13.兄
廊下に出ると、希空、和、倭さんの姿があった。
同じように、姫香からの連絡を受けたらしい。
「……〔D〕ランクの〔浄化者〕の救出が先だが、〔ミュトス〕の気配が強くて、和でも追い切れない。ここは二手に分かれて、〔ミュトス〕の気配が強いところから向かうぞ」
倭さんは僕らの司令塔のような存在だ。
普段は最低な人だが、こういうときは的確な指示を出してくれる。
二手とは、僕と尚哉。希空さんと、和と、倭さん。という組み分けになる。
僕らは「家族」であり、こうして〔浄化〕をともにするひとつのチームでもある。
マンションを飛び出し、さき程の内容で左右に分かれた。
ここからは、僕より感覚の鋭い、尚哉が頼りになる。
「この先だ。どんどん〔ミュトス〕の気配が強くなってきている。急ぐぞっ!!」
「うんっ!!」
僕はこのとき、いつもは隠している、僕の素の姿だったことに気がついていたけど、
かつら被って、カラコンつけてなんてやってられなかった。
能力が発動しているときは、〔浄化者〕の身体能力は数倍にもなる。
だから100m5秒なんて夢の話じゃないんだ。
それだけじゃない。僕の「弱視」も、すっかり改善されている。
普通は「左右0.02」の視力の僕は、カラコンつけて、やっと「0.2」程度まで見えるようになるんだ。
そこに〔常力化〕のフォローで、「1.0」まで上げている。
でも、〔能力発現〕のときの僕は、そんなハンデはすべて消し飛んで、
戦う準備が出来上がっている。
それが〔浄化者〕ってやつなんだ。
★★★
晶は急に気分が悪くなった。
空気が悪いのか。外にいるのに、それは考えにくい。
とにかく嫌な気分だった。
胸の中がざわついて、さっきから心臓がばくばくしている。
いくつもの視線にさらされているような、妙な緊張感と恐怖感が入り混じり、自分でも表現することが出来なかった。
「……まさか。これが〔ミュトス〕を感じるってことなのかな?」
頭のてっぺんから、つま先の先まで、不安でいっぱいになる。
(神楽くん……神楽くん。神楽くん……)
まるで呪文のように、心の中で神楽の名前を呼び続けた。
「晶ちゃん、今「ミュトス」って言ったの?」
鈴が尋ねた。
「は、はい」
「そうかぁ。晶ちゃん、〔浄化者〕だったのね。実はね。私の兄貴も〔浄化者〕なんだ……」
「えっ、じゃぁ、三橋さんも?」
「ううん。私は凡人。だけどさ……この気分の悪さは異常よね」
鈴は冷たい汗が頬を流れ落ちるのを感じながら、晶同様、周辺の変化を敏感に感じ取っていた。
「……逃げるわよ」
「えっ?」
鈴がぐいっと晶の手を引っ張った。
刹那。晶は自分の背中に、強い衝撃を感じた。
リュックが目に見えないものに切られ、千切れた衣服が道路に散乱した。
が、鈴はそれに目もくれることなく、必死に晶の手を引いて駆け出した。
目的の場所があるわけじゃない。
ただ、気配の薄い方へと、自分の勘を頼りに走っていた。
今度は晶を手繰り寄せ、強く抱きしめると、思いっきり屈んだ。
派手な音が響き、背後のブロック塀の一部が崩れ飛んだ。
その破片を避けるように、鈴は晶を抱え、道路の反対側へと走り出す。
「こっちだ、三橋っ!!」
鈴と晶の視線の先に、見たこともない神楽が立っていた。
★★★
「紫桃っ!!」
三橋が晶を僕にパスし、自分も僕の背後に回りこんだ。
ここで尚哉が〔境〕を〔発現〕させる。
「……なに、ここっ?!」
三橋が、周りの急な変化に、忙しく辺りを見回した。ってか、なんでお前が
入ってるっ!?
「ここってどこなの?」
って、晶までっ!!?
〔境〕には、〔B〕ランク以上の〔浄化者〕じゃないと入り込めないのに。
と、いうことはこの2人って?そういうことなのか?!
