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第一章 砂塵の都 第五話 酒宴 〜シュウの散々な夜〜 後編

――砂上都市遺跡ケクルは今から二十五年程前にライナ・カラザンが率いるトガレマ調査隊と呼ばれるガネスト神国直属の研究機関のチームによって発見された比較的、新しい遺跡である。

トガレマ調査隊とはトガレマ大砂漠の正確な地図や動植物の生態系、生息モンスターの分布などを調べる事。

また大砂漠の中に人が拠点の置ける場所が存在するかや砂漠の遥か向こう側に雲を突破るかの様に聳え立つ、誰も踏みいった事の無い土神ガネスト降臨の地とされるメイビール山への安全なルートを探る事を使命に結成された組織だ。

しかしながら、ガネスト神国の建国と同時期に結成された古い組織である彼等でも、ネファリウス最大の大きさを誇るレアネ大陸の五分の一を占める大砂漠の調査状況は芳しくなく、今現在でもトガレマ大砂漠の全容はようとして知れないままだが…。


ある日、年に数回行われる長期の現地調査を終えたライナはパナタスへと戻る道中で奇妙な事に気付く。

【砂竜の咆哮】と呼ばれ、全てを砂の底へと沈めんと吹き荒れる、古代から決して晴れる事の無い巨大な砂嵐が無くなっていたのだ。

普段なら数十Km先からでもその異様を確認出来るそれが忽然と姿を消している…。

不信に思った彼は砂翔船――砂の上を走る船――をその一画へと走らせた。


そして、そこで調査隊が見たものは……砂に覆われた広大な都市の跡だった。




「それがケクルなの?」


ある男にとって悲惨な結果に終わった夕食の後、兼ねてからの予定通りにオランが話始めたのはケクルが発見された経緯であった。


「そうだ。その後にライナの奴は急いでパナタスに戻り、王宮に報告して三日と経たん内にもう一回行ったんだが…」


そこで言葉を切るとオランは食後に頼んだコップに並々と注がれた麦酒に口をつける。


「もしかして…」


「あぁ、リティアの嬢ちゃんの思った通りだ。砂嵐が復活してた、と」


リティアはふーんと呟くと、オランと同じく、食後に頼んだ果物を甘く煮て冷やした物を先程の人間性を疑う様な食べ方とは違いゆっくりと一つ一つ噛み締める様に食べ始める。


「実際に調査隊が入ったのは砂嵐が消える周期がある程度分かった四年後だ。それと付随して、ギルドにも国経由でクエストが出されたんだがなぁ… あらかたの調査が終わった第八次以降、打ち切られてる」


「 ? じゃあ、今はどこがこのクエストを主催してるんですか?」


シュウは目から流れ出した水分を補給するようにテーブルに備え付けられた水差しからコップに水を注ぎながら質問する。

そして注いだ水を飲み干すと、起伏のない声で、あぁ、無料って素晴らしいな と言い、また同じ動作を繰り返す。


「……パナタスの冒険者ギルドだ。ここの確か二代前の支部長だったか、新米どもにちょうどいい遺跡クエストだって事で打切りの後もやるようになったらしいな」


そんなシュウの哀れな姿を何とも言えない顔で眺め、後で金貸してやっかなと思いながらオランは質問に答える。


「ねぇ、オランさんは何でこのクエスト参加してんの? ギルドが私みたいな新米組に用意してるクエストなのに…」


どこをとってもSランクの冒険者が参加する要因が考えられず、リティアは怪訝な表情しながら、オランを見つめる。

彼は彼女の視線を受け、もっともだと言いたげに苦笑すると、刈り込んだ赤毛の髪を軽く掻くと対面に座る二人を交互に見遣り、


「俺が色々、調べた結果なんだがよ…。あそこにあんな都市遺跡があるのはおかしいんだ」


と己の考えを口にした。その物言いにシュウ達は頭の上に疑問符を浮かべると、至極もっともな意見を彼へと返す。


「えっ だってあるじゃないですか」


シュウのその言葉にオランは少し長くなるぞ、と前置きをすると真剣な表情をし、話始める。


「俺があそこに初めて行ったのは五年前、知り合いの息子が冒険者になったからって、お守り頼まれちまってよ。 シュウは会った事あるだろ? レアスの奴だよ。レアス。今じゃ、あのちっこい嬢ちゃんに尻に敷かれてるさ」


