分を倒すとは思ってもいなかった。

 ミトラ一人では無理だっただろう。

 この世界の住人であるシエルのおかげだ。

 彼女の存在を認識したミカエルはまだまだこの世界は終わっていないと思った。


「本当は、お前にアルマ様を連れて逃げてほしかったんだが、この世界に未来を見た気がする。ミトラよ、わが友よ。ジブリールを止めてくれ。奴は運命を操る。世界が繋がったのも奴の能力に起因するところが大きい。それほど巨大な力だ。だが、今のお前なら奴の運命に逆らえるかもしれん。奴の力も万能ではないからな。ミトラ、大神様が愛したこの世界のことを、アルマ様のことを任せたぞ」

「ああ、任せろ」


 ミカエルはその言葉に満足して、消えるように死んでいった。



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