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ナイト・オブ・ヴァルプルギス  作者: 大間九郎
2/2

イクリプス

 会場の駐車場に車停めて、アナコンダマンをおこしてバックヤードに顔を出したらボス・白ブタ・ウォッカーマンに声をかけられる。


「昨日の試合最高だったぜヒロヒト! 今度のTVショウはお前とベックでガラガラヘビ、これで決まりだな!」


 と、醜く顎を揺すりながらガラガラ笑う。

 ベック、ガラガラヘビデスマッチ本決まりだぜ、往生しろや。


 ウォッカーマンがアナコンダマンにも「最高だぜお前!」と心にもないことをいい、肩をバシバシ叩きガラガラ笑いながら去っていった。楽屋のドアに今日のマッチメイクが貼り出されている。アナコンダマンは休憩前の第四試合でジョニーとシングルマッチ、ジョニーはそつなくこなすから大丈夫だろう。ところで俺の名前がない。マッチメーカーでもあるレフリーのスミスになんでか、ききに行くと、「いや、ベビーが誰もお前とやりたがらないんだよ」と申し訳なさそうに教えてくれる。おいおいこれは困る。一試合いくらの生活だ、これじゃガソリン代だけでも赤だ。急いでベビーの楽屋に行く。ドアを開けるとベビーのドン、リッキー・ドラハンがベンチに座って談笑していた。


「ミスタードラハン、マッチメイク表に俺の名前がない」


 ドラハンは俺をチラッと見てタメ息をつく。


「だからどうした、そんなこと俺は知らねーよ」


「ベビーが全員俺と試合をしたがってないときいた」


 ドラハンはオーバーに首を振り、もう一度大きくため息をつく。


「ヒロヒト、昨日の試合ありゃなんだ? お前勝手にTVショウのタイトルマッチに割り込んでるんじゃねーよ」


「は? ジョニーと話してベック〆ただけだぜ? あんたらだってベックには困ってただろ? なんで俺だけ締め出されるんだよ? おかしいだろ」


「おいヒロヒト、お前ポリスマンにでもなったつもりか? なにかってにベビーの人間〆てんだよ、調子にのるなよ」


「おいおいおいミスタードラハン、今までだってこんなことあったろ、なんで今回だけダメで、俺だけ締め出されるんだよ理由をいえよ」


 ドラハンは俺を睨みつけて何もいわない。俺は痺れを切らせて詰め寄ろうとすると楽屋のドアが空きジョニーが入ってきて俺の肩を掴み外に連れ出す。


「ジョニーなんだよこれ! お前がベック〆るの提案したんだろうが! なんで俺だけ干されてるんだよ!」


「おちつけよヒロヒト、おちつけ」


「ああん!? おちついてられるかよ! 今日ギャラなしだぜ! 明日だって明後日だって試合組まれるかどうかわからないだぜ!? ふざけるなよ!」


「試合は数日のうちに組んでもらえるように俺からドラハンさんにいっとくから、おちつけよ」


「ふざけるなよ! もともとお前から出た話じゃねーかよ!」


「タイミングが悪かったんだよ」


「ああ? タイミング?」


「ドラハンさん今度のTVショウでベックからベルト回してもらう約束してたんだ」


「ああん? なんでだよ、ドラハンもう歳だろ、腹だって樽みたいだろ、TVチャンプは見栄えのいいTVウケする奴が巻くベルトだろ? あいつに回してなんの得があるんだよ!?」


「ドラハンさんだってTVショウ出てもう一花咲かせたいんだろ?」


「ふざけるなよ! 樽みたいな腹したジジイと下手くそベックのタイトルマッチなんて誰が見るんだよ! TVの前の視聴者はチャンピオン対ジ○ップのガラガラヘビデスマッチのほうが見たいに決まってるだろうが!」


「そりゃそうだけどよヒロヒト、ベックとドラハンさんとメキシカンのエル・サンタナの三人でベルト回すって前から決めてたらしいぜ。ここは我慢しろよ、俺からドラハンさんにはいっておくからよ。TVショウは俺がガラガラヘビにつきあうからよ」


 ジョニーが俺の肩をポンポンと叩く。


 ふ・ざ・け・る・な!