初心者でもちょうど良さそうな場所だったから、そいつを連れて行ってみたんだとオランは話す。


「だがよぉ、入った瞬間、その不自然が目に付いてな。あれだけ激しい砂嵐の中にあったのに殆ど砂に埋もれてねぇんだぜ」


他にも、都市が造られた年代から更に古い様式の建物が随所に置かれているなどおかしな点が多かった。


「調査隊が言うには千七百年前からあるガネスト神国建国以前の都市の遺跡らしいがな。都市の要所に置かれた古い建物の方は更に千年溯る代物だった」


現地で自分の知識と照らし合わせて弾き出せれた解答を二人に告げる。


「でな、クエストを終えた俺はガネスト神国の王立図書館やギルド本部の書庫とかでトガレマ大砂漠にまつわる伝承とか古代の交易記録やら何やら調べたんだが……ねぇんだよ、どこにも」


「何がよ?」


「いいか? ガネスト神国が出来る遥か昔にあそこまでの規模を誇った都市だ。伝承か何かで、砂漠に存在する都の伝説が語り継がれてもおかしくねぇのに全くねぇんだぜ? パナタスの爺さん婆さんにも聞き込みしたんだがよぉ。答えは同じだった」


それに、とオランは言い募る。


「交易記録についてもそうなんだがよ。砂漠のど真ん中なんだぜ、ケクルは。交易によるライフラインが確立されてなきゃ、人なんざ住めるわきゃねぇのによぉ。俺が調べたレアネ大陸の古代の交易記録が書かれた古文書にはケクル何て場所一つも書かれてなかった」


オランは調査の時のデスクワークの苦労を思い出したのかやってられんねぇーとばかりに麦酒を一気飲みする。


「それは砂嵐に覆われ……って無理か、だったら都市なんか建てられるわけないし」


むーと唸りながら、考え込むリティアは何とか解を生みだそうと頭を悩ます。


「ケクルが存在する以上、その当時は【砂竜の咆哮】がなかった筈だ。って事はケクルが滅ぶ前後に発生したとも言えんだがよ。あそこにそんなもん発生出来る、たいそれた物はねぇし」


「常識で考えれば、存在しえない砂上の都と言うわけですか…」


一通りのオランの見解を聞いたシュウそう呟く。


「あぁ、もしかしたらあの辺は昔、砂漠じゃなかったとも思ったんだがよ。あそこはザス荒野から砂翔船で一日の距離だしなぁ。砂漠でなかったなら何かしらの記録は普通は残ってたりするんだが、ねぇしよぉ。あそこの連中、一体どうやって生活してたんだか…」


オランは話を締め括ると考え込む様に押し黙り、空になったコップを手持ちぶさたに弄ぶ。


「それがオランさんがケクルにこだわる理由ですか…」


「そうだ。面白そうだとは思わねぇか? ある筈のねぇ物がそこに在るんたぜ。謎を謎まま放って置くっつうのは俺の矜持に関わる。特に遺跡関係については、な」


シュウはオランの台詞に出会った当初、彼に向けた問い掛けを思い出す。


――どうして、オランさんは冒険者になったんですか?


(確か、伝説の文明ギルガ・アスと“大崩壊”の謎を解き明かす為だったか…)


ネファリウスに点在する遺跡の中には作られた年代が全く不明の物が数多存在する。遺跡内部に施された魔法技術、錬工学は今の技術力では再現不可能、解析さえもままならない機構を幾つも備え持つ遺跡。

それは神代に栄えたとされる神都ギルガ・アスの遺物とされている。

ネファリウスの創世神話にはこうある。


―世界に降り立った全能神ネファリウスの子ら、六大聖霊神、光神ミリウス 闇神ロプトラ 火神クルウァンス 水神エルガ 土神ガネスト 風神シュレーゼ の六柱は混沌より生まれし世界に己たちしかいない事を嘆くと、かの神達は世界の中心へと集まると交わり一つになった。

