幕間 音無沙耶とケーキバイキング 後編
「さて、行こっか」
茨木くんが女装してきて、それが私なんかが目じゃないくらい美少女だったりとしたけれど、私達の目的はケーキバイキングだ。
ここで、茨木くんの女装についてあれこれ言って時間を潰すよりも早くケーキバイキングに行くべきなのだ。
そう、早くケーキバイキングに行かなければならないのだ。
「へい、彼女達! 俺たちと一緒にお茶しない?」
なのに、突然二人の男が立ち塞がり声をかけてきた。
なんてベタなセリフなのだろうか。
「ごめんなさい。先を急ぐので」
そう言って茨木くんが歩き出そうとするが、
「まあ、まあ、そう言わずに。ちょっとだけでいいからお兄さん達に付き合ってよ」
やはり、男達は立ち塞がる。
「いやぁ、こんな可愛い子達初めて見たよ。ぜひ僕たちと……って何この子スゲェ美人!?」
と、そこで彼らは初めて茨木くんの顔をまともに見たのか目を見開いた。
まあね。
朱理もかなり可愛いけど、茨木くんの顔はいろいろとおかしい。
某邪神が出てくるTRPGのステータスだと確実にAPPは18だと思う。
そんな茨木くんは女装してもAPPは18だ。
彼らだってこんな美人は見た事ないだろう。
そして、声も綺麗だ。
男の人の癖に完全女声だ。
もう何なのこの人。
女の私から見ても美少女すぎるし、正直羨ましい。
「行こっか」
そして、茨木くんは絶句して見惚れている二人を気にせずに再び歩き出そうとした。
「ああ! 待って待って。ほんのちょっと!! ほんのちょっとでいいから一緒に行こうよ!! お兄さん達が奢るよ」
しかし、茨木くんに見惚れていた二人は、こんな超絶美少女を逃すまいと必死に追いすがる。
「……もうすぐ電車くるからどいて」
「そう言わずに!! ちょっと、ちょっとだけだから!! そんなに時間は取らさないから!!」
必死に追いすがる二人だが私から見れば滑稽でしかない。
この超絶美少女は男なのだ。
彼らは男を必死にナンパしているのだ。
そう思うと滑稽でしかない。
さすがにウザいけれど。
そして、何度断っても追いすがる男達に茨木くんがついにキレた。
「だまれゴキブリ。邪魔だよ。自分の顔も知らないの? 一度鏡で見た方がいいよ。それと、そんなにナンパしたいなら整形してからにしなよ」
そして、笑顔でそう言った。
茨木くんの……今の茨木くんからは想像も出来ないほどの罵詈雑言。
男達は一瞬何を言っているのか理解出来なかったのかキョトンと間抜けな顔をした。
「あれ、理解出来なかった? 顔だけじゃなくて頭も悪いね」
そこまで言ったところで男達はようやく言葉を理解したのかみるみると顔を赤くしていった。
そして、二人同時に何かを言おうと口を開いた瞬間、
ーーパァァン!!
と茨木くんは手のひらを叩いた。
「よし、早く行こう。本当に電車来ちゃう」
そう言って茨木くんは歩き出す。
先ほどから何度も茨木くんに追いすがっていた男達は何の反応も示さずにその場で立ち尽くしている。
口を開いまま何の反応も示さずに、一切動かずに。
それは、先ほどの状況から見てあまりにも不自然な光景であった。
「何をしたの?」
「ちょっと挑発して意識の波長を高めさせてからそれに合わせて音を撃ち込んだだけだよ。それやると一時的に神経が麻痺して動かなくなるんだよ」
何その漫画の暗殺者的な技は!?
それを平然とやってのける茨木くんはやっぱりおかしい。
本当に人間なんだろうか?
茨木姓だし茨木童子の末裔とか生まれ変わりとかじゃないのだろうか。
人じゃなくて鬼とか。
……まあ、それは無いわね。
角とか無いし。
ー▽ー
「すっごい行列」
朱理が言った通りお店にやってきて私達に待ち受けていたのはものすごい行列であった。
「開店してからそんなに経っていないけど、かなり有名なパティシエが働いているからね。行列くらいできるよ」
「行列くらいできるって、今から並んだら夜になっちゃうわよ」
行列具合からして二時間くらい待たなければいけなさそう。
「大丈夫だよ。これ、優待チケットだから。優先して入らせてくれるよ」
流石は茨木くん。
並んでいる人たちには悪いけれど、並ばなくて済むに越したことはない。
茨木くんが入り口で店員さんにチケットを渡すと、すぐに店内に案内された。
並んでいる人たちの視線がちょっとアレだけど、この先に待っている桃源郷を思えば。
「お時間は60分となっております。お残しされた場合は追加料金が発生するのでご注意ください。それでは」
よし!
食べるわよ!!