 もう一度ベビーの楽屋にいこうとする俺をジョニーととおりかかったメキシカンのマスクマンが止める。


「我慢しろ! 我慢しろ俺がなんとかするから!」

「あsdfghjkl;:!!!」


 ジョニーが必死で止めてくる、メキシカンが興奮しすぎて母国語出ちゃって何いってるか分からなくなりながらも止めてくる。二人を引きずりながら前に進むとマッチメイカーのレフリースミスもやってきて俺の胴に絡まりながら「明日は絶対試合組むから!」と必死になって止めてくる。もうバカバカしくなって、三人振り解いてヒールの楽屋に戻る。缶ビール飲んで、アナコンダマンとジョニーの泥仕合ショーを見て、アナコンダマンと車に乗り込み次の町に向かう。

 

 次の町でも楽屋の扉に貼ってあるマッチメーク表には俺の名前がなかった。


 ふ・ざ・け・る・な!


 しかたがないから第六試合に出るベックの入場を襲う。カントリーミュージックが流れる中入場してくるベックの腰にはTVチャンピオンのベルト、意気揚々と小走りでリングに向かうベックに後ろから小走りで近づきケツを蹴り上げる。振り向くベック、すかさず顔面に頭突き、鼻血を出しうずくまるベック、腰からベルトをかっぱぎ自分の腰に巻いてリングの上にあがり「TVチャンピオン! TVチャンピオン!」と叫びまくる。よく分かってない観客がそれでも興奮してブーイングと歓声を上げ盛り上がる。ベックの対戦相手だった黒人ヒールのレグGがボーっと俺を見てる。ベックが半泣きでバックヤードに帰りそうになってるのを楽屋から出てきたほかのベビーたちが止めてなんとかリングに戻そうと必死で説得してる。会場の端でショウを見ていた白ブタ・ウォッカーマンがガラガラ笑っている。レフリーでマッチメイカーのスミスが近づいてきて小声で「やり過ぎだ!」と俺を責めるが、やり過ぎなのはドラハンたちなので別に気にしない。白ブタ・ウォッカーマンがベックを囲んでるベビーたちに近づきドラハンに声をかけてる、モノすごく嫌そうな顔をするドラハン、白ブタがガラガラと笑う、ベビーの一人トム・マイケルがTシャツを脱ぎベックを引きずるようにリングに上がってくる。トムがスミスに小声で話しかけ、スミスが白ブタにアイコンタクトで確認を取り、白ブタが笑顔で頷く。その横でドラハンが俺を睨みつけている。


「タッグマッチだ」


 スミスの一言でレグGが俺の横に並び俺のケツを軽く叩く。


「先まかせた」


 コーナーに下がっていく。


 ゴングが鳴る。


 俺とトム・マイケルがリングの上で向かい合う。


 トムはレスリングでアイダホ州ジュニアハイスクールチャンピオンという微妙な経歴を持つ微妙なレスラーだ。

 ロックアップから始めようと両手を前に突き出すと微妙な速度でトムがタックルをしてくる。なるほどそういうことね、トムの手首を掴みマットに押しやる。驚くトム、無視して上からガブる。シュート仕掛ける相手を間違えたなトム、顎の下に腕を通しゴロンとひっくり返す、そこから縦四方、崩してパンケーキ、胸でトムの口を塞いで揺する。苦しくてジタバタ暴れるトム。いったん放しスタンドからの再開、馬鹿の一つ覚えでまたタックルにくるトム、受けるふりしてフロントネックロック、「ぶふっ」トムがラッパを吹く。首に絡みついている腕を解きトムを立たせ赤コーナーに向けハンマースルー、怯えてるベックを睨みつける。


