5.唇の記憶
このお話のジャンルは「SF」ではなく、「BL」なのかもしれません。
苦手な方はお気をつけください。
「……はぁ」
神楽の部屋。東の空からわずかに明るさを増し、日の出の時刻が間近であることを伝えている。
俺は神楽に気がつかれないように、疲労感からくるため息を小さくついた。
……なにがどうして、こうなったんだっけ?
くそっ。頭の中が真っ白だ。
倭さんと希空さんに、俺は神楽のことをどう思っているか。を話したんだが……。
どうして俺はこう疲れているんだ?どうして途中から記憶がないんだ?
なにを話したんだっけ?神楽を大事にしたいと思っていると、倭さんに話したとき
からおかしくなったような……。
ずっとそばにいる。これは、神楽と初めて出会ったときに話している「約束」だ。
いや、そうじゃない。倭さんの「神楽を「嫁」にしたくないのか?」だ……!!
「嫁」は違う。そういう意味じゃなく。でもずっとそばにいたいのは、生涯に渡って神楽を大事にしたいとは、そういう意味じゃないかと……倭さんが。
いや、だから。だから、神楽を誰にも渡したくない……。あぁぁ。そうじゃ……。
あーもうっ!!1人で俺はなにやってんだ!!
「……ん」
神楽のベット脇に座り込んでいた俺は、神楽が寝返りを打ち、仰向けになったことを確認した。そろそろ眠りが浅くなってきているのだろうな。
膝立ちになり、神楽の寝顔を久しぶりに見つめた。
安心しきった健やかな寝顔だ……。
出会った頃。夜、頻繁に起きては、1人で寝ることに不安を訴えていた。
俺と一緒に寝るようになってから、眉間にしわを寄せた寝顔から、少しずつ安堵の顔に変わっていったんだったな。
必ず「僕をぎゅっとして」と何度も繰り返していた。
だから俺は、神楽を抱いて寝ることが日課になっていた。
後からこいつに聞いたこと。
「お母さんに抱いてもらったことがないんだよ」
あの頃、もっといっぱいぎゅっとしてやればよかった。今でもそれは後悔している。
小学高学年になると、神楽の方から「1人で寝る」と言い出した。
「男同士が一緒に寝るのって、気持ち悪いよねぇ」
「兄弟なら構わないんじゃないか?別に、一緒の部屋に布団が別々なら、なにも問題はないだろ?」
「そうだね。それならおかしくないよね。今だに兄弟で同じ部屋を使ってるやつらもいることだし」
それまでずっと同じ布団で寝ていた俺たち。俺はなにも変に思わなかった。
体の弱い神楽が心配でならなかった。
体が密着していると、熱を出したときなどすぐにわかってやれたから。
俺はずっと神楽を束縛してきただけなんだろうな……。
神楽の唇にそっと触れた。俺の口元にも、暖かい柔らかい唇の感触が伝わってくる。
そして俺は顔を上げた。白い肌にピンク色の唇がかすかに動いた。
「ぎゅっとして……」
夢でも見ているのだろうか?
神楽の美しい紅い瞳がうっすらとまぶたから覗くと、うつろな視線のまま俺を見つけ、静かに微笑んだ。
「あぁ」
神楽のベットの中に潜り込み、細く折れてしまいそうな神楽の体を、自分に引き寄せた。
神楽も俺の胸元に頭をつけ、そのまま眠りについていた。
俺は久しぶりの神楽のぬくもりを感じながら、神楽を抱ける幸せに浸っていた。
わずかな間でもいい。
このぬくもりが俺のものであることを実感しながら、俺は神楽のベットの中で寝息をたてていた。
これで「序章」がやっとおしまいです。
次回から本題に入っていきます。