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追いかけっこ  作者: 水花
6/8

第五話

「お疲れ様ですね、シュリさま」

「……」

 アリスの主は力なくソファに腰掛け、項垂れている。

 返事の声はなかったが、そのかわりにがくりと首が縦に振られた。

 主はなんの巡り合わせか、偶然の悪戯か、他国の王子の案内をする羽目になっている。

 即位式典の際、従者の格好をしていたところ、出くわした相手らしい。

 何でも妙なひとで、初めて会った主をいきなり自分の従者になってはどうかと勧誘してきたのだとか。

 咄嗟に、仕えている主がいると答え、その後運よくカイト様がその相手を探しにきていたため、その場は逃れられたのだとか。

 こんなことなら、初めから式典に“陛下の兄として”出席していればよかったのにと思うし、なにより他国の王子に対してだって、“陛下の兄”だと言えばよかったのにと思う。

 公に姿を見せない“兄”が居ることじたいは知られているのだし、自身の立場を明かしてしまってもよいだろうにと思うのだ。

 アリスには、何故主がそうまで己を隠したがるのか理解出来ない。


 隠したがるというよりも、むしろ。


 もちろん、アリスは主の望みを妨げるつもりはなかったが、疑問に思うのは止められなかった。

 主はソファに腰かけたまま、身じろぎもしない。

 よほどお疲れなのねと、アリスは主のお気に入りのお茶をいれることにした。

 少しでも気分が明るくなればいいと思って。

 お茶と一緒に焼き菓子を出せば、主は少し頬を緩めてアリスに礼を言う。 そしてお茶を美味しそうに飲み、お菓子をつまみ上げて、ふと首を傾げていた。

「あれ、これって……この前アレクのとこで見たような気が……」

「兄上が気にいられたようだからと、陛下の侍従の方が持って来られましたわ。あら、シュリさまどうされました?召しあがられないんですか?」

「……いやなんかね、確かに美味しかったしね、貰うのは嬉しいんだけど……アレクって無駄な所に気を回してるよね?そう思わない?わたしにじゃなくて、年若いお譲さんとかに気を遣えってえの」

「無駄と言いますかねえ……まあいいじゃありませんか、くれると言うものは貰っておけば。ほら、お茶が冷めてしまいますよ」

 ううんと眉間に皺をよせながら、アリスの主はもそもそと菓子を口に運んでいる。

 しかめっ面をしていても美味しいものを食べるとすぐに柔らかく解け、ほのかな笑みが浮かんでいた。

 無駄な気を回しているというか。

 アリスは内心思っていた。

 あれは“気をつかう”なんて可愛いものじゃなくて、もっと粘着質で執念深いものを感じるんですけど。

 ただそれを主に言っても、否定されることが目に見えていたので賢明にもアリスは口を噤んでいた。

 なにより、主の弟の耳に入ったときが恐ろしいからだ。

 どのみち、もう少しすれば自分たちはここを離れる。そうなれば、主は二度と自分の弟妹たちに関わるつもりはないのだろう。だから敢えていう必要もないと思ったのだが。

 アリスは未だ納得できない。主は何故あまりに自分の身を顧みないのだろうかと。

 そして何故、それを当然と思っているのだろうかと。

 そうして。何故、自分をまるで“消して”しまおうとするのだろうかと。


 アリスの主は、王の長子でありながら、生まれてからずっと離宮で過ごしていた。それは主の母上が望んだことであり、先代の王はそれを叶えた。

 そんな主が王宮へと迎えられたのは、主が成人した後のこと。

 すでに王族の籍から離れ、臣下に下ってからのことだった。

 その時、世継ぎの王子たる王太子はまだ幼く、他国との間に争いもあり、国内も政情が不安定に揺れていた。先代の王は、臣下に下っているとはいえ、王の長子を担ぎ出す人間がいるかもしれないことを危惧したのだろう。 幼い王子たちや姫の遊び相手という名目で、主を王宮に呼び寄せたのだ。

 

 そういう事なら、仕方ないよね。わたしが火種になるわけにはいかないしね。

 

 主はそう言って、あっさりと先王の……父親の言葉に従い、王宮へとやって来た。アリスとアレスも主に従いここへとやって来た。その時はまさかこんなに長くここへ留まることになるとは、思いもしなかった。

 状況が落ち着けば、また領地の方へ戻るのだろうと。

 しかし体調のすぐれなかった王妃が亡くなり、先王も病に倒れ……そんな状況で主が弟妹たちを放り出して領地へ帰れるはずもなく。気がつくと八年が過ぎていた。

 王太子の即位が決まり、国内の状況も悪くはない。対外的にも特段大きな問題はないらしい。

 主が明日の天気でも話すように、“じゃあそろそろ戻ろうか”と言いだしたのはそんな時だった。

“エルミナの婚約も決まったし、もう心配はないよね”

 アリスにも、そしてアレスにも否やはない。主の望みを止めるつもりはない。

 ただ、思ってしまうのは止められない。本当にそれでいいのですかと。


「……あ~、明日も案内しなきゃいけないのかなあ……」

 主は力なく呟いている。明日は陛下から許可証を受け取れる日だ。ただ陛下も何かと忙しいので、あまり早い時間は無理だと言われていた。

「あんまりお疲れになるのでしたら、適当な理由をつけて断ればいいのでは?それこそカイト様にお願いすればいいでしょうに」

「ええ、やだよう。絶対怖い目で怒られるから。すんごい怖いんだよ。なんでか、カイトもアレクも、怒り方は似てるんだよねえ。普段の性格は違うのにさ……やなとこ似なくてもいいのに」

「それなら、アベラール殿下におつきあいするしかないですね。まあいいじゃありませんか、ここで楽しい思い出が出来たと思えば」

「う~……他人事だと思って……」

「他人事ですからね。あら、でもアベラール殿下って確か……。どうかお気をつけ下さいまし。いえもちろん合意の上なら何も申し上げませんけれど」

「面白がってるでしょ……まあいいよ、殿下の事も元気な大型犬だと思えば可愛いもんだし。ただちょっと元気がよすぎて疲れるけどね」

「さようですか。確か殿下は、陛下のご友人でもありましたね。殿下が気付いてないといいのですが」

「アリス、それ考えないようにしてたんだよっ、思い出させたね……」

「あら失礼致しました。けれど、陛下と殿下がご友人というのが、何やら不思議な気が致しますね」

 そうだねと主は呟き、少し笑った。



 アリスにはわからない。

 主の望みがかなってしまえば、主は何もかも失くしてしまう。

 それなのに何故笑っていられるのか……わからないのだった。



                             



              




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