「カマーンTVチャンピオン!」


 俺が手招きすると会場が爆発する。

 もうここまでくるとベビーもヒールもない。日本人もアメリカ人もない。ただ熱狂させてくれるシャーマンを求め崇める観客たち。


 俺はヘックス、裸のヘックス。


 ここはサバト、熱狂と狂乱のナイト・オブ・ヴァルプルギス。


 より観客のトランスを誘うように、両手を広げ舌を出し、ベックを威嚇し、マットの上で飛び跳ねる。


 さらに渦巻く熱狂。


 シブるベックに観客からゴミが投げつけられる、トムもベックにロープを跨ぐよう急かす、シブシブ出てくるベック、ゆっくりと俺に近づいてきて両手を上げロックアップを要求する。


だ・れ・が・す・る・か・バカが! 


 思いっきりストマックをつま先で蹴り上げる。

 腹押さえて蹲るベック、上からガブり、顎と脇の下を両差しにして変則的な肩固めで頸動脈を締め付ける。

 最初はジタバタ暴れ、そのうち脳に血液がいかなくなって動きが緩慢になり、失神してピクリとも動かなくなる。

 観客の熱狂が、俺の両手で収束していくのが分かる。

 ベックの意識が消失していくのと共に、会場が凍りついていくのが分かる。


 全く動かなくなったベックから腕を解き、ゆっくりと立ちあがる。

 

 静まり返った客席をぐるりと見渡し、ゆっくりと、神に勝利を捧げるように、ゆっくりと両腕を天に突き立てる。

 

 その瞬間、観客席が爆発する。地鳴りのような歓声、今日一番の絶叫と熱狂、俺はシャーマンとして最高のトランスを作りだし、その中心にいる。


 なりやまない歓声、俺はずっと両腕を突き上げながらそれに答え続けた。




 白ブタ・ウォッカーマンのオフィスに呼ばれて顔を出すと笑顔で白ブタが葉巻を進めてくる。それをことわりソファーに座るとウォッカーマンに解雇を言いわたされる。

 まぁそうだわな、最大派閥のドラハンたちにケンカ売って、試合乱入して、シュートしたわけだ。こんなアンコントロールなレスラーを雇っておけるわけがない。ウォッカーマンだって俺をベビーたちから庇うとそっぽ向かれて興業が組めなくなる、そんな愚を犯すはずがない。解雇は順当なけっかだわな。

 ウォッカーマンが笑顔を浮かべながら、


「ガラガラヘビを三十匹もそろえたんだぜ、それがぜんぶパァだ」


 と、ガラガラ笑う。


「ヒロヒトこの先どうするの? よそのプロモーター紹介できるぜ」


 葉巻に火を付けながら、ウォッカーマンが俺に向かい体を乗り出す。


 俺は背筋を伸ばし、顎を引き、ウォッカーマンの目を見て、


「帰ります」


 と、告げる。


「国に? 日本に?」


「はい、日本に帰ります」


「レスラーやめるの? お前才能あるぜ」


「やめます。けじめでしょう」


 ウォッカーマンがニヤリと笑い、俺もニヤリと笑う。



 握手をして、オフィスから出る。

 車に乗り込み、カセットを差し込む。

 ワーグナー、ワルキューレの騎行。

 車を走らせ、砂漠の中の国道をいく。


 リングの上で得た狂乱を思い出すと、体が熱くなる。


 でもお祭りは終わりだ。熱狂も、狂乱も、歓声も、罵声も、タクトを振るうようにコントロールしたトランスも、バンザイアタックも、パールハーバーダイブも、ヒロヒトも、裸のシャーマンも、ヘックスも、今日で終わりだ。

 悪魔と踊る大サバトが終了を告げる。非日常の空間が割れ日常が流れ込んでくる。

 

 俺の体につまらない日常が、纏わりついてくる。

 俺のヴァルプルギスナイトが、ゆっくりと明けていく。

 

 人生は最低で、くだらないことばかりだ。



                                END


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