そして、人間、動物、植物、精霊を産み落とす。

精霊達は形定まらぬ世界を今の姿へと整えた。

植物は大地を緑に染め上げ、動物達はその野を駆けた。

始まりの人間達は世界中に都を建てた。

神の加護を受けし光輝の都。その名をギルガ・アスと云う―


しかし、栄華を極めた神の都は何処かへと消え去る事になる。大崩壊と呼ばれるものが原因となって…。

宗教家は全能神ネファリウスの怒りを買い、天罰により滅ぼされたとし、歴史家達は高度に進んだ魔法、錬工学の兵器による戦争があったのだ言う。

現在でも何があったのか詳しい事は分かっていない。ただ伝説ではその時、一度世界は滅んだとされている。


(“一生を掛けるには十分過ぎるだろ?” か…)


少年の様に目を輝かせ、自分の終生の目標を語ったオランを思い出しながら、シュウは己の思考へ埋没してゆく、



(仮に“探し物”…。帰る方法が見つかり、帰ったとして俺はオランさんの様に…)


生きられるのだろうか、と。

ネファリウスでの日常は確かに死と隣合わせの危険なものだったがあちら側とは考えられない程、充実したものであった。確かに、いきなりこちらに飛ばされた不条理さに混乱もしたし、新たに言葉や文字を覚えるのにもかなり苦労した。

だが…、ネーリアやオラン、リティア…は色々と微妙だから保留するとして、シュウがこの“世界”に来て六年余り、自分に関わって来た者達は誰もが日々を精一杯生きようと、信念を持ち光輝いていた。

あちら側で怠情な毎日を送り、自分の意思の行き先すら定まらなかった己が惨めに思えるほどに…。

彼等と親交を交わす事でシュウは変わったと思う。そこに至るまでには良い事ばかりではなく、悪い事もあったが。


(この絆を捨てて、帰る…? それにネーリアをどうする気だ、また一人ぼっちに…)


まだ、ちゃんと出会う以前、声だけしか認識出来なかった時に聞いたネーリアの寂しげな歌声が脳裏をよぎる。


(だが、あっちに残してきたものもあるんだ)


両親や下の妹弟達、親友だったアイツ、こんな自分を好きだと言って慕ってくれた後輩、もうの自分の事などとうに忘れ、それぞれの道を歩んでいるだろう彼等…。


(それでも、俺はもう一度あいつらに…)


やり切れぬ感情が溢れ出し、彼の袂を離れ、顔に現れようとした瞬間――


「面白そうじゃない!」


と出し抜けに耳元に響いてきたリティアの大声にシュウはジレンマに陥り、暗い方向に沈んでいく思考を中断させられる。


「リティアの嬢ちゃんもそう思うか?」


「えぇ、如何にも冒険って感じじゃない! こういうのを求めてたのよ私は!」


ギラギラと輝く肉食獣染みた笑顔をし、拳を胸の前でギュッと握り締めながら叫ぶ彼女の姿にシュウは軽く笑みを作ると今までの憂いを払拭するかの様に努めて明るい、からかいを込めた声を上げる。


「はしゃぐのもいいが、少しは落ち着いたらどうだ?」


「これが、落ち着けるもんですか! 砂嵐の彼方に存在する、ある筈の無い砂漠の都…。まるで、物語の一節みたいじゃない。シュウの方こそ何そんな呑気な顔してんのよ」


「いや、これでも十分、興味惹かれてるんだが」


リティアは自分とは違い、反応の薄いシュウをキッと睨むと自分の興奮度合いを伝えるようとしているのか食卓をバンバンと両手で打ち鳴らす。

そして、噛み付かんばかりの勢いでシュウへずいっと身を乗り出し、如何に冒険というものが心踊らせるものかを説き始める。

彼は彼女の様子に苦笑すると、興奮して眠れない子供あやす様にリティアを元の位置へと戻そうとしたが…


フニィ…


と悲しくなる程のボリューム感の欠片も感じられない擬音が辺りに木霊し、シュウの顔がみるみる青褪めていく。

押しやる為にリティアの肩に添えようとした両手は、更に身を乗り出してきた彼女に対応出来ず、思いきっり狙いを外れ、少女のとても慎ましやかな胸にぴったりと宛てがわれいた。

