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追いかけっこ  作者: 水花
2/8

第一話

本編です。視点が各話ごとに異なりますのでご注意ください。

 敷地内には未だ大勢の人間がとどまっているが、夜も更けたせいか距離があるせいか、人の気配もざわめきも、この部屋の中へは微かにしか届かない。

 人払いをし、兄弟たちだけになった室内で、妹は綺麗なドレスが皺になるのも気にせずソファでうたた寝をしているし、下の弟は窮屈な衣装はご免だとばかりに上着を脱ぎ、傍の椅子の背に放り投げ、シャツ一枚で寛いでいる。

 そして今日の主役だった上の弟は、豪奢な衣装のまま疲れたように椅子に腰掛け天井を仰いでいた。


「疲れたし、うっとうしかったし、何ですかあれは」

 心底草臥れたふうに、そして言葉短くしゃべる弟に、ああこれはかなり苛々してるなあと思った。

「まあ仕方ないでしょ、そういうもんだよ。でもちゃんと最後まで笑顔だったじゃない。えらいえらい。お茶でも飲もうか」

 つい小さかった頃のように頭を撫でてやると、兄上……と二重に声が聞こえてきて首を傾げる。

 上の弟はともかく、なんで下の弟の方も呆れたような顔をしているのかわからない。

 どうせ子ども扱いする自分がおかしかったのだろうと思って、お茶の準備をする事にした。

 茶器などは運ばせてあるから、あとはお茶をいれるだけだ。侍女を呼べばいいのだろうけど、せっかく久しぶりに兄弟だけなのだし、それにこれくらいはいつも自分でしていることだった。少し考えて妹の分まで四人分いれる事にする。

 茶葉が蒸れた所で、カップに注ぎ分けて弟たちへと手渡す。妹の分はワゴンの上に置いておく。

 お茶が温かいうちに目が覚めたら飲んでもらえばいいし、もし眠ったままなら自分が飲んでしまえばいい。

 上の弟は豪奢な上着を脱いで、シャツ一枚の姿でほうっと息をついている。下の弟も同じ。

 流石にここで使う茶葉は美味しいなとお茶の味に満足して自分もやっと一息ついた気分になる。

 ワゴンには焼き菓子もあって弟たちにすすめたが、それは要らないと言われてしまった。

 

 あれ、甘いもの嫌いだったっけ。


 いつだったか作ってやったときは喜んで食べてくれた気がするけど……まあそれもほんの子どもの頃の話だったかと思い直す。

 折角準備してくれたんだから、と弟たちの向かいのソファに腰掛け、お茶を飲みながら焼き菓子を摘んだ。

 スパイスとはちみつの甘さが染みて美味しいなと頬を緩めていると、弟たちの視線に気付いた。

 やっぱり食べたくなったのだろうか。

皿を差し出しても、そろって手を振られてしまった。一体何だろう。焼菓子の欠片を口に放り込み、優しい甘さを堪能してからお茶を飲んだ。

「ああ美味しかったごちそうさま。お茶、まだ飲む?飲むならいれるけど」

「いや、俺はもういい」

「私もいいですよ。兄上、食べたいなら一つと言わず沢山どうぞ」

 皿の上にはまだこんもりと菓子が盛られているが。流石に夜も更けてから沢山食べる気はしない。首を振りながらカップをワゴンの上に片づけ、弟たちの手からも回収する。妹はうたた寝から目覚める様子はなかった。

 上の弟の目元にはうっすらと隈が見える。下の弟の方もしきりに欠伸を繰り返している。妹に至っては言わずもがな。


 明日は明日で忙しいはずだ。言いだすならこの辺りかなと思った。後になればなるほど言いだし辛くなるし。

 うん、でも、これは弟たちにとってはいつもの事だと思うだろう。

また……と呆れた顔をするかもしれない。それがいいやと思う。


「あのさ、急で悪いんだけど、明日領地に戻ろうかと思うんだ。結構長い事放っているから、色々気にかかるところもあるし。で、許可証貰いたいんだけど……」

 都を中心に、何本もの街道が走っている。その街道には所々に関があり、不審なものが通らないよう取り締りがある。そこを通る場合には身分の上下は関係なく、許可証が必要なのだ。

 許可証が欲しいと自分が言いだすのはいつも突然だから……このときも、弟は呆れた顔をしながら、忙しいのに急なんですからと文句を言いながらも、明日には準備させますよと言ってくれるものと、思っていた。

けれど弟は秀麗な顔に笑みを浮かべ、駄目ですと言った。

「え、なんで。わたしがここにいても、する事無いし。邪魔にならないように領地に帰るだけなのに。けち」

 言った途端、言わなきゃよかったと後悔した。

 え、なんで二人揃ってそんなイイ笑顔なの。

 年若い女性が描く“王子様”そのものの、秀麗な容貌の上の弟と、やや荒削りであるが端正な佇まいの下の弟。

 それぞれに笑顔でにじりよられ、思わず体が逃げる。多分普通の若い女性なら、ぼうっと逆上せるような笑顔なんだろうけど!

