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‘ココロ‘をなくした少年  作者: 色敷 童
彼との出会い
4/5

出会い③ ~彼の名前~

「僕には一切の感情がありません。何を思うにも不可能なのです・・・」

彼はそう言った。確かにそういったのだ。‘感情がない‘、と・・・。

‘感情‘とは人間を支配するものであり、生きる価値を示す大切なものだ。

それがない・・・って、私はどういうことなのかと彼に聞いた。

「どうって、その通りですよ。僕は何も感じないし、そして感情がないがために、自分では何もできない。いわば機械と同じような存在だということです」

自身を自覚しているというのならば、なぜ感情を感じることができないのか。

感情を感じることができない・・・というのは、どういう感覚なのだろうか。

いわばその時点で私は、彼の心情を全く解すことができなかったということだ。


「おかしな話だな・・・」

私はほくそ笑みながら、彼に向かってそう言った。

彼は言葉の意味を理解しているのかしていないのかよくわからないが、「なにがですか?」と聞いた。

「あんたがそう平然としてるっていうことがだよ。まぁ感情が無いんだから悔しさを感じることもできないんだろうが・・・それでも俺なら頭がおかしくなっちゃうんじゃないかって・・・そう思ったんだ」

「そうでもないですよ。」彼はそう言って続けた。

「現に僕は全く悔しさや悲しさを感じてはいませんし、僕にとってはこれが普通なのです。なぜなら感情がありませんから。」

少し噛み合っていない会話の中、私はふ、と気がついたのだ。


思えば私は自堕落な生活を歩んできた。

そしてこんな生活を送っていながらも、私自身なにも不便なことは考えていないし、

この状況になれてしまえば、いわば悔しくもならないし、悲しくもなってこない。

これはいわば私に感情がなくなっているということだ。

これは私自身、感覚が麻痺してきてしまっているのか・・・、私にとってはこれが普通だ。


この青年にとっても、その感覚は普通なのだろうか。私はそう思った。

そして私はその青年に対して、妙な親近感を得たのだ。今の一瞬で。


「なぁ」心よりも口が先に動いていたらしい。

「俺はお前と似ている。もしかしたら、俺はお前自身なんじゃないのかって、そう感じたんだ。もしお前が嫌なら無理にとは言わない。俺は本当の幸せと、麻痺した感覚を取り戻したい。そしてお前も心の中では自身の感情を取り戻したい。そう思ってるんじゃないのか?」

少年はぽかんとした顔をした。一体何を考えているのかは顔を見ただけでは一切分からなかった。

「だからよぉ、俺は感情のない、余計なものを持っていないお前と、いろんなところにいって、いろんな思いをしたいんだ。そしてお前もその旅によって、いろんな思いをして、いろんな感情を得る。少なくともこんなスラムでだらだらするよりはマシなはずだ」

「・・・・・・」

「今にとは言わん。考えておいて欲しいんだ。少なくとも俺は、そのほうがお前のためになると思っている」


「こんな殺人鬼とですか?」彼は彼の足元に倒れている男を指差していった。男は出血多量ですでに息絶えていた。私はぎょっとした。そういえば彼は人を刺していたのだった。

「これは感情のないお前の‘結果‘なのだから、俺にはなんの関係もないと思っている。今までの‘過程‘と‘結果‘は変わらない、だが、これから過ごす‘過程‘を変えることはできる。‘結果‘が変わるかは、人次第だが・・・」

「随分回りくどいことを言うんですね。要するに僕の行いを隠そうとしているのでしょう?僕は牢屋に入ったって、痛くも痒くもないんですけどね」


そのうち彼らを取り巻くスラム中が、ガヤガヤと賑やかになってきた。この夜中に。

どうやら人が死んだという事実が、この街に行き渡ったらしい、いつかここが完全に特定されるのかもしれなかったのだ。


「とにかくここじゃあ危ない、お前はこのローブをかぶって、俺の小屋に来てくれないか?」

「わかりました」

案外とあっさりに言った。まぁ断る理由もないようなのだが。

返り血が付いているので、ローブをリバースして、頭までかぶって私は彼と、自分の家まで行くことにした。





「ここが俺の家だ、まぁすごく小さくて汚いんだがな」

「・・・」

「まぁ入ってくれ、お湯ぐらいは出せる」

「・・・」

彼は私の家をジロジロと見ている、中まで。

自分の住む場所を凝視されると意外と恥ずかしい。


私は彼に湯を出した、彼は湯をずずずと啜った。全く味もない湯で、少し濁っている。

少し汚い湯だが、私はこの濁りの味が気に入っている。彼もこの味を気に入るのだろうか。


「そうだ、まだ俺は名前を言ってなかったな。俺の名前はユド・ラメンタヴ。普通にファーストネームで呼んでくれたらいいよ。ラメンタヴって言うと、可哀想な感じになるからな」

「・・・」

私の自己紹介が終わった後、青年は口を開くことはなかった。そのため私が彼に促した

「さすがに自分の名前を知らないなんていうことはないだろう?」

「知らないんじゃなくて、ないんです。僕には名前が」

「・・・・・・」

私は流石に沈黙を催した。彼に対して言うべき言葉が見当たらないからだ。

じゃあ彼はどうやって今まで過ごしてきたのだろう。自分の名前も知らずに。

「じゃあ、俺がお前に名前をつけてもいいか?」人に名前を付けるのは、私の憧れであったのだ。いつか自分の子供が出来たら、いい名前を付けるぞ、と。

「ゲイン。お前の名前はゲインだ。得る、手に入れる、という意味だ・・・記憶をな」

笑いながら私は言った。自分でも心底うまくできたと思ったからだ。

「ゲイン・・・僕の名前はゲイン・・・いい、名前だと思いました・・・」

私はどくん、とした。彼の今の発言でだ。‘いい名前だと思った‘・・・思うということは感情を表したということだ。まず、彼は自分自身の名前によって少しだけ、ほんの少しだけ感情を取り戻すことができたと言えるだろう。今はそれだけでよかった。


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