1話魔王様の憂鬱
ムーンライトでも掲載していますが、内容は全く同じ物となっています。
「見合いなどせぬ!!」
そう言い放つと美しい腰まで伸ばした漆黒の黒髪をふさりと靡かせ、極上の絹で誂えた藍色の色合いも美しいドレスを翻し、魔王は城の中にある謁見の間から出て行くと、執務室の扉を思いっきり開くとその中へと消えていった。
「まぁぁぁぁぁぁぁっっったくぅぅぅぅ〜!!!!!!!どやつもこやつも――顔を合わせれば「魔王様そろそろ身を固めてはいかがでしょうか?」だの「魔王様の血筋を絶やさない為にも一日も早いお子の誕生を――」だの…そればかりではないかぁぁぁぁぁ!!!!!」
執務室の中にある自身の仕事机の、ふわふわの座り心地の良い椅子に座るなり、魔王は机の上に置いてあった書類の分厚い束を放り投げた。
「魔王様…そのようなみっともない事はお止め下さい」
執務室の扉付近で静かに気配もさせず待機していたであろう人物が、そう言いながら指をサッと一振りすると散らばった書類が一瞬にして机の上に戻される。
「だぁぁぁぁってぇぇぇぇぇ〜〜〜」
「だってもヘチマもありません…椅子の上で腰をくねくねさせないで下さい…良い大人がみっともないです」
魔王が椅子に座りながら腰をくねくねさせながら駄々っ子のようにグダグダと言っていると、容赦無いツッコミが返ってくる。
「なんじゃい…相変わらずアージダハーカはノリが悪いのぅ〜」
「魔王様のノリに付き合うのは無駄な体力と精神力…ひいては魔力まで使う羽目になりますので…」
そう素っ気なく返すアージダハーカは魔王の忠実な下僕で側近である。魔王の下らない冗談や笑えないボケや仕種にも、すげなく応対するクールな男である。
「儂はまだ見合いなどしとうない。まだピッチピチのトゥエンティーなのじゃぞ」
「魔王様…アクセントが悪く何と仰っているのか聞き取れませんでした。もう少し流暢なアクセントで仰っては頂けませんでしょうか?」
アージダハーカの言葉に魔王は眉間に皺を寄せると「この美しいアクセントが聞き取りにくいとな…」と親指と人差し指で眉間を揉んだ。
「だぁぁかぁぁらぁぁ〜儂はまだピッチピチの二十代だから結婚などしとうないのだぁぁぁ!!!!」
唾が飛ばんばかりの勢いで叫ぶと息をゼーハーゼーハーとさせている。「息を切らせる位なら叫ばなければ良いのに…」そう思いながら、アージダハーカが指をパチンと鳴らすと机の上には一瞬にして、湯気ののぼる出来立ての紅茶が用意された。
「む…すまぬ…」
魔王が一言軽く詫びてから紅茶を口に含むと、温かく芳醇な香りと味わいがした。
「落ち着かれましたか?」
相変わらず冷静に淡々とした物言いで言ってくる側近に、渋々という風情で魔王は頷いた。
「それにしても何が嫌なのですか?幾ら二十代といえども人間界的には丁度婚期にあたるではありませんか?ましてや魔王様は人族であらせられる為、寿命も普通の人間達と大して変わりません…腹心の者達が結婚を迫るのも無理のない事かと思われますが―――」
アージダハーカの言葉に魔王も口ごもる。
そう、魔王の一族は数多いる魔族の種族の中でも極めて人間に近い人種であり、寿命も人間と同様に長生きをしてもせいぜい百歳が限界なのである。
現魔王は二十代前半な為、一刻も早い世継が望まれるのは必然でもあった。
―――何故魔王が人間に近い人種であるのかと言うと、それは何千年何万年、いや…何十万年何百万年以上も昔の話になる。
その昔、この世界には何も無かった。植物も動物も―――生きる者の一切無い水だけしか無い虚無の世界だった。
