2.「好き」ということ
それから3日後。
いつもは1週間は続く熱は、奇跡的に3日で下がった。
やっぱ、体が調子いいと、心も軽いね。
僕にもあんなに心配してくれる人たちがいると、わかっただけでも、今の気持ちは充分に
前向き《ポジティブ》って感じになれた。
「おはようっ!!」
3日ぶりの学校。とにかくでかい元気な声で迎えてくれた女子が、のしのしと僕の方へと歩いてくる。
私立九流学園高等部、2-Aの教室。
朝から無駄に元気なこの女の子は、三橋鈴。クラスメイト。
どうしてか、やたら僕に絡んでくる。
「紫桃。インフルは、もういいの?3日じゃ、やばくない?みんなにうつす派?」
「なんだよ、それ!「うつす派」って?インフルじゃないよ。僕は元々病弱なの」
「また出た!人生、前向きに行こうよ!!」
おい、三橋。朝っぱらからどうしてお前に、僕の人生を説教されなきゃいけないんだよ。
「ねぇ。今日は〔バトラー〕は一緒じゃないの?」
って、すぐに話題を変えるのも三橋の特徴。ってか、女子これ多いよね。ついていけない。
で、バトラーって。これは、尚哉のあだ名。
瑠璃垣姫香の護衛筆頭の尚哉は、学校でも姫香の身の回りの世話をしている。
その姿が、とある漫画のキャラに似ているってことから、〔執事〕って呼ばれてる。
本人の前以外限定で。普段から、尚哉は近寄りがたい雰囲気をもってるからね。勇気を持って尚哉にそう言える奴何人いるんだろう?みんな怖いんだろうな。
あと、顔が整いすぎてるんだよね。あんまり綺麗過ぎると近寄りずらいっての?
だから尚哉本人の前で、冗談って感じで気さくに声をかけられないからだと思う。
それに姫香といるときの尚哉って、たたでさえ冗談通じなさそうに見えるしね。
まぁ、姫香は生まれながらのお嬢様だし。尚哉と一緒にいると、美少女のお嬢様に、美形の執事って見えるから。そんな2人が、四六時中ずっと一緒にいるし。
それも尚哉が馬鹿みたいに、大真面目に「あなたの犬です」オーラ出しまくりなんだよね。
今じゃ、みんななれたけど、しばらく色んな噂が出まくってたなぁ。
僕もウザいくらい周りに色々聞かれたし。
とかいう僕も姫香の護衛役ではあるので、どうしたって2人とはよく絡むから、仕方ないんだけど。
こうした三橋とのやりとりは、その頃からの名残。
「一度、聞こうと思ってたんだけどさ……」
僕によく絡んでくる三橋に、今日は思い切って、今まで言えなかった確信に近い疑問を聞いてみた。
「なに?」
「三橋は尚哉のこと好きなんでしょ?」
「ばっ……ばか言ってんじゃないわよぉ!!」
突然三橋の馬鹿が、僕の近くで大声をはりあげた。
うるせー。耳がキーンってなってる。クラスのみんなが驚いて、僕らを一斉に見てんじゃん。
「あんたばかでしょ?女子の気持ち、少しもわからないばかでしょっ!?」
三橋は一気に、僕への非難の言葉をまくし立てた。
あのね。僕も自分は馬鹿だと思うけど、そう「馬鹿」を連呼されると、いい加減キレるんだけど?
という思いは封印しつつ、はぁと小さいため息をついた。
「もういいっ!!」
えっ?と、驚いている僕を尻目に、三橋は顔を真っ赤に、目を潤ませてながら、僕の前から勢いよく去っていった。
って。なんか、僕が思いっきり悪者なんだけど?
超後味最悪なんだけど。
こんなとき、希空が思い浮かぶ。希空は僕の「お母さん」じゃなくて、理想の女性なのかも。
そこまで考えて、僕は顔をしかめて思考を止めた。
「マザコン」っていう言葉に行き着いたから。
「おはよう」
少し遅れて尚哉が教室に入ってきた。
「おはよ」
「なにかあったのか?暗いぞ、お前」
「んー。まぁ」
と、なんとなく、自分の席に機嫌悪く座る三橋に視線がいった。
クラスのみんなも、僕と三橋の間を気まずそうに見てる。
尚哉はそんな空気を敏感に感じ取ったみたい。
三橋は一回じっと僕らを睨むように見つめると、ぷいっと顔を横に向けた。
っうか、三橋のその態度。完全に僕を悪者にしてるよね?
「三橋か……。まぁ、ほっとけばいいんじゃないか?」
って、尚哉。たぶん、尚哉もすんごい関係してるんだけど?まぁ、本人は聞いてなかったしね。
「うん。そうするよ。で、姫香は今日も休み?」
「昨日まで休んでたお前が言うな。でも、その通りだ」
「で。尚哉は姫香のそばにいなくていいの?」
「あぁ」
尚哉は不機嫌そうに、短い返事を僕に返した。
尚哉が姫香のそばにじゃなく、学校に来てる理由。
たぶんそれは僕が心配だから。
今まで一週間は熱出して休んでいたから、3日で復帰出来たことが、まだ心配なんだと思う。
でも本当は、尚哉がここに学生としていること自体、おかしいことなんだよね。
別に留年とかしたわけじゃない。一度はちゃんと高校は卒業してるんだもん。
そこが僕が一番知りたいこと。
尚哉が歳を偽ってまでここにいるのは、姫香のためなのかな?!たぶん、そうだよね。
なのに、今日は姫香はお休みしてるんだよ。一緒にいなくていいの?
尚哉がここにいるのは……「僕のため」って考えていいのかな?
尚哉のそばにいると、ずっとそんなことばかり考えてる。
11年前、尚哉に出会ったときからずっと。
どうすればいいのかなんて、わかるはずもない。
だからずっと黙ってる。でも……最近すごく苦しいんだ、尚哉。
だって僕は尚哉が大好きだから……。