104 沙耶の想い
「……善治郎は私と生きてくれる?」
「もちろんだ。お前が千年生きたいと言うのなら俺も共に生きよう」
嬉しかった。
とても、とても。
張り裂けそうな想いだった。
善治郎はそれを埋めてくれた。
朱理が胸を貫かれて、死んだと思った。
間一髪でスズくんが治療にあたってくれたみたいだが、どうやら朱理が目を覚ますのに千年かかるらしい。
朱理が生きていてくれた事は本当に嬉しい。
しかし千年。
時の差は残酷で私はそんなに生きられない。
人間なんて長生きしても百と少しなのだ。
どう足掻いても千年後に朱理と会う事なんて出来ない。
そう思っていた。
スズくんが言うには人間が進化すると聖人という存在になるらしい。
寿命は数千年と大幅に延びるのだとか。
幸いしてスズくんが言うには、私には聖人に至る素質があるとの事だ。
聖人になれば朱理とまた会える。
逆に言えば、朱理とまた会いたければ人間をやめなければならないという事だ。
朱理とまた会うためならば、私は人間を辞める覚悟はある。
でも、それは善治郎と同じ時を生きられないと言う意味と同義であった。
それを思うと私は耐えられなかった。
だから悩んでしまう。
朱理とまた会う事と善治郎と同じ時を生きる事。
その二つを天秤にかけて、選択する。
なんて事は出来なかった。
胸が張りさける想いだった。
そんな時、スズくんはさらに善治郎にもその素質があると言う。
だから、私は聞いた。
「……善治郎は私と生きてくれる?」
と。
私が言った事は善治郎に人間を捨ててくれるかという事。
「もちろんだ。お前が千年生きたいと言うのなら俺も共に生きよう」
なのに、善治郎は即答してくれた。
今思い出してもうっとりする。
まるで、プロポーズを受けたような気分だ。
いや、実質そうじゃないかな?
だって、共に生きようって事はそういう事でしょう?
いやまて。
その前に私は彼に私と生きてくれるかと聞いた。
どちらかと言えば私からプロポーズしたような感じじゃないかしら?
…………まあいいわ。
今度ちゃんとプロポーズをしてもらいましょう。
結婚するのは二十歳ぐらいでいいかしら?
子供は何人くらいがいいかしら?
私はほんの少し、ほんの少しだけ他の人より背が低いから出産するのは大変かもしれないけれど、彼との子供ならいくらでも生む事が出来そう。
そして、海の見える一軒家でペットを飼って、家族みんなで温かく過ごすのだ。
うふ、うふふふ。
「うふふふふ」
「急に笑い出してどうした?」
おっと、声に出てしまったようね。
お出迎えしてくれるシアン様とそれに答えるスズくんの様子を見ているといろいろと発展した妄想に至ってしまった。
まあ、それだけ歓喜極まっているという事ね。
「いいえ、何でもないわ」
「そうか。それにしても疲れたな」
「やなり、お戦いになったのですね?」
「ああ。何とか勝てた。封印されていたとはいえやはりオーバースキルの保有者だな。かなり苦戦してしまった。それに朱理がな」
スズくんはシアン様に先ほどの戦いの事を話す。
そして、朱理の事も。
「そう、ですか。アカリさんが」
「ああ、くっそ。宮本の奴が余計な事をしなければ時間はそれなりにかかっただろうが普通に勝てただろう……に……」
スズくんの苛立ったような声が止まる。
何かに気がついたような。
そんな感じ。
「……なあ、宮本は?」
「「あ」」
すっかり忘れていた。
そう言えば私たちは勇輝を連れ戻しに行ったんだ。
それで、あの魔王やら朱理の事、そして善治郎の事があって忘れていた。
「あー、そう言えばあいつ吹き飛ばされていたな」
私は朱理を見ていたので、知らないが、スズくんが言うにはどうやら勇輝はあの魔王に遠くに吹き飛ばされたみたいだ。
こう、虫を払うみたいに。
何が魔王を倒すよ。
文字どおり虫ケラ扱いじゃない。
弱いくせして。
勇者でもないのに勇者に拘って。
人の役に立ちたいのかもしれない。
その気持ちは尊いと思う。
けど、あいつがした事と言えば、スズくんの足を引っ張って、そのツケで朱理を失わせた事。
「まあ、仮にも異世界人だし、あの程度なら死なないだろう。俺の感知範囲にはいないみたいだけど、生きているんじゃないか?」
「そう。ならいいわ」
私はどうでもいいように言う。
「随分興味がなさそうだな」
