9話天然物のタラシ
「ぬわ―――――!!!!!!!!!!!!!!」
魔王は女性らしからぬ叫びを上げると、ズサササ〜とそれはもう素早い動きで抱きしめられた腕の中から逃げ出した。
逃げ出された方のメリクリウスはというと、両の腕を所在なさげに宙に浮かせて少々可哀想な事になっていた。
『いかんいかんいかん!!危うく流されてあの者の腕の中に収まってしまう所であったわ…
あの手慣れた動作…流石は王子としか言えぬ一連の流れであったわ…あやつタラシか!?天然物のタラシなのか!?あれで計算された行動であったとしたら末恐ろしいわ…
なんと恐ろしい…恐ろしすぎるわ…メリクリウス=ウェンティーヌ…』
魔王が一定の距離を保ってメリクリウスを見つめていると、合格者達を客室へと案内し終わったアージダハーカがバルコニーへとやってきた。
「魔王様…こちらにいらっしゃったのですね…明日の第三次審査についてお話が―――おや?逢い引きの最中でしたか…失礼しました」
魔王に話しかけながら、メリクリウスの存在に気が付いたアージダハーカはそっと一礼をすると、その場を辞す―――。
「いやいやいやいや!!待て待て待て待て待つのだ!!逢い引きなどではない!!ただの追加の合格者の者だ!!」
アージダハーカの袖を思いっきり引っ張りながら、魔王は焦ったように言い繕う。
「追加…でございますか?」
「うむ…やんごとなき理由があったようでのぅ…面接の時間に間に合わなかったようなのだ」
アージダハーカを引き留め、魔王はメリクリウスを合格者として紹介する。
勿論、やんごとなき理由など知らないが、どうしても彼を合格にしたかったのである。
「成程…どのような理由で間に合わなかったのかお聞きしてもよろしいですか?」
アージダハーカが質問をすると、メリクリウスは口を開いた。
「はい…こちらに向かう途中で身重の魔族の女性と出会い、道中で産気づかれたようだったので、魔界に住む産婆を探しておりました」
「あぁ…その話は聞いています。確か城勤めをしている私の部下の一人が嫁が外出先で産気づいて危険な状態なので半休欲しいと言っていました。助けて下さったのは貴方だったのですね…部下に変わって礼を言います」
「気になさらないで下さい…一人の人間として当然の事をしたまでです」
男二人の会話を聞きながら、魔王は『どんだけ完璧人間なのじゃ!!』と、少し憤慨していたとかいないとか…。