そんなシュウの手をリティアは先程とは打って変わってキョトンした目で見つめ、首を傾げる。

どうやら突然の事態に思考が追いついていないようだ。

シュウの所業を見たオランは年相応の親父臭い笑みを浮かべ、


「やるなぁ、シュウ(まさに鷲掴み…って掴む程ねぇか、ありゃ)」


と楽しそうな声とは裏腹にリティアの一部分へとかなり辛口の評価を下す。勿論、それを顔に出すようなヘマはしない。


「どこ触ってんのよ! 変態がぁっ!」


「ぬぐぅっ!」


オランの声に再起動を果たしたリティアは褐色の肌の上からでも容易に見て取れる程、顔を赤らめ神速の貫手を彼の喉元に炸裂させる。


「死にさらせぇぇっ!」


そして、椅子をひっくり返しながら立ち上がると、喉元に一撃を喰らい苦しそうにテーブルに突っ伏すシュウの延髄目掛け、断頭台の刃を彷彿とさせる首ごと叩き切る様な鋭い踵落としを放つ。

…どうやら本気でシュウを殺すつもりらしい。

悶絶しながらも放たれたそれを横目で確認していたシュウは、慌てて右腕を振り上げ、リティアの足ごと掴みなんとか受け止める。


「ガハァッ ゴホッ く、はぁはぁ 俺を、殺、す気かリ、ティア」


余りの仕打ちにシュウは呼吸がままならないまま、息も絶え絶えの抗議を上げるが、


「当然じゃない、このスケベ! それに何時まで足触ってのよ! さっさと放せ!」


とリティアは全く聞き入れず、今にも暴れ出しそうだ。シュウは掴んでいた手を力無く解くと目元を伏せ、床へと視線を落す。

ザス荒野を抜けやっと辿り着いたパナタスの街…。

疲れた体を推して向かったギルドで起きた騒動とネーリアの暴走…。

未だに自分を無視し続ける相棒である黒い少女…。

本来、一日で最も心休まる夕食時に起きた残劇…。

加えて、今まさに現在進行中で俯いた視界の先から眼前に掬い上げるように迫り来るリティアの拳…。

今日一日を振り返り鬱屈した感情を募らせるシュウに地を這う蛇が飛び掛かる様なモーションから放たれた、全身のバネをフルに使った見事なリティアのアッパーカットが額へと突き刺さる。


(世界は…何時だって…俺に…優しく…ない…な)


額から後頭部を貫く鋭い衝撃に混濁した思考の中で、シュウは負の方向へとかなり駄目な悟りを開き、あっさりとその意識を手放した…。


* * * * *


……オオオオォォォッ!


(……ん、ん? 痛っ! そうか、俺はリティアの奴に)


どれくらい気絶していたのであろうか。

シュウは周囲から聞こえる歓声らしき、騒がしいどよめきに落ちていた意識を浮上させられる。

テーブルに俯せた体を起こそうとした彼は体中から発せられる危険信号に気付くと、原因と思われる人間に不平不満をぶちまける。


(あの跳ねっ返りが…。いくらなんでもここまでやるか普通…、俺じゃなかったら多分病院送りだぞ、これ)


最後に喰らった一撃が催す頭の鈍痛に加えて体を至る所から感じる痛みにシュウは顔をしかめた。

どうやらリティアはシュウが気絶した後も御丁寧に更に追撃を加えてくれたらしい。

ネーリアとの契約により常時、身体強化の魔法が掛かっているような身体能力を持つ彼の頑強さは普通の人間のそれを遥かに凌駕している。

その体を持ってしても身を起こそうとするだけで軋む様な痛みが各所から走るのだ。

如何にリティアの所業が度を外れいるものかが推して知れる。

アイツ、無意識の内に強化の精霊魔法使ってたんじゃないのか?、と思いながら何とか身を起こしたシュウは先程から聞こえる騒音の原因を確かめようと目を開いた。


「…………ハァ?」


シュウの目に飛び込んで来たのは何とも形容しがたい砂猫亭の異常な姿だった。

まず、目に付いたのは床に転がる、人、人、人…テーブルに身をもたれかけピクリとも動かない者も合わせれば店内の殆どの人間が倒れ、突っ伏している。

起きている客達もどうにもまともな状態には見えず、赤ら顔でフラフラしながら酒場の中央に置かれた十人以上が座れる大テーブルの前で、歓声を上げたり、怪しい踊りとしか表現出来ない妙な動きではしゃぎまわっていた。


