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12.母の想い

 「あれ?」

 三橋鈴は学校帰りに友人と遊んだあと、夜11時台の電車で帰宅した。

 母親には連絡をし、そのとき頼まれた買い物を駅前のコンビニで済ませ、家に向かっていた。


  何の気なしに、反対の歩道に目をやった。

 ほとんど人気のない時間帯。こんな時間に小学生ぐらいの女の子が、大きなリュックを背負い、とぼとぼと歩いているのが見えた。

 よく見ると、いつも校門で待っていた神楽の親戚という女の子だった。

 名前はたしか「畑中晶」ちゃんだったかな。

 こんな遅い時間、1人でいることもおかしいと思った。


  鈴は車のほとんど通らない車道を横切り、反対の歩道に渡った。

「晶ちゃんっ!!」

 間髪入れず声をかけた。

 晶はびくりとひどく怯えた様子で、振り返った。

「どうしたの?こんな時間に1人で?」

「……大丈夫です。急ぎの用事で、神楽くんの家に行くだけなんで……」

 はっ、相変わらず口の達者なガキだこと。

 鈴は一瞬ムカつきで顔を歪めそうになったが、そこは抑えた。

「そう?まるで家出のような荷物なんだけど?」

 鈴の突っ込みに、晶は再び、びくっと体を振るわせた。

 こんなところはさすがに小学生か。


  鈴の兄は東京で警察官として働いている。

 そんな兄譲りの洞察力で?晶のことを見抜くと、鈴は急にこの女の子が可愛く思えた。

「よければ話し聞くけど……。それとも紫桃のところに連絡とろうか?

 来てもらえば早くない?」

 一瞬晶に戸惑いの様子が見えたが、ふるふると首を大きく左右に振った。

「駄目です。大丈夫です。ありがとうございますっ!!」

 どう転んでも「家出」だな、こりゃ。

 しかも紫桃に怒られることがわかってるから、連絡取られることを嫌がってる。

 ここまで考えが纏まると、鈴は晶に笑いかけた。

「んじゃ、一緒に紫桃ん家に行きましょ。

 そっちの方が私も安心だし。あなたは迷惑だろうけど、こんな時間に子供が1人よりはいいんじゃない?」

「お姉さんも子供でしょ?」

 あー。本当にこのガキは……。

 鈴は諦めの境地で、鈴の隣に陣取ると

「あなたよりは大きいわよ」と笑顔で言い返した。



                   ★★★


 

  利恵りえは夫との会話を終え、ひとりキッチンで洗物をしていた。

 今、夫のたもつはバスルームにいる。

 あまり機嫌は良いとは言えない。

 自分の晶への態度から、晶が精神的に不安定になり、塾も遅刻しているのではないか思っているからだ。


  自分でもよくわからない。

 でも、恐ろしかった。ただ怖かったのだ。

「またあの子のようになるのではないか?」と。

 忘れろと言われた。戸籍も剥奪された。

 この世にはいないことにされたわが子「あきら」。

 生きていれば、もう17歳になるのか……。


  お湯が蛇口から出たままになったことも構わず、利恵は自分の考えに浸っていた。

 はっと我に返り、慌てて食器をお湯に潜らせた。


「瑛」をわが子というのは、罪なのだろう。

 あの「組織」の申し出にしたがい、ほいほいと差し出したのは自分と母なのだ。

 あのままでは、「瑛」が自分の下で幸せになれるとは、あの当時は到底思えなかった。

 あれでいいと思い込んでいた。


  数年たち、今の夫、保に出会い。

 母から離れるようになると、だんだん自分が見えてくるようになった。

 己がどのような罪を犯したのかも。


  夫には話していない。

 けして口外することがないよう、「組織」からも厳重に言われている。

 それでも話したら、何かが変わったのだろうか?


  結婚し、子供が生まれた。

 男の子でも女の子でも、「晶」という名前をつけることは決めていた。

 生きているかわからない。でも、手元で育てることが出来なかった罪を少しでも償うことが出来るなら。そう思っていた。

 そして産まれた晶は、「瑛」と同じ、「先天性色素欠乏症アルビノ」だと医者に言われた。

「罰」だと思った。

 それを子供たちに負わせてしまった。と。


  母、時恵とは、夫との結婚の際、縁を切っていた。

 夫に借金を申し込み、そうとうな額を手にしてはパチンコにつぎ込んでいた。

「瑛」を「組織」に差し出した見返りに、数千万という金を受け取った。

 が、母はその金をすでに使い切っていた。

「縁を切る」と時恵に申し入れたとき、「勝手にしろ」と冷淡に吐き捨てられた。

 が、金が底をつくと、家に押しかけてくるようになった。


  時恵にわからぬよう、引越しを2度ほど済ませると、もう来ることはなくなった。

 3年前、そんな母も亡くなり、葬儀だけはひっそりと行った。


  因果は消えたように感じた。

 でも、終わってはいなかった。

 晶が〔浄化者〕だとわかったのだ。

 もう、なにが因果の元なのかわからなかった。自分なのか?自分がいるからそうなってしまうのか?自分が晶に近づかないことが、最良の方法なのか?

 自問自答は結局、答えにたどり着けず、晶に不安を与えるだけの結果となり、以前のように接することに今は落ち着いている。


  もしも、今。あの子に……「瑛」に会えたのなら……。

 ひどく恨んでいるだろう。でも。許してもらえるなら。

 また一緒に暮らせないだろうか……。金は「組織」に返して、あの子を取り戻して、4人で暮らせないだろうか。

 夫に話してみようか。こんなことがあったのだと告白したら、あの人はどう思うだろう?

 ひどい女だと思うだろうか。それでも……。

 私は誰かに「懺悔」をしたいのかもしれない。

 本当は、それはあの子にしなければいかないことなのに……。


 「おいっ!!利恵っ!!!」

 夫の慌てた声が廊下から聞こえた。

「どうしたの?」

 利恵はキッチンから廊下に飛び出した。

「晶が部屋にいないっ!!」

 狼狽した夫、保の姿に、利恵はただ呆然とその場に立ち尽くしていた。



                   ★★★



  部屋にいても落ち着かない。

 どうしてだろう。晶のことが頭から離れない。

 尚哉はさっきから携帯をいじっていて、僕とは話もしない。

 と、僕がじっと見つめていると、尚哉が呆れたように微笑んで僕の方を見た。

「そんなに見つめられると、俺に穴が開くかもしれないぞ」

「大丈夫だよ。尚哉はいいがたいしてるから」

「なんだよ、それ……」

 尚哉が僕を抱きしめてくれた。

 僕はされるままになっていた。それがすごく心地よくて……。


  僕の携帯のバイブ、尚哉の携帯のメールの着信音が同時になった。

 送信元は姫香。こんな時間に、たぶんいい内容ではないはずだ。

 胸騒ぎがする。


 <Dランクの浄化者が1人で活動を始めています。

 至急、助けに向かってください。複数の〔ミュトス〕の気配も感じています。

 場所は……>


 「このすぐ近くじゃないかっ!!」

 尚哉が言った。

〔D〕ランクって……まさか。


 次の瞬間、僕と尚哉は部屋を飛び出した。


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