それを、この世界を創りし善神と悪神が哀れに思い、少しずつ世界に生き物を創造していった。
それは最初は水に住まう魚であったり貝や甲殻類等であったりした―――。
そこから水の底から沢山の砂を集めて大陸を創った。幾ら大陸を創っても水の量に大陸が勝てず水底に埋もれてしまう。
次はその水を一部凍らせる事にした。
そうする事によって水底に埋もれてしまった大陸が姿を現すようになり、その大陸に植物を植えた。草や花や沢山の木々―――。
土を多く被せた場所はだんだんと山の形を形成していき、次第に高い峰々に被われた箇所には高い山の頂上にも水が行き渡るようにと、空から自然の恵みをと…雪を降らせて凍らせた。
ある程度大陸部分の形成が終わると、次は生き物を創った。虫や動物等様々な生き物を創りあげた後、最後に善神は知能を持つ人間を創った。
知能を持つ彼等ならば、自分達の創ったこの世界をより素晴らしく発展させてくれるだろう―――そう願いを込めて…。
だが、悪神はそれを善しとはしなかった。知能を持つ人間は、きっといつか、自分達が創り上げたこの美しい世界を壊してしまうだろう―――そう考えたのだ。
そこで悪神は人間が世界を壊さない為に魔族を創った。それは善神が創った人間よりも強い力を持つ生き物だった。
自分達よりも上位の存在があれば、人間が世界を壊すような愚かな真似はすまい―――そう考えたのだ。
きっと人間達はその存在の恐怖に魔族を滅ぼそうとするだろう…。
だが、それでは人間にはこの世界を生きていく資格は無い。自分達よりも優れた魔族と手を取り合って生きていくならば―――この世界はきっと我々神が想像していたよりも、より素晴らしい世界となるだろう。
その時に人間と相対するのには人間と同じ容姿であり、寿命である方が良いだろう…。そう考え、悪神は魔族を統べる最強の魔族には人族と同じ…だが代を重ねても色褪せぬ程に美しい容姿を与えた。
そして、誰にも負けない最強の魔力を与えたのだった。
「―――と、いうのが昔々の創世記の話になります」
「んなこたぁ知っておるわぃぃぃぃ!!!!」
魔王が机の上を思いっきり叩きつけると、紅茶の入ったカップと先程集めてもらったばかりの書類の束が宙を舞った。
パチンッ
アージダハーカが指を鳴らすと、宙を舞ったカップと書類の束が机の上に戻される。
「貴女には学習能力が無いのですか?」
呆れを含んだアージダハーカの冷たい言葉に魔王はぐっと言葉に詰まる。
アージダハーカは口が達者なので、魔王が言い返しても、更に言い負かされてしまうのを理解していたからだ。
「あぁ〜〜〜もうこの際希望者を募ってバトルロワイヤルでも殺らせるかのうぅ〜〜〜」
「魔王様…「殺る」の漢字が間違っているように思われますが…」
魔王の頬っぺたをつねりながらアージダハーカが口を開く。
「言葉のあやじゃと言うのにぃぃ〜〜」
つねられた頬を擦りながら魔王がぼやく。
「しかし…そうですね…案外良い案かもしれませんね」
「何がじゃ?」
「バトルロワイヤルの事ですよ」
魔王の言葉を復唱したアージダハーカは、フムフムと頷きながら一人で納得している。
アージダハーカの言っている意味が解らない魔王は憮然とした表情で一人納得している側近を見つめていた。
「魔王様に好いた方がいらっしゃらない以上、魔王様の婿を希望する者達を募って魔王様を賭けてバトルロワイヤルをして頂きましょう!!」
「な…なんじゃとぉぉぉぉ!!!!!?????」
この日、魔王の城外にも轟かんであろう今日一番の絶叫が執務室から響き渡るのであった。