6.初めての「再会」
1週間が過ぎた。
あれから尚哉との関係は、なにも変化はなかった。
一度はなにか……どこか期待してしまう出来事があったけど。
それから尚哉からはなにもない。
ただ「お前の好きに行動するといい」なんて、言う様になったことかな?
どこか突き放された感じもする。でもそれは僕の我侭だ。
僕から離れたんだもの。尚哉のことを言う資格は僕にはない。
12月15日。学校帰り。
深まる年末の忙しさに、どこかみんな慌しい。
そしてだんだん寒さが、身にしみる季節へと深まっていく。
寒いの苦手なんだよねぇ。暑いのも嫌だけど。
丁度いいのが一番かな。
リリアガーデンの1Fにある雑貨屋〔プチクルール〕は希空が店長をやっている店。で、僕は帰りにその店に寄ると、希空から晩御飯のメニューを聞き出し、スーパーに寄って必要な買い物を済ませ、出入り口から出ようとしたときだった。
尚哉からメールが届いた。
「今日はそっちに泊まるから。寒いから体、気をつけろ」
絵文字も何もない。尚哉らしいメール。でもなんかこれってさ……恋人みたいじゃね?
それから「今日は」じゃなく、「今日も」の間違いだし。
あれからほとんど、尚哉は1人暮らししてる自分の部屋に帰ってないし。
たしかに尚哉からは何もない。けど別な意味でコミュニケーションが増えたような……。
わけわかんない。なんか言ってよ、尚哉。
突然、後ろから衝撃を加えられ、僕は前へと押し出された。
「だっ……」
いきなり誰だよっ!!怒り心頭で、勢いよく後ろへと振り返った。
「みつけたっ!!」
はっ!?かくれんぼ?見れば小学生くらいの女の子。背中にピンク色のランドセルを背負っていた。
栗色の髪をセミロングして、目は……緑色?いや、薄いブラウンに少し緑がかっているんだ。初めて見る瞳の色。僕がいうのもなんだけど、変わってるな。
「痛いじゃないか。急に突き飛ばすなんて……」
この女の子のやったことは、ちゃんと反省してもらわないといけない。
僕は少し怒り気味に、女の子に言った。
「ごめんなさいっ!!でも、私はあなたに用があるんですっ!!」
あっ。ちょっとムカつく言い方。小学生とは言え、女の子はませてんなぁ。
「僕は君のこと知らないし。急いでるから。じゃね」
こういうときの僕はとことん冷静。ってか、相手が弱いと、とことん強気に出るって?
僕、すげぇいやな奴に見えるな。
と。女の子がぼろぼろと泣き出した。はい?僕、なにかした?なにかされた方じゃんっ!!
「……やっと見つけたの……。あなたに聞かないと、私、もっとママに嫌われちゃう」
なんか三橋といい。僕は女難の相が出てるのか?かんべんしてほしいなぁ。
「僕の名前は紫桃神楽。君は?」
「……畑中晶」
鼻をすする音が混じりながら、女の子……晶は答えた。
「人にものを頼むときは、突き飛ばしたり、失礼な言い方はしない。わかった?」
きょとんと、僕を見つめる晶。僕は和の面倒を見ていたせいか、子供の面倒をみるのは慣れているつもり。
「返事は?」
「……はい」
「よし。じゃぁ、君の用とやらを聞こうか」
「ほんとっ!?やった!!ありがとうございますっ!!」
んっ。今のはいい返事だよ。
と、僕は晶に満足な笑みを浮かべると、晶もうれしそうに笑った。
近くのファーストフードに入り、僕はホットのコーヒー、晶はコーラを頼んだ。
「で、晶の用って何?」
「〔浄化者〕について教えてくださいっ!!」
ぶっ!!思いっきりコーヒーを噴出しそうになった。
「あ、あ、あのね。いきなりなんだよっ!!」
「私、〔D〕ランクなんだって言われて。ママは私のこと気持ち悪いって。呪いだって……」
晶の話は、何がなんだかまるでわからない。本人が必死すぎて、混乱しているんだろう。
ただこの子は〔浄化者〕の認定を受けて、間もないのかもしれない。
だからって自分の娘がここまで追い詰められてるのに、母親はなにやってるんだか。
僕は怒りをおぼえたけど、ここで冷静さをなくしても仕方がない。
「晶。もっとわかるように僕に教えて」
晶には勤めて冷静に装った。
「うん」
晶は僕にゆっくりと話し始めた。
晶は10歳。九流学園の小等部に通う4年生。
1年ほど前、この五色市にお父さんの仕事の都合で引っ越してきた。
引っ越してきてから、時折感じる「違和感」に悩まされるようになった。
総合病院に見せたところ、それは病気ではなく、〔浄化者〕かもしれない。と、言われ、検査を受け、〔D〕ランクの判定を受けたとたん、母親が急に自分に近寄らなくなったという。
それまでは優しかった母親が、晶が〔浄化者〕とわかってからは、「「あの子の呪い」だ、私は呪われている」とうわごとのように呟き、自分を気持ち悪がって、今では見ることもしてくれないのだそうだ。
僕のことは10日ほど前、晶が塾の帰りに、建物の隙間から出てきたのを見たらしい。
晶の表現だと、まるでここじゃないどこからか、急に現れたように見えたのだそうだ。
きっと〔浄化者〕だ!と、そのとき感じたらしく。でも、僕らはすぐに人ごみにまぎれて、見失ってしまったとのこと。
残念ながらというか、そのときの僕らは私服だった。
