2話お婿様候補の職業は?
アージダハーカの行動は早かった。
次の日には魔界全土に魔王の婿を募るお触れを出したのだ。それは瞬く間に魔界全土に知れ渡り、あっという間に集められた応募者数は有に数百数千にもなった。
「のぅ…アージダハーカよ…」
「どうされましたか魔王様?」
アージダハーカは優雅に机の上に持ってきた書類を置くと、指をパチンッと鳴らし紅茶を魔王の前に差し出す。
「うむ…ありがとう」
魔王はアージダハーカから差し出された紅茶を受け取り一口飲むと、盛大に溜め息を吐いた。
「はぁ〜〜〜…この書類全部バトルロワイヤル参加希望の履歴書なのかのぅ?」
先程机に置かれた書類の一枚を手に取って、繁々と眺めると写真の貼られた書類には、名前、どこの種族の者か、特技、能力等様々な事が書かれてあった。
「はい…何分希望者が沢山集まると予想されましたので、最初は魔王様に書類審査をして頂こうと思い、このような履歴書を各魔族に用意させました」
この中から候補者を選別し、審査に合格した者だけを第二次審査に進ませるように取り計らったのだ。
しかし、書類だけでも軽く千枚は越える…。全てを見終えるだけでも一体どれだけの時間が掛かる事か…。魔王は書類の山を見てげんなりする。
「魔王様…これでもかなり数を絞ったのですよ」
「なぬ!?」
アージダハーカの言葉に魔王は目を見開く。何でも、審査基準に満たなかった物は全て元の主の元へと送り返したと言うのだ。
一体何時の間にそんな事をしていたのかと、魔王は驚きの表情で側近の顔を見つめた。
「お主…ほとんど儂の側に侍っておるのに何時の間に…というか審査基準とは何なのじゃ?」
「魔王様が眠られた後に処理をしておりました。ちなみに審査基準に関しましては、最低限成人並の知能がある事、きちんと人間の文字が書ける事、人語を理解でき話す事が出来る事、魔力が一定の水準以上ある事等が大まかな審査基準です」
魔王の言葉にいつも通りの表情で答える。
『こやつ化物じゃ!!』
一体いつ寝ているのかという疑問が頭を掠める程のオーバーワークである。改めて魔王は自分の側に侍っているアージダハーカを凝視すると一言放つ。
「残業手当は付かぬからな!!」
魔王の残念な発言にアージダハーカは主の前だというのに、盛大な溜め息を吐くのだった。
「お主何を主人の前で堂々と溜め息を吐くかのぅ!!」
憤慨して文句を言うとアージダハーカはやれやれという風情である。
「別に残業手当は要りませんが…労働基準法という物が魔族の世界にもあるのをお忘れですか?まぁ冗談は置いておいて…この中から魔王様好みの魔族を選別しておいて下さい。期限は一週間以内です――では失礼致します」
それだけを言うとアージダハーカは執務室を後にした。
「あやつ…ボケもこなせたのじゃな…」
そう呟くと魔王は一枚ずつ履歴書に目を通していった。
しかし、一枚一枚丁寧に読んでいくのだが、いまいちピンとくる者が居ないのである。
「う〜ん…儂って実は理想が高かったのかものぅ…」
魔王は自分の好みの異性を想像した。
『そうじゃのう…やっぱり優しくて笑顔が爽やかで…んでもって、出来れば美形が良いのぅ…あと料理の腕も良ければ儂の食べたい物を作ってくれるかもしれぬ…それから(ry』
自分の理想の男性像を妄想しながら履歴書に目を通していく。
『お…こやつ、なかなかの美形ではないか…しかも優秀な吸血鬼族の次男坊ではないか…第一次審査合格…と』
『おぉ…こやつは見た目がちょっと怖そうじゃが、あの有名なワンワン丁の三ツ星シェフではないか!!合格〜』
等とかなり個人的な好みで選定を行う事数日…。そろそろ履歴書の数も残り百枚を切った所で、手に取った履歴書を魔王は思わず二度見した。