「神楽」
「うん、わかってる」
このときの僕は、すでにトランス状態だった。
尚哉に晶と三橋を任せて、目の前の〔ミュトス〕に神経を集中させている。
〔根源体〕は3体。三橋のやつ。よくこんなやつらに囲まれて、晶を抱えて逃げてたな。
「なに……なに、あれ?」
三橋がうわ言のように、はじめて見る〔根源体〕を前に呆然としていた。
「勝海さんから聞いてないか?あれが、俺たちが戦ってる相手だ。
〔ミュトス〕の中でも、〔根源体〕と言って、人を襲う厄介なやつだ。
でも、お前。晶ちゃんを連れて、よく逃げ延びたな。ありがとう……」
尚哉に優しく言われて、ここで三橋のやつ。瞳が潤んでた。
それは怖かったよな。すぐに来られなくて、可哀想なことをしちゃったな。
「神楽くん……」
晶が不安そうな顔をして、尚哉と三橋が話している間も、僕の方をじっと見てた。
「大丈夫だ、晶ちゃん。あいつは強いから……」
「……でも……」
「よく見ておくんだ、晶ちゃん。これが俺たちの戦いなんだよ」
尚哉の真剣な顔に、晶はぎゅっと両手を握り締めて俯いた。
〔根源体〕が繰り出す、枝のような触手を避けながら、僕は12本の〔永久水晶〕を飛ばし、自分の防御を無視してすべての水晶を攻撃に向け、〔根源体〕の体に食い込ませた。
-アゥウっ!!-
苦しがっているが、致命傷までにはいたっていない。
「……ちっ」
黒い体にゴムのような柔らかい体。
青虫を縦にしたような感じの姿。僕、青虫苦手なんだけどさ。こういうときは別だけど。
見た目は見慣れている〔根源体〕には変わらないのに、〔浄化〕に対する耐久性ってやつが増しているように感じた。
敵は全部で3体。少し厄介なやつらかもしれない。
僕は水晶への〔浄化力〕を増し、矢のように形状を変化させる。
操るスピードもあげ、思いっきり〔根源体〕に叩き込む方法をとった。
四方から、3体の〔根源体〕に向け、矢を放った。が。
「はずれたっ!?」
こんなことは初めてだった。
3体とも数本は体に受けたが、半分以上は伸縮性の体の特性を活かして避けていた。
ってか、まじかよっ!!
〔浄化力〕を上げたにも関わらず、何本かは体に受けているはずなのに、消滅しないなんてっ!!
「神楽っ!!」
3体の〔根源体〕に、いつの間にか地面から生えた、大小さまざまな大きさの鋭く黒い太い針のような〔影〕が、何本も突き刺さり、動きを止めていた。
これは尚哉の能力、〔影向〕。
そのおかげで、僕は一旦〔根源体〕の攻撃から逃げることが出来た。
「……神楽、こいつらおかしいぞ……」
「あぁ、僕もそう思うよ。これだけやっても〔浄化〕出来ないなんて……」
僕らは〔根源体〕の様子に疑問を持ち始めた。
〔浄化〕に対して、異常な耐久性を示しすぎてる。
「……まさか、本体が他にいるとでも言うのか?」
尚哉の焦りが増している。
でも、ここは尚哉の作り出した〔磐境〕。尚哉でも感知出来ないなんて、どんな敵なんだよ。
-アアアゥゥゥウっ!!-
〔根源体〕が暴れだした。尚哉の作り出した針さえも、ぴきぴきと音を立てて亀裂が入り始めてる。
パンパンパンパンと銃声が響いた。
これはっ!!
〔境〕の中に、倭さんと勝海さんが現れた。
「倭さんっ!!勝海さんっ!!」
「あ、兄貴っ!!」
「間に合ったみたいだね……よかったって、なんでお前がいるんだよ、鈴っ!!」
相変わらずボケてるのか、そうじゃないのか、勝海さんの対応が面白い。と、やっている場合じゃない。
「兄貴、遅いっ!!」
「悪かったっ!!」
三橋の突っ込みに、勝海さんが勢いよく詫びた。
この人は小林勝海さん。倭さんのパートナーであり、三橋鈴のお兄さん。
苗字が違うのは、ご両親が離婚してるから。だそうで。
で、この場合、不可抗力だと思うぞ三橋。
でも勝海さんが合流してくれたのは、本当に心強い。
「尚哉、もう少し〔影向〕の強度を強く出来るか?」
「はい、出来ますが……」
倭さんが真剣な面持ちで、尚哉に尋ねてる。
「こいつは本体が別にいる。その本体を希空さんと和が、叩いてるはずだ。
僕たちはこいつらの足止めをする。本体が消滅するまで乗り切るぞ……。
お前の力は僕がフォローする」
「そういうことなら……」
尚哉の同意を受けて、倭さんは僕と勝海さんを見た。
「神楽、勝海と協力して、あいつらの気を逸らせてくれ。全力じゃなくていい。
これ以上暴れさせなければかまわない」
「了解っ!!」
「わかったっ!!」
白く細い無数の糸が、黒い針に何重にも巻き付いていく。
それを見ながら、勝海さんが銃で〔根源体〕を威嚇し、僕が矢をあいつらの体に命中させていった。
「……やばい。すごいかっこいいんだけど……」
三橋が頬を染めて、興奮した様子でつぶやいた。
「……これが〔浄化者〕……」
晶が呆然としていた。三橋のようにかっこいいなんて、考えないでほしいけど。
しばらくして明らかに、〔根源体〕の動きが鈍ってきていた。
それ以上に、僕らの疲労も増していた。
「こいつら根性あるなぁ……」
勝海さんが疲れた様子で言葉を吐き出した。
「まだ大丈夫か、神楽くん?」
「大丈夫っす。まだまだいけるっす」
「こっちもいい根性だ。もうひと頑張りいくぞっ!!」
こういう勝海さんの態度、僕は好きだなぁなんて、悠長に言ってられる余裕は、僕にも、勝海さんにもなかった。
尚哉も倭さんも、僕ら以上に疲れながら〔根源体〕の動きを止めている。
それにしても、こいつらのタフさ、半端ないんですけどっ!!