何を食べようかな。
あぁ、ショートケーキからにしようかなチーズケーキにしようかな。
パンケーキもいいわね。
あ、これもいいわね。
「沙耶、一度に取り過ぎるのはよくないよ」
「へーきへーき。あ、モンブランよ!! これも食べなくちゃ」
そして、目先のケーキの山についつい目移りしてしまい、たくさんのケーキを皿に乗せてしまった。
気づいた時にはもう遅かった。
ま、まあ、食べきれるわよ。
「遅かったね」
テーブルに戻ると、すでに茨木くんが食べ始めていた。
そしてそこには、大量のケーキが存在していた。
私が取った倍以上あるんじゃないかしら。
「これ……全部食べるの?」
「当たり前じゃない。お残しは厳禁だよ」
話は終わりだといった風に茨木くんは次から次へとケーキを口に運ぶ。
その姿は上品で優美だ。
それでいてとても美味しそうに食べている。
絵として残せば素晴らしい芸術作品になりそうな光景だ。
茨木くんは食べ方もキレイだからすごいと思う。
でも、もっとすごいのは食べる量とスピードだ。
その体のどこにそんなに入るのかと言うほど食べる。
よくよく考えればお弁当は何段もの重箱だったわね。
と、そんな事よりケーキね。
ちょっと取りすぎたけれど、これくらい何とでもなるわ。
茨木くんの量に比べたらほんの少しじゃないの。
大事なのはケーキの味を堪能する事。
他は気にせずに美味しく食べるのよ。
……。
…………。
………………。
……………………うぷ。
完全に取りすぎた。
誰よこのくらい食べられると言ったのは。
私よ。
美味しい。
確かに美味しい。
最初の一口はまさに蕩けるような思いだった。
本当に美味しかった。
今も美味しいには美味しい。
けど、辛い。
完全に失敗した。
何回かに分けて取ればよかった。
何でこんな子供みたい真似をしてしまったのか。
ちくしょう。
「朱理、一個食べない?」
苦肉の策として朱理に一個ケーキを進めるが、
「ごめんね。私もちょっと」
と遠慮がちに断られる。
くそっ、だったら茨木くんに!!
そう思ってチラリと茨木くんを見ると、ちょうどその時、パティシエさんらしき人が茨木くんの元にやって来た。
青い顔をして。
「すみませんお客様。どうか、どうかこれ以上は勘弁してください!!」
そう言って頭を下げる。
どゆこと?
と一瞬訝しむも答えはすぐそこにあった。
テーブルの端に高々と積まれた皿。
店内を見回せば、大量にあったにもかかわらず、残り少ないケーキ。
まさか。
全部茨木くんが食べたの?
私がケーキに悪戦苦闘している間に?
ええ、いやでも、ええ。
「むー。ちょっと調子に乗りすぎたかな」
やれやれという風にため息を吐く茨木くん。
まじですか。
大量に食べる人だと思っていたけれどここまでですか。
また漫画みたいな事をして。
やっぱり人間じゃないんじゃないかしら。
「朱理、何で止めてあげなかったの?」
私と違って朱理は余裕があったはずだ。
さすがにこれは店の人な哀れである。
朱理はそこらへんの気がきく人のはずだ。
「いや、ちょっと。鈴くんがあまりに美味しそうに食べるから……」
ああ、この子茨木くんの事になるとポンコツになる事があるんだった。
「ごめんね。かなり美味しかったからついつい食べ過ぎてしまったよ」
「ははは。それはパティシエ冥利につきます」
そうパティシエさんは言っているが、その笑いはかなり乾いている。
「仕方ない。まだ材料はあるの?」
「え、ええ」
「手伝ってあげるよ」
それは、茨木くんの善意からか罪悪感からくるものなのかわからないけれど、仮にもお客さんからそんな事を言われたらパティシエさんも困ってしまうだろう。
というか、頭のおかしい人だ。
「それは、大変ありがたいのですが」
現にパティシエさんは困っている。
むしろ、ここまでやんわりと断ろうとしているパティシエさんはいい人なのだろう。
「茨木鈴」
「え?」
そして、茨木くんは唐突に自分の名前を言う。
キョトンとするパティシエさん。
「私は茨木鈴だよ。久しぶりだね横井さん」
「え……ええ!? 本当に茨木さんですか!?」
パティシエさんは彼が茨木鈴だと知るとたいそう驚いた。
知り合いなのだろう。
知り合いが女装して自分の店に来ていたらそりゃ驚く。
「お二人はお知り合いなのですか?」
「まあ。一度にお会いしただけで私が一方的に知っているだけでしたが。しかし、茨木さんに私のケーキを食べていただけるとは。嬉しい限りです」
朱理の問いに対して、パティシエさんは先ほどと一転して興奮したように言う。
「そ、それで、いかがでしたか?」
そして、まるで試験の合格結果を知るかのようにとても緊張したかのような顔で茨木くんに尋ねた。
「とても美味しかったよ。ご馳走様」
「ありがとうございます!!」
その言葉を聞いた瞬間、パティシエさんはパァと表情を明らめて頭を下げた。
この一連のやりとりを見る限り、パティシエさんにとって茨木くんはとても大きな存在なのだろうと分かる。
すごいなぁ。
私と同い年なのに。
「それで、手伝おうか?」
「よ、よろしいのですか?」
「まあ、食い過ぎてしまったからな。このくらいはするよ」
「ありがとうございます!!」
そして、茨木くんは席を立つ。
「そういう事でここで手伝う事にしたからちょっと抜けるよ。先に帰っていて」
そう言って、茨木くんはパティシエさんと奥に向かおうするが、
「ちょっと待って!!」
私はそれを引き止める。
「どうした?」
「あのね」
私は目を背けながらスッとケーキの乗ったお皿を茨木くんに差し出す。
「……」
「……」
「五分ほどでそっちに行くから先に行って」
「……はい」
何とも微妙な空気になりながらも茨木くんはお皿を受け取って席に着いてくれた。
「沙耶……」
朱理は呆れたような視線を私に向けてくる。
やめて、そんな目で見ないで!!
本当はバレンタインネタをやりたかったんですけどね。
上手いこと書けなかったんで諦めました。
第七章は今の所章ボスあたりまで書けています。
まあ、戦闘シーンが上手いこと書けずに手こずっているんだけど。
それでも決着だけは既に構想は練れているので近いうちに公開出来るかと。