「確かに、勇輝は私の幼馴染よ。だから、今回は助けてあげたいと思った。イルレオーネで私が彼らを見捨てようとした罪滅ぼしの意味もかねてね」
結果的にみんなここに来て一部以外は学園でそれなりに暮らしている。
それは、結果的であって私は彼らを見捨てて逃げようとしていた。
その罪滅ぼしもあって私はスズくんに頼んでまで勇輝を助けようと思ったのかもしれない。
今、冷静に考えるとそうなのだろう。
あるいは、勇輝のせいで朱理を失ったーー千年後に生き返るがーーという事実が勇輝に対する負の感情からの後付けの理由なのかもしれない。
「だけど、それは今回でおしまい。幼馴染だからって何時までもフォローしないわ。限度があるもの」
限度があるから私は彼らを見捨てようとしたのだ。
「それに、正直勇輝を助けようとするのは失敗だったと思っているわ」
だって、そのせいで朱理が。
私の責任も十分過ぎるほどあるけれど、多くの場面で勇輝が余計な事をしなければ。
そう思ってしまう。
「それでも、最低限、勇輝が魔王に殺されるのを防げたのならそれで十分よ。後は勇輝が自分の力でどうにかしないといけないと私は思うの」
子供じゃないのだ。
力を持っているのだ。
もう、フォローは出来ない。
それに、正直愛想が尽きた。
例え幼馴染だとしてもこれ以上あいつのフォローをする気持ちにはなれない。
生きていれば十分。
「そうか。わかった。だったら今日はもう休め。疲れているだろう。部屋はあるから爺やに案内してもらえ」
「ええ、ありがとう」
勇輝の事はもういい。
気持ちを切り替えないと。
私は誓ったのだ。
この世界に来てから。
この世界は生きるのが難しい。
ならば、大好きな親友と大好きな恋人を一番にして生きようと。
私は弱い人間だ。
それだけしか守ろうとできない。
それすらも守れない。
守られているのは常に私。
だけど、恋人が共に生きてくれるのなら、親友に再び会うために、聖人にでも何でもなってみせる。
それが私の決意だ。
ー▽ー
「っ、ここは?」
宮本勇輝は目を覚ます。
視界に入るのは知らない天井。
包まれるのは暖かな毛布。
本来ならありえない。
何故なら遠くに吹き飛ばされたのだから。
それこそどこかのバイキン並みに。
「佐藤さんっ!!」
そして思い出す。
彼女が胸を貫かれた光景を。
勝てると思った。
確かに、鬼と魔王の戦いは壮絶を極めた。
何が起こっているのかすらさっぱりわからない。
明らかに人外の領域の出来事であった。
しかし、あの恐ろしい戦いの途中、魔王が鎖に縛られて動けなくなったのだ。
怖かった。
しかし、奴は鎖に縛られて動けないのだ。
今なら攻撃できる。
今なら魔王を倒せる。
いくら魔王でも全力の一撃なら。
そう思って逃げ出したい心を制御し、勇気を振り絞って魔王に駆け出した。
途中で世話になったオカマの言葉や鬼の言葉何て耳に入らなかった。
そんな場合ではないのだ。
ここで魔王を倒さなければならない。
自分が魔王を倒して人々を救うのだ。
魔王を倒そうとしなかった鬼に任せてなんておけない。
怖さなんて関係ない。
自分がやらなければいけないのだ。
何故なら自分はーー。
その想いで勇気を振り絞り、魔王に攻撃した。
手加減無しの一撃だ。
いくら魔王といえども。
しかし、結果はどうだ?
傷一つなく解き放たれた魔王。
そして、魔王は佐藤さんを殺した。
宮本勇輝の瞳にはそう見えた。
そして、よくも、よくも佐藤さんをと激昂し、魔王に飛びかかった。
自分の怒りの一撃をくらえとばかりに。
そこで、宮本勇輝の意識は途絶えた。
「お目覚めですか」
「え?」
宮本勇輝が先ほどまでの記憶を思い出し、怒りと悲しみに暮れていると横から声をかけられた。
振り向いて、宮本勇輝は絶句した。
朗らかで優しい雰囲気を纏った壮絶な美女。
そして、何より特筆すべきはその背にある白い翼である。
「てん……し?」
「はい、私は天使でございます」
宮本勇輝が見たのは紛れもなく天使であった。
「宮本勇輝様でお間違いございませんね?」
「そ、そうだが、どうして俺の名前を?」
「貴方様には私達天使はとても注目しているのです」
天使は宮本勇輝の手をその手で包み込み胸元に引き寄せる。
「勇輝様、異世界の勇者様。どうか私達をお救いください」
天使は宮本勇輝に韜晦して微笑んだ。
これでこの章は終わりです。後2章ほどで完結の予定。あと、ストックが無くなったので不定期になります。