「一体、何が…」


事情を知ろうと慌てて周囲を見回し、正気の者がいないか探すシュウだが、昼間に応対した男性店員や夕食の時に料理を運んで来たウェイトレスさえもカウンターに仲良く倒れこんでいる。

本来、一番冷静な筈の店の者でさえあんな状態ではと早々に見切りをつけたシュウはオランを探そうと席から立上がるが…


「シュ〜〜〜ウ♪」


「ぬおっ!」


そんな甘えた声とともに背後から軽い衝撃が掛かり、誰かがシュウの背中におぶさってきた。


「リティア! ちょうど…良か…た? なんだこの臭い…酒臭い?」


背中に飛び付いて来たリティアは彼の首に手を回し、シュウの腹の辺りに組むようにして足を絡め、がっちりとホールドすると、


「シュ〜〜ウ♪(ッハグ)」


もう一度彼の名を呼び、子猫が甘えるように顔を擦り寄せ、あまつさえゴロゴロと嬉しそうに喉を鳴らし首筋を甘噛みしてくる。

シュウはそんな彼女に恐れ慄き、ともすればまた意識を失いかねない精神状態の中で思った。


……お前、誰だ? と…


「っ! リティア、一体全体何があったんだ答えろ!」


「ふゃ? はのねぇ〜 こひょのまふゅた、がおりゃんさんのしゅりあうで〜 はにゃししてりゅうちに、もりあがっちぇっ、…」


「人語で喋れ!」


もう一杯一杯で色々と投げ出したくなりながら、最後の力を振り絞り質問したシュウに返ってきたのはリティアの意味不明な言葉の羅列だけ…。

シュウは自分に怒鳴られ、背中で泣きそうな声でムームー唸るリティアを鉄の意思で無視し、騒ぎの元凶とおぼしき大テーブルへと歩を進める。

テーブルの周りにいる連中を掻き分け、そこに座る者を見た時、シュウは比喩ではなく本当に目の前が真っ暗になった。

実際、一瞬の間意識を失っていたらしい。

気を持ち直したシュウが目にしたのは自らのパーティーのメンバーである赤髪の男がまさに熊の様なという形容詞がぴったりな大柄の男性と不気味な笑顔を向け合わせながらコップに並々注がれた酒を飲み交わしているというものであった。


