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14.未来のために

 「……きら……あ……きら。晶っ!!」

 母の声で、晶はゆっくりと目を開けた。

 そこは自分の部屋。心配した両親の顔。

 晶が目を覚まし、母親は安堵から涙を流し、父親ははぁ、と深いため息をついていた。

「あれ……私……」

 晶は意識ははっきりとしていなかったが、なんとかと記憶をたどってみた。

 父親に塾の遅刻のことについて怒られて、泣いたことまではおぼろげに覚えていた。

「無理して思い出さなくてもいいの。ちょっと、怖い夢を見ていただけだから」

 母親の優しい声に「うん」と、とにかく頷いた。


  往診に来た医者は、なにかの強いストレスからの回避行動として、夢遊病のような症状があらわれたのだろうと言っていた。

 晶は庭の物置で寝ているところを発見された。

 散々探したと考えていたが、娘が失踪したと気が動転していたのかもしれない。

 医者の言ったとおり、ここのところ、母親の態度の変化や父親に怒られたことなど、晶にとってストレスになる要因は思い当たっていた。

 夫婦は話し合い、今度は何事も話し合って解決することに決めた。



                  ★★★



 「紫桃……これでよかったの?」

 明日は終了式。

 窓から外を眺めてた僕に、三橋が話しかけてきた。

 三橋には全部知られちゃったけど、これはしかたない。

 それに三橋がいなかったら、晶は死んでいたかもしれないんだから。


 「うん。これ以上、巻き込むことは出来なかったし、晶の記憶を全部無くしたわけじゃない。

 僕への気持ちと、あの戦闘の記憶だけを消しただけだから。

 でなきゃ、三橋もそうだけど、高ランクになる可能性の、〔キャリア〕は一番危ないんだよ。

 特にこの五式市はね……。

 三橋はまだ自分の〔永久水晶〕が見つかってない。でも、晶はもう持ってるからね。

 あとは能力が本当に覚醒するのを待つだけの状態だ。

 僕らのやったことは、それを少し遅らせただけなんだよ」

「大変なんだね。紫桃たちもさ。でもいいの?

