8話メリクリウス=ウェンティーヌ
とうとう第二次審査の面接最終日となった。
その日は朝から魔王はそわそわと落ち着きなく自室を歩き回っていた。
魔王は着ているドレスに変な所がないか、化粧や髪に見苦しい所がないかと入念にチェックを入れる。
「うむ…今日の儂は一段と輝いておる―――ハズ…」
今日の魔王の衣装は前日のような全面に色気を醸し出すようなドレスではなく、爽やかな印象を与えるブルーのイブニングドレスだった。
前回のようなスリットが入っておらず、胸元も空いてはいない。装飾品も少な目にして、清廉な印象を感じさせた。
「よし…行くぞ…」
一人呟いて謁見の間へと向かう。中に入ると、集まった候補者達は一様にため息を吐いて魔王を見つめるのだった。
だが相変わらずというか、最終日の今日も何人かは鼻血を流して退場していったのだが―――
お…あれは履歴書で気になった吸血鬼一族の者と、わんわん亭のシェフではないか…今日が面接だったのだな―――
魔王の視線の先には一週間前の履歴書を見て気に入っていた人物がいた。
そうこうしている内に面接が開始され、書類審査に受かった候補者の魔族や勇者や魔導師、騎士などが魔王の座る玉座の前まできて、各々が猛烈に自己アピールをしていったのだった。
『あの者は間に合わなかったか、辞退してしまったのかのぅ…』
一通り面接を終えた魔王は謁見の間をぐるりと見渡す。
そこには履歴書の写真を見て一目で魅了されたメリクリウス=ウェンティーヌの姿はなかった。
面接を終え、数十名程第二次審査の合格者を発表した後、魔王はトボトボと自室へと続く廊下へと足を向けた。
側近のアージダハーカは他の近衛騎士達を手伝って合格者達を客室へと誘導しているので、魔王は誰も伴をつけずに廊下を歩いていた。
「たまにはバルコニーにでも出ようかのぅ…」
何となく寂しさを感じた魔王は、廊下の突き当たりにあるバルコニーへと足を伸ばす。
バルコニーの外に出ると柔らかい風が吹いており、面接で火照った体を冷ましてくれる。
「何を期待しておったのかのぅ〜儂は…」
誰にともなく呟くと、眼下に広がる森を眺める。
魔界は最北の地にあり、本来なら極寒の地であるのだが、魔王の力によって魔界は暖かく様々な植物が自生し、動物も住み着いているのだ。
何も考えず美しい森の景色を見ていると、不意にすぐ傍で大きな魔力の流れを感じた。
「これは!?」
魔王が魔力の流れに意識を向けると、バルコニーの魔王が立っているすく傍に白く輝く魔法陣が現れた。
『移動術式の魔法陣…』
魔王が心の中で呟いていると、魔法陣の中で白く輝く光の中から、一人の青年が姿を現すのだった…。
そこには魔王が会いたいと願っていた青年が静かに立っていた。
「お…お主は…」
思わず声が上擦ってしまい、魔王は内心で舌打ちをした。
『魔王ともあろう物が何を動揺しておるのじゃ』
そんな魔王の心の内を知らない青年は白く輝く光と魔法陣が消えると、柔らかい笑顔を見せた。
「遅くなって申し訳ありません…私はウェンティーヌ王国の第四王子メリクリウス=ウェンティーヌと申します」
恭しく一礼をとり、メリクリウスは挨拶をした。それはとても心地の良い声音で、魔王は呆然と聞き惚れてしまっていた。
「あの…魔王様?」
硬直したまま動かない魔王に、メリクリウスは怪訝な顔で声を掛ける。
「す…すまぬ…少しぼぅっとしてしまったようだのぅ…」
メリクリウスの声に魔王は我に返り、改めて目の前の青年をじっくりと見た。
目の前の青年は写真で見た通り、金色の美しい髪を後ろで束ね、アイスブルーの瞳は写真で見るよりも深く美しい色合い、そしてきっちりと着こなしている騎士の装いはまるで物語に出てくる王子そのものだった。
「ど…どうして…ここに―――」
すこしどもりながらも魔王が口を開くと、メリクリウスは申し訳なさ気に口を開いた。
「申し訳ありません…この大陸について直ぐ諸事情がありこちらへ来るのが遅くなってしまい、やむを得ず移動術式の魔法陣を発動させてやって参りました…」
「お主…自分で魔法陣を展開させたのか!?」
「はい」
移動術式の魔法陣はかなりの魔力を消費する筈だ。なので、移動する人物は本来ならば魔法陣を展開する者は別で用意をする。そうしなければ、魔力が底を尽き、魔法が使えなくなってしまうからだ。
それを自身で展開させて発動させ、尚且つ普通にしている目の前の男に魔王は驚きを隠せないでいた。
「お主…メリクリウスと言ったのう…凄いではないか…自身で移動術式を発動させてケロッとしているなんて!!」
魔王は純粋に目の前の青年を賞賛した。魔族でもない人間がこれだけの事を、しかも結界を張っていないとはいえ魔王の城に至極当然という体で現れたのだ(現れた場所がバルコニーというのはどうかと思うが…)、賞賛しない方がおかしいだろう。
「貴女にそう言って頂けるのはとても嬉しいです―――私は…昔からずっと…貴女に見合う、貴女の隣に並ぶのに相応しい人間になりたくて…自身を鍛えてきたのですから―――」
そう言って笑う顔は正に正統派王子そのものである。思わず魔王の胸がキュンとなってしまったのは仕方あるまい。
「儂に見合う?お主…儂の事を知っておるのか?」
「はい…覚えては頂けていないのですね…」
魔王の質問にメリクリウスは悲し気に目を臥せる。その姿ですら絵画の一枚のようで、魔王は流石に『ちょっと演技がかってないかのぅ?』と思ってしまう。
「私は数年前に魔大陸に魔王を討伐にやって来た者です…」
そう言ってバルコニーに広がる森を見ながらメリクリウスは言葉を続けた。
「私の国は魔大陸に一番近い北に位置しています。貴女のおかげで一時に比べて魔族の侵略は減ってはいましたが、それでも当時はまだ一部が魔族にいいようにされていました。
そこで勇者としての資質がある私を、父である国王が魔族討伐に送り出しました
魔大陸に行くと貴女が「今後魔族が決して祖国を侵略しない事を約束する」と言って、私と仲間を傷をつける事なく国へと送り返しました―――それも何度も…
私は魔大陸に何度も向かいました…当時の私は貴女の言葉が信じられなかったから
ですが、私が行く度に貴女は同じ言葉を伝えてくるのです「魔族は決して祖国を侵略しない」と…
事実それから魔族が私の国を襲う事がなくなり貴女の言葉が事実となりました
それまで正直私は、魔族など知性も何もない下等種族だと見下していました…
ですが一生懸命な貴女を見続ける内に私の考えも変わっていきました…人と魔族は分かり合えるのではないのか…と
貴女を見続ける内に私は貴女のその心に惹かれていきました…そしていつしか貴女を支えられる人間になりたい…そう思うようになり
私は剣や魔法、政治について必死で学びました…貴女に相応しい男になりたくて―――
貴女が私の事を覚えていなくても…私は知っています…貴女がどれだけ一生懸命だったかを―――
貴女を愛しています…」
そう言うとメリクリウスはそっと魔王を抱き寄せるのだった。