117 真なる勇者シエル
さすがと言うべきか何と言うべきか。
いやまさか、ハルさんが勝つとは思わなかった。
俺は切り札を準備するのと並行して周辺の天使と戦ってた。
いや、虐殺、あるいは食事をしていた。
出来るだけ切り札の威力を上昇させる為。
さて、ここで重要なのはただ天使と戦うことではない。
ウリエルの能力は、ダメージの押し付けと自己強化だ。
自己強化の原理として死んだ味方の魂の一部を取り込んで自身を強化するといったところ。
味方がいなければ全く役に立たない能力という事だ。
ここでさらに重要なのは俺の能力。
俺の能力は相手の全てを喰らい尽くす暴食の力。
つまり、俺が天使を喰い殺せばウリエルの能力は発動しないということだ。
ウリエルが受け取るはずの魂ごと俺は食っているから。
俺は切り札の準備をしながらウリエルの能力の影響下にある天使を虐殺し、全滅させた。
能力さえ封じる事が出来ればあいつ自体そこまで強くないからな。
俺の眷属である爺やとセレスにも手伝ってもらった。
彼らを通じて捕食できるからウリエルの能力も発動しないし。
ちなみに、2人は智天使を倒すことに成功していた。
そんな感じでウリエルの能力を封じたのだ。
しかし、それでもオーバースキルを保有する熾天使である。
ハルさんでは厳しいと思っていた。
能力を封じたからといって、その存在格には大きな差がある。
少しでもハルさんが生き延びる確率が増えればと思ってやったんだが。
まさか、俺が天使を全滅させた瞬間にウリエルに致命傷を与えるとは思わなかった。
この戦いで何かをつかんだのかハルさんの槍術はより研ぎ澄まされていた。
単純な技量じゃ敵わないかもしれない。
本当にすごいな。
ハルさんがウリエルに致命傷を与えてくれたので俺は即座にウリエルを捕食した。
今の状態でも致命傷を負ったウリエルを捕食する事なら出来るから。
おかげで大量のエネルギーを追加する事が出来た。
「スズ、まだいたのか」
「うん。ちょっと作戦があってね。でも、おかげでウリエルを倒す事が出来た。さすがだなハルさん」
「ぬかせ。トドメを刺したのはお前だろう」
「ハルさんが致命傷を与えてくれなかったら無理だった」
「そうか、それはよかった。ふぅ。疲れた」
そう言ってハルさんは地面に倒れこんだ。
「大丈夫?」
「大丈夫だ。じきに回復する。そんな事よりお前は早く行け。俺は少し寝る」
そうだな。
早く行かなくては。
もうすぐ切り札も完成する。
もう、ジブリールの封印が解けているかもしれないからな。
「そうだな。行ってくる」
「ああ行ってこい。さっさと終わらせてまた模擬戦するぞ」
相変わらずハルさんは模擬戦が好きだな。
さっきの槍術見ていたら勝てるか不安になってきた。
少し名残惜しいが、この場を離れる。
向かう先は決戦の地だ。
到着する頃にはちょうど切り札も完成しているだろう。
待っていろよレヴィア、ユウ。
ー▽ー
「ふむ、模擬戦か」
ハルは横になりながら己の手を見る。
先ほどの戦い。
常に死のリスクがある中で極限まで研ぎ澄ました結果、限界だと思っていた己の槍術のさらに先を見た。
さらに突き詰めて行けばスズ達神王にも届き得ると確信する。
限界など存在しないのだ。
一つの到達点こそ存在すれど、雲が開けばまだ先は存在する。
ならば自分は突き進むまでだ。
「王位もジークに継承したしな。これからは自由にできる」
散々自由であったのはさて置き、己の道を進み続けることが出来る。
そこには終わりはない。
今は少し先を体験しただけだ。
しかしその目には限界を超えた先、『槍聖神』への道程が見えていた。
「とりあえず寝るか」
ハルはこれからの事に思いを馳せながら目を瞑る。
スズ達が勝利し、未来がある事を微塵も疑う事なく。
ー▽ー
光と氷と炎が交差する。
シエルの参戦により、ミトラはミカエルと互角に戦う事が可能になっていた。
しかし、ミトラとシエルには大きなリスクが存在する。
ミトラやミカエルに比べてシエルはあまりにも弱いのだ。
当然、ミカエルはシエルを狙う。
それでも、ミトラとシエルの巧みな連携により一進一退の攻防を繰り広げる事に成功しているのだ。
大天使ミカエル相手に素晴らしい活躍である。
しかし、シエルは歯噛みする。
自分でも予想はできていた。
自分は彼らと戦うには弱すぎる。
何とか戦えてはいるが、ミトラがいるからだ。
二人の魔力融合のおかげで戦えている。
足手まといにもなっていない。
でも、ミトラに守られながら戦っている感は否めない。
ならばどうするか。
強くなればいいのだ。
戦いながら。
勇者の特徴として、大きく成長する瞬間が存在する。
かつて、ユウがメーシュと戦っている時にオーバースキルを獲得したように。
シエルは願う。
ミトラと共に戦う為にもっと力を、もっと速度をと。
世界の為に、何よりも大切な存在の為に自分は負けられないのだ。
シエルの願いは叶い、彼女は秒刻みで進化する。
それでもミトラと肩を並べるにはまだ遠い。
「それでも!! 私は負けられない!! お父さん、お母さんがいたこの世界を!! お兄ちゃん、シアンお姉ちゃん、みんながいるこの世界を!! 私は絶対に守る!! 勇者の力よ、私にこの不条理に打ち勝つ力を!!」
そして、進化が一つの臨界点を超えた時、彼女は爆発的に成長する。
未熟ながらも確かに限界を超えた証、オーバースキル『氷血神』を獲得して。
不条理を打ち勝つ真なる勇者が誕生した瞬間であった。
決戦でパワーアップする勇者の鑑。■■とは違うのだよ!!