 今の自分にとっては、冷や汗が出るようなモノでしか、ない。

 例えて言うなら、猛獣の前に放り出された兎の気分。二人とも自分よりはるかに体格がいいので余計そう思ってしまう。どうせわたしは貧相な体格ですよ、こればっかりは体質だから仕方ないけどと内心でため息をついた。

「ええっと~?どうしたの、二人ともカオ怖いよ」

「そりゃ兄上が莫迦な事言うからだろ。俺たちがてんてこまいしてる間に、一人さっさと逃げ出す気か?俺たちがそれ、笑って許すとでも思った?」

「ええっと~……でもさ、わたしのする事はないし、居ても仕方ないし。だから」

言い募る言葉は、上の弟に遮られた。

「用事が欲しいなら作って差し上げますとも。そうですね、私にお茶をいれてくれませんか。兄上のいれるお茶はとても美味しいので」

「お茶を入れるのは構わないけど、わたしに侍従の真似ごとしろってこと?」

「いいえ、まさか。人目に触れさせる気はありません。人目を気にせずともいいこんな時にですね、お茶をいれてくれて、話し相手になってくれれば十分ですよ」

「いやそれって全然用事じゃないし。うん、今が忙しいのはわかってるし勝手な事言ってるのも重々承知です。でも実際の所、いつなら許可証くれるのさ」

 ああそりゃ臣下に下った兄が、弟たちに給仕してる所見られたら、姦しい宮廷雀が何を囀るやらわからないけど。そもそも公の場に顔を出していない自分の顔を、どれくらいの人間が知っているのか怪しいものだけど。

何だか腑に落ちないものを感じながらも、取りあえず一番聞いておきたい点を尋ねる。

 上の弟は腕組みをして、そうですねと答えた。

「そうですね、明後日には準備出来るでしょう」

 その言葉を聞いた途端、下の弟が目を剥いて声を荒げた。

「おい、兄上っ、何言ってるんだよっ」

 え、と目を丸くしていると上の弟は言葉を続けた。

「ただし、条件があります。簡単に渡すとは思わないで下さいね」

 にっこりと微笑まれて力なくソファに凭れこんだ。やっぱり怒ってるのか~……うん、忙しくしてるところに、一抜けた!と居なくなられては、そりゃ面白くないだろうけど……もともと、居ても居なくても同じなのに。

「……条件てなに」

「それは明後日を楽しみにしてて下さい」

 ますます楽しそうな弟に、こちらはげっそりとため息をついた。下の弟も何やら面白そうに笑っているので、楽しみどころか怖いんだけど。

 はあ、とためいきをつく。

 あ~あ、予定が崩れてゆく。明日にはここを発っているはずだったのに。

 とんだ誤算だったと項垂れる自分に、弟たちは楽しげな笑い声をあげた。




「ところでさ、何でお前ご令嬢がたには笑ってやらないの?」

「おや兄上、私はちゃんと笑顔で対応していたじゃありませんか」

「完璧な作り笑いでな。兄上を知るこっちからすると寒い寒い。よくあんな顔にぼうっとなるもんだと俺は思ったぞ」

「命が惜しくないと見えますね。覚悟はいいですか」

「え、ちょっと待てっ、兄上っ、見てないで助けてくれっ」

「……あ~……ご愁傷さま?自力で何とかしてね。お前も手加減してやりなよ。可愛い弟じゃないか」

「可愛げのない弟なんか要りません。兄上と妹だけで十分ですとも」

「いたたたたっ、いたいっ、そこ締まってるって!うわ~~~」



「……反省しました?これに懲りたら口は災いの元と頭に刻み込んでおくことです」

「はいこれに懲りてもう言いません。ああ酷い目にあった……」

「はは、お前たちは相変わらずだよね。うん、でもさ、お前がちゃんと笑ったらさ、どんなご令嬢でも落とせるのにさ~……あの中には、お前の気にいった子、いなかったの?」

「元よりけばけばしい女性も煩く纏わりつく女性も御免ですがね……そうですね、私が全力で落としたい方は、あの中には居ませんでしたね」

「・・・・・・・・・(何も言わないぞ。俺だって命は惜しい)」

                                 

 



                



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