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追いかけっこ  作者: 水花
3/8

第二話

時間的には第一話より前になります。

「はあい殿下。今お暇かしら?」


 背後から聞こえてきた声に、アレクシオスが思わずため息をついてから後ろを振り向くと、そこには魔術師である事を示す衣装を纏った、年齢不詳の女がひらひらと手を振っていた。


「……魔術師どの、私になにか用ですか」

「あらやだつれないこと。そんな怖いお顔じゃ、お嬢さんがたも寄ってこないわよう?正妃さま譲りの、折角綺麗なカオなのに」

 ふふふと身をくねらせながら笑う赤毛の魔術師を眺め下ろし、アレクシオスは無言で背を向けて歩き出す。

くだらない話に付き合っている時間はないし、自分はどうにもこの魔術師が苦手だった。

 時に含みのある言い方をするし、こちらに向ける視線が厳しいこともあったからだ。

 それでも、この魔術師が王宮において大事な存在であることは重々承知していたから……それなりに敬意をもって接してきたつもり、だった。

 ただ、気ぜわしくしている時に、悪ふざけに付き合う気はない。まったく、猫の手も借りたいくらい忙しいのだ。


 すると魔術師は、あらあ、と歌うように言った。


「あらあ、あなたのお兄さんの事で、ちょっと話があったのにい。ま、聞く気がないならいいわ」

 忙しいところお邪魔してごめんなさいねえと魔術師が言い終わる前に、アレクシオスは足を止め後ろを振り返り、そして魔術師の目の前に立っていた。

「話は最後まで聞くものよ、殿下。ま、聞き逃してくれても、よかったけれど?」

 にい、と紅い唇を歪め、焦げ茶の目を細める魔術師。こういうところが、苦手なんだと眉間に皺がよる。

「……兄上がどうかしたんですか」

 それでも努めて平静を装い、笑いまじりの声を遮り、尋ねる。

 あらあと魔術師は肩を竦めるが、勿論気になどしなかった。それより兄の事だ。

 

 兄は王の……父の長子でありながら、成人すると同時に臣下に下っていた。アレクシオスや弟、妹は正妃である母の子であるが、兄を生んだ人は父の側室で身分が低かった事が理由であるらしい。年も、十も違う事もあり、また兄は遠く離れた離宮で暮らしていたため、アレクシオスは長く兄の顔を知らなかった。

 兄、というひとが居るのは知っていた。

 自分や弟、妹の誕生日には、必ず贈り物をしてくれていたからだ。

 初めて兄に会ったのは、アレクシオスが十、兄が二十の時だったか。

 それからもう八年がたったのかと……あっと言う間に過ぎた日々を振り返り……いや今はそれどころではないと頭を振る。

 兄は生まれつき体があまり強くない。それなのに少し目を離した隙にふらふらとどこかへ出かけては、しばらく帰って来ない。何度か外出を控えるように言ったものの、あまり効果はなかった。窮屈な思いをさせているという負い目がこちらにあるせいで、強くも言えなかったせいもある。

 どこか悪くしたのかと心配になって尋ねたのに、魔術師はまあ落ち着きなさいなと手を振った。

 その仕草はこちらをからかうような色も見え、面白くなくて知らず眉をひそめた。

「いやあね、怖いお顔。まあそのお顔に免じてちゃんと話してあげるわ。まず、お兄さんの体調はいつもと変わらないわよ。可もなく不可もなくってところ」

「……それなら、わざわざ私を引きとめて何を話したいと言うのですか」

 わけが分からなくて、ますます顔をしかめる自分を気にした様子もなく、 魔術師はじっとこちらを見据え、赤い唇を開いた。

「陛下のご葬儀から殿下の即位まで、目が回るほど忙しかったうえに、色々問題も出てきたわねえ。でもまあ、一応は来週行われる即位式が終われば一段落だわね」

 何を分かりきった事を言うのかと思ったが、取りあえずは大人しく頷いておく。

「そうですね。即位式が終われば取りあえずは大きな行事は終わりですが……それが何か」

 

 即位式には近隣の王族や外交官、そして自国の貴族を招く、大がかりなものになっている。

そ の最終準備に今皆が大わらわになっているのだ。皆……?いや、兄の姿をここ数日見ていない。

 臣下に下った兄は、辺境の地の領主の身分を持っている。即位式にも王族として出席する事は出来ない。ならば領主として招こうと言う自分に、招かれるほど高い身分じゃないからねと笑って断られてしまった。

 それでも、八年前からは年の大半を王宮で過ごしてくれている。幼い自分たちのために遊び相手、の名目で父が呼び寄せたのだ。八年の間に母が亡くなり父が亡くなり、今に至っている。

 公の場であれば肩苦しいほど臣下の立場を崩さない兄であるから、自分も強いて兄を公の場に出そうとは思わなかった。それは亡き父も同じで、兄は殆ど公の場に出ることなく八年を過ごした。