制服だったら、高等部とわかっただろうと思う。
尚哉も近くにいたけど、肌の色、髪の色なんかが自分と似ていて覚えていたらしい。
10日間もずっと僕を見つけるため、この広い街をこの子は探し回っていたんだ。
僕は簡潔に、晶に〔浄化者〕について教えた。
晶は〔浄化者〕のことをちゃんと知ってもらえれば、母親が気持ち悪がることをやめてくれるのではと、淡い期待を持っていたようだった。
晶のランクはただ〔幽霊〕みたいのが見えるだけで、なにも関係があるわけじゃない。
だから、ママには気持ち悪いことはないと、伝えるといいかもしれない。と言った。
「うん、そうしてみる」とだけ、晶は答えていた。
店を出ての別れ際、最後にひとつだけ、気になっていることを晶に聞いてみた。
「晶は肌が白くて綺麗だね。よく言われない?」
「それは神楽くんもでしょ?」
神楽くんって……。基本キャラがマセガキなんだ。この子。
「私、生まれつき「メラニン色素」がすごく薄い病気なの。
だから紫外線が強くなると、肌がやけど見たくなっちゃうから、すごく困る。
肌が白いからいいなんて、少しも思わない。それは神楽くんもなんじゃないの?」
「……そうだね。僕も困るよ。一緒だね」
「そうだと思った!!よかった、私と話が合う人がいて。また相談のってね!!」
「……わかったよ。気をつけてね」
軽く手を振って、晶はまるで友達と別れるように「またね」と笑うと、横断歩道を渡って
行った。
ほんとマセガキ。
でもあのときと「同じ感じ」がしたのは……。
まさか。と、思った。こんなことあるのかな?って。
あの子の髪の色や瞳の色は、薄いメラニン色素のせいであって、あれは本人そのもの。
僕は「かつら」だし。瞳はブラウンのカラーコンタクト。
僕は「素」そのもので、こんな外なんか歩けないけどね。
僕がよく熱を出す理由は、体の弱さにも原因はあるけど。
日中まともに外出も出来ない僕を見て、そのままでは〔浄化者〕としての活動も出来ないと判断した広哉兄さんが、〔永久水晶〕の力を〔浄化〕のときだけじゃなく、普段から「常に」力を使用する「常力化」を僕に教えてくれた。
広哉兄さんは尚哉の8歳上のお兄さん。そして今は、静岡の〔旧本部〕で働いてる
〔B+〕ランクの〔浄化者〕でもある人。
僕が〔神宮司家〕にお世話になる前、〔根源体〕に襲われて、尚哉のお母さんと妹さんが犠牲になったということがあった。
そのとき〔根源体〕との戦いで、広哉兄さんが左腕の肘から下を無くしたと言っていた。
今は特殊な方法で広哉兄さんの左腕は、ちゃんと綺麗に指まで復元出来ている。それは〔永久水晶〕の力を使用して、実現出来たらしい。でも1年に一度はメンテナンスをしないといけないと、言っていたけど。
僕の場合は体のケア。特に肌を光、紫外線から保護するようにしている。
髪の色とか、瞳の色とか、肌の色とか。そんなもの変化させられる芸当は出来ないけど。夏場、服だけで日焼けオイルをめちゃめちゃ塗らないでも、なにもしないでも外に出られるうれしさは、なにものにも代えがたいってやつで。
でも僕の場合はメンテナンスではなく、体への負担という形で、年に数回「熱」を出したり、体の不調となって現れてくる。
それでも、こうしてみんなと変わらず生活出来るうれしさに比べたら、なんともない。
でもそんな方法を使えるのは、〔能力発現者〕に限られるらしい。
晶にも使えたらいいのにな。女の子なら余計だと思う。
そのとき僕は、はっと気がついた。
スーパーの袋っ!!買い物したやつっ!!さっきの店に忘れた!!
「ほら。忘れ物」
へっ!?尚哉っ?
大きい人影が僕の前に立ちはだかったと思ったら、それはスーパーの袋を持った尚哉だった。
いつ見ても、所帯じみたかっこが似合わないよね。尚哉って。
「あ、ありがと」
って。尚哉、今までどこにいたの?という疑問にぶち当たった。
「あの女の子とお前がここら辺で会ったときからだよ。声をかけようと思ったんだけどな。あの女の子はお前に用事があったみたいだから……」
「……で?」
「気配を隠して、お前たちの席の近くで話を聞いていた」
えぇっ!!気がつかなかった。こんな大柄の男が。尚哉がそばにいて、気がつかないなんてっ!!!
ショックがやたらでかい僕だけど、この件は尚哉にあまり首を突っ込ませたくなかった。
「あの子もお前と同じようだな」
尚哉は、晶が去っていった横断歩道の先に、視線を移していた。
当然、もう晶の姿はない。
「畑中晶ちゃん……か」
尚哉は意味深な様子で晶の名前を繰り返した。
「……とにかく帰ろう。希空さんが帰ってくる前に、晩飯つくっちまおう」
「え、うん」
なにか言うのかと思っていた。でも尚哉はなにも言わなかった。
僕に好きにしていいって思っているのかな?それならありがたいけど。
僕に軽い方の袋を渡して、2リットルの水が2本入ってる袋は、しっかり尚哉が持って。
「尚哉。水重いでしょ?」と聞くと、「鍛え方が違う。お前と一緒にするな」だけ言葉が返ってきた。 それはいつものやりとり。
僕はどこかやりきれない気持ちを抱えて、尚哉の隣を歩いていた。