「神楽っ!!後ろっ!!!」
尚哉が叫んだ。僕の後ろから新たな〔根源体〕がいることに、すぐ気がつけなかった。
間髪、勝海さんが銃で攻撃を加えてくれたおかげで、僕はそいつの攻撃か身をかわす事が出来た。
「……ありがとうございますっ!!」
「いやいや。ってか、新手かぁ……」
うんざりした様子で勝海さんが言った。
新手は2体。この3体だけでも、4人のランク〔A+〕の男どもで精一杯なのにさ。
刹那。横一線、光が走ったように見えた。
瞬きする間もなく、新手2体の〔根源体〕は消滅した。
そこには光の剣を携えた、傷だらけの希空と和が立っていた。
「希空、和っ……お前っ!!」
倭さんが普段のキャラ忘れて、希空と和に駆け寄った。
「遅れてごめんなさい。本体のやつ、地中深く根を張っててね。それと格闘してたらこんなに遅くなっちゃって……。それに、ここにくるまでにも何体かと会っちゃって……」
まるで待ち合わせに遅れたような感覚で、希空は笑顔で話しているけど、体中は僕ら以上に擦り傷だらけになっていた。
「こいつら、地中で繋がっていたの。本体は切り離したけど、まだエネルギーが残っているかも。
だけどそれも長くはもたないと思う……」
そういうこと。希空が教えてくれた情報で納得が出来た。
先が見えたのなら、もう少し頑張れる。
「希空、和。あとで治療するから。今は休んでてくれ」
倭さんが2人に優しく言うと、大量の糸を発生させて、〔根源体〕に巻きつけた。
「勝海、神楽、尚哉。残りの力、思う存分叩き込めっ」
あ、倭さんが怒ってる。
「あとはみんなに任せて、ここで待とうか」
希空が三橋と晶に笑顔で話しかけた。
「千歳さん……和ちゃん、あの、怪我……」
三橋が心配してる。たしかに擦り傷だけじゃない。ざっくりと切れた深い傷だってある。
服もあちこち血で汚れていた。
和は希空が守ったのだろう。あまり希空さんほど傷の数はなかったけど。
「大丈夫、大丈夫。こんなこといつもだし……」
晶が希空の姿を見て、がたがたと震えていた。
こんな戦闘を目の当たりにして。希空の傷を見て。
〔浄化者〕という存在がどれだけ怖いものなのかと、ようやく実感出来たんだと思う。
希空がにっこりと笑って、晶に手を伸ばした。
晶は一瞬、ぎゅっと目を瞑り……希空の手が顔に触れる寸前。ふらりと体が前のめりになり、そのまま希空に向かって倒れこんだ。
「千歳さん……なにを?」
晶を抱く希空に、三橋が声をかけた。
「ここに来る途中、街中のスピーカーで、警察が「畑中晶」ちゃんを探す放送を流してた。神楽会いたさに家を抜け出して、ご両親が気がついたんだと思う。
このままだと、大騒ぎになりかねないから……」
「……どうするんですか?」
と、三橋が希空に訊き返したとき、3体の〔根源体〕が消滅した。
「晶ちゃんのこれからを考えるなら……」
希空はそう言いかけて、僕の背中をじっと見つめていた。