 だから兄の存在を知っていても、兄の顔を知っている者はあまりいなかった。


「それが何かって……いやあねえ、まるで気付いてないんだから……あのねえ、取りあえずこれで一段落するわけでしょ?そうしたらお兄さんはどうすると思うの?」

「大きな行事も済んだことだし、と領地へ帰るでしょうか。ここの所あちらへ戻っていませんしね。もしくはどこぞへ遊びに出かけるでしょうか」

 それがわかっているなら、と魔術師は目を細めてこちらを見上げる。見上げられているのに、まるで見おろさているような不快な気持になった。

「言いたくないけど、一つだけ言っておいてあげるわ。言葉どおりに受け取って、簡単に帰しちゃ駄目よ。遠くへ行って欲しくないのなら」

「何を言うのです。兄上が何処か遠くへ行ってしまうと?何を莫迦なことを」

「あらあ、明日も今日と同じ日が続くと思っているの?おめでたいわねえ。ま、一応言うだけは言ったわよ。あとは殿下のご自由に」

お忙しいところ引き留めて悪かったわねと手を振り、魔術師は背を向けて歩き去った。



 魔術師の残した言葉が、抜けない棘のように引っ掛かっている。初め聞かされた時は何を莫迦な事を言うのかと笑ったが、あの魔術師が意味のない事を言うだろうか。時間が経つにつれ、じわじわと不安が押し寄せてくる。 

兄にとって、ここは居心地のいい場所では、ない。それは紛れもない事実だった。

 アレクシオスの即位式が終われば、領地の方へ戻るか、もしくは遊びに出かけるかそれはわからないが、ここを離れるだろうことは予想していた。 

 しかし、それはこれまでも同じだったのだ。兄は一年のうち大半は王宮で過ごしていても、あとの残りは他の場所で過ごしていた。領地であったり、遊びに出掛けた先であったり。

 これからは……おそらく、ここで過ごす時間は減るのだろう。今までのように長くは留まってくれないだろう。臣下に下っているのだからと、兄はそういう線の引き方をする人だ。

 けれど、それのどこが“遠くへ行く”事になるのか、わからなかった。

ただでさえ忙しいのに、頭の痛い問題がまた一つ、増えた気がした。



 即位式の手順の確認やら衣装合わせやら、式の後の宴の打ち合わせやら。細々としたあれこれを確認する間にも通常の仕事は待ってくれない。

「……ここまで大仰な式典などにしなくとも」

 うんざりして宰相に思わず零してしまった。宰相はにこりともせず、「式典は大仰なものと相場が決まってるだろ。まあ諦めろや」その一言で終わりだった。にべもなかった。

 そのうえ、諦めてこっちにも目を通しとけと大量の薄い冊子をこちらに押しつけて、後はよろしくと手を振りながら執務室を出て行ってしまう。

 一番上の冊子を開くと、そこには若い女性の絵姿が描かれており、挟みこまれた紙片に名前と家柄などが記されている。

 無言で冊子を閉じた。

 一体これをどうしろと言うんだと、疲労感が増す気がした。


 どうにか一日も終わり、重いため息を吐き出しながら、自室の扉を開ける。

途端に鈴を転がすような高い声が耳に飛び込んできた。

「・・・・・・・」

 無言で扉を閉め、声の聞こえた方へ歩いて行く。居間では案の定、弟のカイトと妹のエルミナがお茶を飲みながら寛いでいた。

「あらアレクお兄さま遅かったですわね、お邪魔しておりますわ」

「おう兄上、お疲れさま。なんだその荷物」

 金の髪と青い目が、そろってこちらを見上げてくる。寛ぎきっている弟妹を見ると、疲れも倍増するというか、苛立ちが増すと言うか。

 人がきりきり舞いしてるのに、なにのんびりくつろいでいるんですかと八つ当たりもしたくなる。

流石にそれは大人げないだろうと、習い性になってしまいそうなため息をついてやり過ごした。

 弟妹はまるで自分の部屋にいるがごとくに、ゆったりとお茶を飲み菓子を摘んでいる。我知らず視線が氷のようになっていたらしい。

「・・・・・・(わたしはロクに食事もしてませんねえ。お茶だってゆっくり飲んでいませんねえ)」

「うわ、兄上顔が怖っ。何かあったのか」

「いいえ別に?私一人忙しいようなのが面白くないとか、お前たちももっと忙しくなればいいのにとか、ちっとも思っていませんとも、ええ」

「……ええと、なんかゴメン。腹減ってるならこれでも食うか」

「いただきましょう。この際腹が膨れれば何でもいいです」

「アレクお兄様、お茶をどうぞ。お疲れのようだからお砂糖とミルクもお入れしたわ」

「どうもありがとう」

 弟妹から差し出されたお茶を飲み、菓子を摘んだら多少は人心地がついた。ふう、と息を吐きだすと、何やら恐る恐るこちらを見ている弟妹に気付く。

「何ですか、そんな怖いものでも見るような目は」

「や、だってさ、兄上すんごく不機嫌そうな顔してるから~。よっぽど疲れたのか?」

「そうですわよ。何かあったんですの?」

「あったといいますかね、次から次へと仕事はあるし、それなのに式典の準備もあるし、おまけに宰相はどこぞのご令嬢の絵姿押しつけてくるし、とどめに弟妹は勝手に人の部屋で寛いでいるしでちょっと頭に血が上りました」