「ななななな…何じゃ!?モロに儂好みの者がおったではないかぁぁぁぁ!?」
手にした履歴書を見ながら魔王は絶叫していた。本来なら、ここで側近のアージダハーカか侍女辺りが何事かと執務室へと入って来るのだが、今は執務室内には防音の魔法をかけておいたので、誰にも気付かれる事なく、思う存分に叫ぶ事が出来た。
正に魔王の理想の男性が写真の中で微笑んでいた。
写真の男性は、金色の髪を緩く後ろで束ねており、優しげに微笑んだ瞳は美しいアイスブルー、世の女性を全て虜にせんほどの破壊力である。
魔王は穴が空くほど(実際には空いていないのだが)写真を見つめた後に履歴書の自己紹介部分を 見ると、ゴツンという盛大な音と共に机に突っ伏していた。
履歴書には職業:王子兼勇者
と、書かれていたのである。
『嫌々嫌々嫌々嫌々嫌々〜どういう事なのじゃ!?何故何故勇者が儂の婿選びのバトルロワイヤルに履歴書を送ってきておるのじゃぁぁぁぁぁぁぁ!!!!????!?』
魔王は有らん限りに心の中で突っ込んだ。その後、直ぐ様側近であるアージダハーカを執務室に呼び寄せると、今にも掴みかからん勢いで、理由を聞いたのだった。
「簡単な事ですよ…魔王様の婿選びのバトルロワイヤルの話を人間界にも伝えておいたのです」
ずべしゃぁぁぁぁぁぁぁ
魔王は盛大に椅子から滑り落ちた。アージダハーカはと言うと、何をやってるんですか?と言う表情で魔王を助け起こし、椅子に座らせると事の次第を説明し始めた。
「創世記の件は以前お話させて頂いたのでご存知かと思われますが、この世界をより良い方向に導くのには、やはり人間と結婚をなさって両種族間の架け橋となられるのも良いのではないかと思い、四天王や重臣の皆様のご理解の元、人間界にもお触れを出させて頂きました」
アージダハーカの言葉に魔王は呆然としていた。
『儂が人間と結婚!?いやいやいやないないないないって〜…儂、魔族のトップなのじゃぞ!?その儂が人間と所帯を持つなぞ想像もできぬわぁ〜』
魔王が脳内で必死に否定の言葉を紡ぎ出していたが、アージダハーカはそんな魔王の様子にも微塵も反応せず、話を続けた。
「幸い魔王様の御代になってから早八年…魔王様は魔族が人間界に手出しをしないように取り計らっておられました故、人間達も魔王様には敬意を表しておられるご様子…これを機に魔王様とお近づきになりたいと言う御仁もおりましょう。現に魔王様との婚姻を希望する者が何百人と居られましたので、厳選した者達の履歴書をそちらに挟んでおいたのです」
言われて残りの履歴書を見ると、その殆どが人間達からの物であった。
やれ職業が勇者(各国に一人は勇者が居るらしい…まぁ勇気のある者と書いて勇者と読むから当然なのかもしれないが)やら、勇者と同じ旅仲間の魔導師やら戦士やら、異世界から遣わされた勇者やら騎士団員やら…人種も職業も様々なものだった。
「のぅ…圧倒的に勇者が多いのは何故なのじゃ?」
「それは…本来魔王様を倒す為に呼ばれた者達だったからなのではありませんか?」
見も蓋もないアージダハーカの言葉に魔王はガックリと項垂れる。
「そうか…本来なら儂を倒す為に集められた者達だったのじゃなぁ…平和な世界にしてしまって、なんか悪い事をしたのぅ…」
魔王の力ない言葉にアージダハーカは優しく声を掛ける。
「魔王様は人間界と魔界をより良くなさろうとしておられるのです…それはとても立派な事なのですよ…だから人間界の各国の勇者達は魔王様と共に二つの世界の架け橋とならんが為に立候補なさったのです…」
「うむ…」
アージダハーカの言葉が胸に染み渡り、魔王は人間が相手でも良いかもしれない…と思うのだった。