「次はお前だぜぇ オラン。今日こそはテメェを沈めてやる」


「ハッ 寝言は寝てからほざけや、レジィ。現役引退した分際でよくもまぁ、そんな大口叩けたもんだなぁ?」


「ククク、そうは言っても中々辛そうじゃねぇかよ、ええ? ほら、カップを持つ手が震えてるぞ?」


「テメェの方こそ、そのでっけぇ図体が右に左にフラフラ傾いてんぞ? 正直、鬱陶しいからよぉ、そのままぶっ倒れてくんねぇか?」


一体どれ程の酒量をその身に収めたのであろうか。

彼らの周りには酒が入っていただろう大人の頭程ある小樽が幾つも散乱している。

更に恐ろしいのは小樽だけでは足りなかったのか、二人の隣には一抱え程の大樽が鎮座し、先程から両者はそこに直接手を突っ込み酒を汲み出している。


「ほにゃんさん、ひゃんばれ〜!」


呆然自失といった様子でその惨状を見つめるシュウの背中から呂律の回らない楽しそうな声が響き渡る。

それは皮きりにして周囲の者達から大合声が巻き起こった。


『オ・ラ・ン! オ・ラ・ン! オーラーン!!』


『マ・ス・ター! あ、そ〜れ! マ・ス・ター! ワァァァ!!』


彼らの声に二人の飲むペースが早まり、みるまに大樽から酒が消えていき、その度に客の歓声が更に白熱したものに変わっていく。

そんな周りの状況から完全に置き去りにされたシュウはもう勘弁してくれといった風に目元を押さえると、酒場の喧騒を無視し砂猫亭の入口の方へと足を向ける。

そして、酒場に併設された宿屋の受付の横にある扉を力任せに開け、自分の寝室に逃げ込もうと階段の手摺へと手を掛けたが…。


「う〜 ヒュウ! どひょいひゅの! おひゃんしゃんのおうひぇんしなくひゃ!」


「…さっきも言ったが何言ってるかさっぱり分からん、つーかもう何も分かりたくない」


先刻から背にしがみついたままのリティアが抗議めいた声を上げ、身を捩らすようにして暴れ出す。


「ううぅぅ〜!」


「……なぁ、リティア? いい加減にしてくれないか? 俺はもう疲れたんだよ」


いくら我慢強いシュウでも疲労が限界に近付いていた為か、苛立ちを押さえ切れないキレる一歩手前の様な怒りを押し殺した震える声を上げる。

その声を聞いたリティアはビクっと身を震わせると口を閉じ、押し黙った。

シュウはハァっと溜息を吐くと早足で階段を上り出した。


(確かコイツの部屋は三○一だったか)


部屋の前に辿り着いた彼は後ろでに振り向き、俯いたリティアに声を掛ける。


「リティア、鍵は?」


「……」


彼女は無言でジャケットの内側から鍵を取り出すとシュウに手渡す。

それを受け取ったシュウは手早く部屋の錠を外すと寝室に入り、ベッドの前へと歩き出した。


「ほら、着いたぞ。さっさと降りてくれ」


「……」


さっさと自室に向かい、休みたい彼はリティアを背からベッドに降りるように催促するが少女は一向に離れようとしない。


「おい、早くしてく「ごめんにゃはい…」ん?」


何かを呟いたリティアにシュウは訝しげな視線を向けるが彼女は既に首筋に顔を埋め眠りについていた。


(ごめんにゃはい? あぁ、ごめんなさいか)


首に巻かれたリティアの手をほどき、彼女をベッドに横たえながら先の彼女の言葉を思い返す。

シュウは何に対して謝ってんだと首を捻りながら、寝苦しくならないようにリティアの羽織っている純白のジャケットを脱がしてやる。そして改めて彼女を見つめる。

…リティアの顔は悲しそうに歪み、泣き出す寸前の子供のソレであった。

その顔を見たシュウは何が原因かは知らないがリティアがこんな顔しているのは自分の所為らしいと微妙に罪悪感が湧き、ベッドの脇にしゃがみ込むと彼女の深緑の髪を優しく撫でてやる。

しばらくの間、そうしているとリティアは嬉しそうに微笑み、シュウの手を取ると頬に擦りつけ穏やかな寝息をたて始めた。


(こうしていれば可愛いもんなんだがな)


リティアのそんな様子にシュウは柔らかい笑顔を浮かべるが普段の彼女のじゃじゃ馬ぶりを思い出したのか、厳しい表情になり頭を左右に振るとゆっくりと立ち上がり、部屋の外へ歩き出す。

廊下に出たシュウは静かにドアを閉め十歩程先にある自分の寝室へと歩みを進めると鍵を取り出した。

錠を外そうと鍵を鍵穴に差し込もうとした瞬間、その手が唐突に止まる。


「そういやネーリアが…」


今日一番の重要事を今更ながらに思い出したのかシュウは暗い表情になると、俺の睡眠時間…とボソリと呟き脱力する手の勢いで鍵を回す。


「今日は厄日だ…」


ドアを開けたシュウはそう一人ごちると重い足取りで部屋の中へと歩き出した…。


【完】

何とか六月中に書き上げる事が出来ました。上手くいけば少し短くなりそうですがもう一話、今月中に投稿出来るかも知れません。

…あくまで上手くいけばの話なので出来なくても許して下さい。


さて、本文に出ていた錬工学という用語ですがこちらの科学技術や錬金術? みたいなものと思ってといて下さい。

ネファリウスは魔法技術が主流なので錬工学は最近研究が始まったばかりというのが一応の設定です。

…この辺に関しては私の足りない脳味噌で色々と考えていく予定なので現実と照らし合わせた場合、矛盾が生じると思いますが此所は空想の世界が前提のものであるという事で一つご理解の程を…


次の話では欠番状態だったシュウの相棒中心の話になります。


それにしても地の文な文末表現って難しいですね。どうやったら自然な形に纏められるんだろうか…。

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