 一息に言いきれば弟妹たちは瞬間押し黙った。が、すぐさま反論が返る。

「え、兄上俺だって色々忙しいんだって!お客様たちの対応くらいはしろよって、宰相人遣い荒いし!」

「そうですわ、私だって婚約者どの連れてあちこちご案内したりとか!挨拶まわりをしたりとか!のんびり遊んでいるわけではありませんわよ!」

 弟妹たちもそれなりにストレスがたまっていたらしい。藪蛇だったようですねとそっと目を逸らしつつお茶を飲む。エルミナはやはりお茶を飲みながら考え込むように唇を尖らせた。

「そうですわ……ナスル様っていまひとつよくわからない方なんですもの……私も出来るだけ親しく出来るよう頑張ってお話してますのよ?でもどうも掴みどころがないと言うか……」

 ナスル、と言うのは他国の王子で、エルミナの婚約者だ。

先頃婚約が調ったばかりで、それは互いの国にとって利益のある縁組と言えた。今回の即位式にもナスルは呼ばれており、宴の折りにでも大々的に周りにお披露目をするつもりだった。

 エルミナより少し年は上で、アレクシオスとほぼ同じくらいだったか。

 エルミナはまだ十四。早々に妹の政略結婚を決めた事についてはいささか後ろめたい気になるが、当の妹は「まあそういうものでしょうし、仕方ないですわよ」とあっさりと婚約を受け入れ、今に至っている。

 それが、アレクシオスとしては頼もしくもあるし、心苦しくもある。

 ああ、そうですわ、と、エルミナはぽんと手を打ち鳴らした。

「あの掴みどころのなさは、少しシュリ兄様に似てますわね」

 え、と声に出す前に、弟の方がすぐさま反応した。

「どこがシュリ兄上に似てるって?全然似てないって!」

「少し感じが似てるって思ったんですわよ。そんな大きな声を出さないで下さいませ。あら、ところで当のシュリ兄様はどこにおいでなのかしら」

 耳が痛いわとエルミナは顔をしかめながら尋ねてきた。弟もそう言えばとこちらを見てくる。

「……兄上はどこぞへお出かけのようですよ。私もここ数日顔を会わせていませんね」

「あ~……兄上の即位式までには戻るんだろうけど……」

 珍しい弟の呆れ顔に、ふと魔術師から聞いた言葉を思い出した。

自分たちは兄がふらふらと出かけるのを、体が強くないのにと心配しながらも、“ここ”へ帰って来てくれることについては、疑った事がない。

 弟妹たちはどう思っているのか、尋ねてみる事にした。何を莫迦な事をと笑い飛ばして欲しかったのかもしれない。

 ……やはり、自分とほぼ同じ考えだったが、ただエルミナがそう言えばと気になる事を言いだした。

「いつだったか……そう、あれは私の婚約が決まったあとだったかしら。ソファでうたたねをしていたんですけど、シュリ兄様が毛布をかけて下さって……その時に言われてましたのよ。“もうそろそろいいかなあ”って。夢うつつだったし、何のことやらわからなかったんですけど……」

 アレクシオスはぎくりと体を強張らせた。

 もうそろそろ……ここを出て行ってもいいかと言う事なのだろうか。

 気がつくと弟も妹も難しい顔をして黙り込んでいた。重くなった空気を振り払うように弟が声を上げる。

「魔術師どのの言った事が本当かどうかわからないんだし、シュリ兄上がここを発つと言いだしたら取りあえず引き留めてみるしかないんじゃないか」

「そうですね……」

 多分考えすぎなんだよと弟は言うが、よくよく思い返せば兄は八年前までここへは寄り付きもしなかったのだ。


 それを思うと……楽観視は出来ない気がした。



「ところで兄上、それどうするんだ?」

「どうもこうも、一応は目を通しますよ。それで全部宰相に突き返しますとも」

「あら、この中に私がお義姉さまとお呼びするような方はいらっしゃらないのかしら」

「まず居りませんね」

「……(何で見てもないのにわかるんだ)……」

「何ですか、ああ、よかったらどうぞ、よろこんで譲りますよ」

「うわ、遠慮するって!」



                                                                

            



 

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