10話魔王様と初キッス
第二次審査最終日の次の日、第三次審査の為に合格者のメンバーは謁見の間へと集まっていた。
今回の審査は何をやるのか―――合格者達は魔王の口から発表されるその瞬間まで、緊張と興奮で会場内はざわめきたっていた。
すると、銅鑼の音が会場内に鳴り響き、一瞬にして辺りに静寂が訪れる。
音が鳴り止むと魔王が深紅の絨毯を踏みしめながら謁見の間の奥にある玉座まで歩いていく。
魔王が玉座に腰を下ろすまで、辺りは水をうったような静けさであった。
玉座に座って謁見の間を見渡すと魔王は美しい声で第三次審査の内容を発表する。
「第三次審査は心臓破りの山々(オフィンザマウントロック)にある丸い岩々(ラウンドロック)に住む巨大魔獣ビヒーモスの毛を採ってくる事じゃ」
魔王の言葉に集まった候補者達は一斉に歓声を上げた。
この魔獣ビヒーモスは魔大陸に住む三大魔獣の内の一頭で、その力、魔力、狂暴性は世界中でも知らぬ者のいない程であった。
ビヒーモスは普段は余程の事でもない限りは危害を加える事はないが、一度自身の領域に侵入して来た者にはその獰猛な牙と爪で襲いかかる。それだけではなく魔力も桁違いの為、その身を護る魔力の壁を突破しないとビヒーモスの体毛に触れる事は敵わないのだ。
それは人よりも優れた魔族であっても容易に近づける物ではない。
この魔界でも魔獣ビヒーモスと相対して倒した事のある者は魔王を置いて四天王しか居ないのである。
そのような強大な相手を第三次審査に割り当てる辺り、鬼畜としか言えない。これを考えた人物は相当のドSだろう―――魔王は小さく溜め息を吐いた。
「案ずるでない。魔獣ビヒーモスを倒せとは言ってはおらぬ…ビヒーモスの体毛さえ搾取して参れば良いのだ…万が一お主らが命の危険に晒されるような事があれば、その時は失格にはなってしまうが四天王が助け出す―――安心して挑むがよい
心臓破りの山々への行き方、体毛の搾取については各々のやり方で良い!!但し、相手から略奪する等の行為は禁止じゃ!!そのような外道な事をした者は即刻失格である
期限は五日後の夜の七の時とする―――それまでにビヒーモスの体毛を手に入れ戻ってきた者達を第三次審査合格者とする―――では行くが良い!!選ばれし戦士達よ!!」
魔王の高らかな声と共に、候補者達は一斉にその場を後にした。残されたのは魔王と側近のアージダハーカ、魔王を護る近衛騎士達だけだった。
「のぅ…アージダハーカよ…ビヒーモスを選んだのはお主か?」
「はい…これ位魔族の強者達や勇者であれば容易い事でしょう」
静かな謁見の間で魔王とアージダハーカが会話をする―――のだが、魔王は『いやいやいやいや…ないであろう…容易い訳がなかろうてぇぇぇぇ〜第三次審査でビヒーモス相手とかないであろうて〜
―――というより一体いつバトルロワイヤルとして戦いを見せてくれるのかのぅぅぅ…儂本当は魔力と魔力がぶつかったり、剣と剣がぶつかり合い剣戳を響かせ合う武闘会が見たいのだがのぅぅぅぅ〜』等と平和主義者らしからぬ事を考えていたのだった。
そのような会話がされているとも知らない候補者達は皆各々の方法で心臓破りの山々を目指していた。
この山は魔王城から見える場所にあるのだが、通常何も使わずにそこまでにたどり着くのには、最低でも丸一日はかかる。それから丸い岩々に住むビヒーモスの所まではその山を登らなければならない。通常の方法で行ったのでは、確実に期限である五日後には間に合わない。
ある者は自身に生えている羽で心臓破りの山々を目指したり、ある者は魔法で一気に目的地にたどり着いたり―――皆様々な方法で向かっていた。
丸い岩々に棲息するビヒーモスは一頭ではない。何十頭と居るので、ある者は互いにこの時を限りに協力して挑んだり、ある者は自身の力だけで対峙したりしていた。
丸い岩々には激しい魔力の放出、剣での死闘、それらの光景が至る場所で飛び交っていた。
四天王はその光景を眺めながら、回りに被害が出ないように防御結界を張っていた。
その光景を見ながら四天王は自分達と闘う事になるであろう人物を見つめていたのだった―――。
☆☆☆
「今戻ったぜ―――!!!!!!!!」
その言葉に魔王は何が起こったのか頭で理解をする事がかなわなかった。
つい三時間程前に送り出した自分の婿候補の一人である青年が、執務室で仕事をしている魔王の目の前に立っているのだ。
その青年は汚れた身なりも気にせず、近衛騎士が止めるのも聞かず魔王の執務室へとノックもなしに勢いよく入って来ると、ポケットから美しい漆黒の毛を取り出した。慌てている近衛騎士に退室を促すと魔王は青年を見つめた。
「魔王さんが言ってたのはこれの事だろ?楽勝だったぜ!!」
そう言って机の上に放り投げられた毛を魔王が手に取って見ると、まさしく魔獣ビヒーモスの体毛だった。
「ま…間違いないのぅ…これは確かにビヒーモスの体毛だのぅ…お主、たった数時間でこれを手に入れたのか!?」
「ああ…ちいっとばかし怪我をしちまったけど余裕だったぜ!!」
確かによく見ると青年の体には所々怪我をしている。魔王は青年の側に近づくと、そっと青年の体に治癒の魔法をかけた。
「サンキュー傷が治って痛みが引いていくよ」
魔王が唱えた治癒の魔法のお陰ですっかり完治した青年は腕をぐりぐりと回して体の状態を確かめる。
「睦月よ…そなたが儂の元へと戻ってきた一番の候補者だ…何か願いはないかのぅ?儂で出来る事があれば叶えてやるぞ…」
「願い?そうだなぁ…俺はアンタとの結婚が願いなんだけど―――」
「それは優勝したらの話だのう」
「だよな―――…」
魔王からの思ってもみなかった発言に睦月は頭をポリポリと掻きながら思案していると、何かを思い付いたのか突然魔王の手を握ると言葉を発した。
「祝福のキスしてよ…女神様の祝福のキス♪」
睦月の言葉に魔王は目を丸くする。
『聞き間違えかのう?今キスという単語が出てきたように思うのだが…』
魔王が硬直している間に睦月は魔王の肩を抱くと、唇を尖らせて迫ってくる。
『聞き間違えではなかったのかぁぁぁぁぁぁ!!』
魔王が動揺しながら、どうすれば良いのか分からずにオロオロとしていると、焦れた睦月が「こうするんだよ」と言いながら魔王の唇に自分のそれを重ねたのだった。
訳も分からず近すぎて焦点も合わない目を見開いたまま、魔王は初めてのキスをしていたのだった。
うっすらと開いた扉の隙間から、殺気を消しながら二人の姿を見つめている人物に気がつく事もなく―――。