 あの子、妹なんでしょ?」

「うん……。でも勝海さんもそうだと思うけど、妹をこの戦闘に巻き込みたくないって思ってる。

 そうじゃないかな?」

「……兄貴のこと出されると辛いけど。

 それよりさ。紫桃のほんとの姿、初めて見たけどさ……」

 急に三橋の態度がしおらしくなった。なんか、調子狂うな。

「私は好きだな。綺麗だし……。元から紫桃のこと大好きだし。

 全然落ち込むことないと思うな」

「どさくさに紛れて、もしかしてコクった?」

 僕に言い返されて、三橋はかぁぁと耳まで真っ赤に染まってる。

 つくづく僕がこんなやつじゃなかったら、きっと三橋のこと好きになってたと思うんだ。

「……ごめん」

「わかってるわ。神宮寺くんが好きなんでしょ。

 その……男同士でも、その。女子にはそういうの好きな子たちいるしぃ」

「お前は腐女子かっ!!」

 一体なにが言いたいんだ、三橋っ。

「私は紫桃と神宮寺くんがそういう関係なら、仕方ないって思ってるだけよ。

 それでも、紫桃が好きなことは変わらないし、諦めるつもりもないし」

「……わかったよ。肝に銘じておく」

「なによぉ、その言い方っ」

 しばらく僕と三橋の漫才のような会話が続いた。

「三橋」

「なによ」

「本当にありがとうな」

 三橋はまた顔を赤らめて

「らしくないわよ」

 と、悪態をついていた。



                 ★★★



  俺はその日、学校を休んであるところに足を向けていた。

 総合病院の前。しばらく待っていると、その人は現れた。

「……あなたは?」

「俺は神宮寺尚哉といいます。畑中利恵さんですね……。

 あなたの息子さんだった、「辻瑛」くんのことでお話があって、お待ちしていました」

 利恵さんは驚きで、体が僅かに震えていた。


  総合病院とは道路を挟んで反対側にある、ファミリーレストランに入り、俺は利恵さんと向かい合っていた。

「いきなりで本当に驚かれたと思います。

 我々もまさか、あなたとそのご家族が、この五式市にいられたとは盲点でした」

「……私もあなた方にお話があったので丁度よかったです。

 で、あなた方のお話というのは?」

 さき程の振るえは消え、落ち着いた様子で利恵さんは俺に尋ねてきた。

「昨日あなたの娘、晶さんが失踪されたと大騒ぎになりましたよね?」

「……それが……。たしかに警察の方が、街中に放送で呼びかけてくださいましたが……」

 俺は肩の力を抜き、事実を話し始めた。

 神楽と晶ちゃんのこと、そして晶ちゃんが戦闘に巻き込まれたこと。そして晶ちゃんには神楽と同じように、高い確率で高ランクの〔浄化者〕になる可能性があることを。

 それを伝えられる範囲で話した。

 利恵さんは、信じられないような様子で、俺の話を聞いていた。


  「晶さんの記憶は少し改ざんをしています。

 あなたの息子さんの瑛くんとの記憶、そして昨日のことは覚えていないはずです。

 しかし同じ街にいれば、彼女の能力は覚醒し、瑛くんと出会うことになる。

 あなたも瑛くんのことを知り、瑛くんはあなたたちのことで、精神が不安定になる可能性があるんです。我々はそんな事態を避けたいと考えています。

 そしてなにより、あなたのお気持ちをもう一度確認しておきたい。

 11年前、あなたは瑛くんを手放された。

 そして我々には干渉しない、我々もあなた方には干渉しないと約束を交わした……」

「そ……そのことなんですがっ!!」

 利恵さんが俺の話を遮った。

「あなたの言うとおりです。娘の晶のことはわかりました。

 ここまでのご配慮を感謝いたします……。

 それに、私は息子……瑛のことは口を出せる立場ではない。そうなんですが……」

 利恵さんの体が再び、体が震え始めた。

 かなり動揺しているのだろう。

「……あの子に一度会わせていただけませんか?娘のことでお礼も言いたい。

 それに……」

「それに……なんです?私はあなたの母親ですと、いまさら名乗り出るおつもりですか?」

 俺の質問に、びくりと体が揺れた。

「11年前に俺もあの場にいました。正直、あなたの実の息子に対する態度はひどかった。

 時間の経過とともに、考えを改められたようですが、瑛くんとしては、きっといつまでもトラウマとして、あの場面は、心の奥底に残り続けているでしょう。それでも会いたいと?」

「……あ、そ……それは」

「今日、あなたにお伝えしたかったのは、あなたを攻めるわけではなく、あなた方にしていただきたいことがあってお待ちしていたんです」

「な、なんでしょう……」

 利恵さんの声が一段と小さくなっている。

 この人もまた、この11年という時間の中で、その傷に苦しんできたのだろうな。

「あなたの娘、晶さんは明日、学校の終了式を迎えます。

 そしてそのあと、北海道に移っていただきたいのです」

「は……あの、ちょっと待ってください」

 俺はコーヒーをひとくち飲んだ。口の中はからからだった。

 利恵さんは俺に怯えきっていた。

 それでもこれは俺が望んだこととして、やり遂げなければいけなかった。

「あなたのご主人、保さんは札幌のご出身でしたね。

 保さんのご両親も、今は八尾市にいられるが、元は札幌に住んでいられた。

 そしていずれは札幌に帰って、ラーメン屋を開かれることが夢なのではないですか?

 たしか、あちらでも物件を探していられたこともあるとお聞きしています」

「……なんでもお見通しなんですね……。その通りです。

 いつかは札幌で店を開きたいと。ですが、今は飲食店業界はけして楽ではなく、主人の店も業績が落ちてきていて、閉めなければならない店舗も出てきていると聞いています。

 それを今、追い出すように言われても……出来るわけが……」

「我々が、物件をご用意します。立地も最高の場所をご用意しましょう。

 ご主人の会社は、我々〔トモエグループ〕が、全面バックアップすることをお約束します。

 すでに本日、担当の者がご主人の会社に赴き、話を聞いていただいて、約束を取り付けています。

 あとは引越しの日取りを決めていただければ、あなた方の新居、晶さんの学校などすべての手配をいたしましょう……。というより、そうしてください。ということなんですが……」

「……そうやって……そうやって、なんでも取り上げて……。私の願いも叶えてはもらえない……」

「逆恨みもいいところではないですか?

 息子さんのお話を我々がしたとき、あのときのあなたは「どうぞ、お願いします。私では無理なので」とおっしゃったんですよ?

 それが今では、言葉は悪いが、「被害者面」っていうんですか?

 よくそんなことをのうのうと言えますねと、しか思えないですね」

 俺もまた、怯え、動揺するこの人に、よくそこまでのことを言えるものだと、罪悪感を感じていたが、口はどんどん言葉を紡ぎだした。

 利恵さんが俯き、反論も出来なくなって、ようやく止まることが出来たが、俺はこの人にどれほどの傷を与えたのだろうと思った。

 俯いた顔からはいくつもの涙の粒が、握りしめた両手の上に落ちていた。

「……ただ……」

 もう顔も上げることもかなわないこの人に、俺は会う前に用意していた一言を伝えようとしていた。

「きっと、瑛くんは……今の瑛くんなら、あなたに会ったら……こう言うはずです。

「生んでくれて、ありがとう」って……」

 利恵さんから嗚咽が漏れた。

 我慢してきたものが、堰を切って溢れ出た感じだった。

 俺はそれ以上、直視出来ずに

「あとのことは担当より、ご連絡いたします」

 とだけ言い残し、肩を震わせる利恵さんを1人残して、レジで2人分の会計を済ますと店を出た。

 店員が何事かと俺を見ていたが、俺は振り返ることも出来ずに、家への道を黙々と歩くだけだった。



  家までの道のりで、俺はあの日、神楽に「幸せになって」と笑顔で手を振った利恵さんに激怒し、車を降りた綾香さんを思い出していた。

 そして綾香さんは、利恵さんとその母親である時恵さんに、こう言っていた。

「生涯かけて悔やみやがれ。子供を失うってことをな」

 すごい台詞だと思った。子供を奪っていく俺たちに、そんなことを言えるとはとても思えなかったが……。

 綾香さんにはわかっていたのだろうな。こうなることが。

 そして俺もまた、あの人から神楽を奪っていく。

〔ミュトス〕に母さんとみつきを奪われ、そして神楽を手に入れて……。

 俺はこの先……この罪を償う日が訪れるのだろうか。

 そんなことを考えていた。







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