10.想いの行き先
なにから始めていいかわからない……。
「いつも通りでいいんじゃないか?」
意外と尚哉が落ち着いていたことに驚いた。
もっと嫌がるかと思ってた。
「よくよく」なんて考えなくても、僕たちは「男同士」なんだよね。
だからずっと悩んでいたのに……。
「彼氏の俺から、ひとつやっておきたいことがあるんだ……」
ものすごい緊張する。
今ここは、僕の部屋。
希空と和はまだ帰って来ていない。
倭さんもまだ打ち合わせが終わらないのか、帰ってこない。
「晶ちゃんのことなんだが……」
「……晶がどうしたの?なんかあったの?」
「違う。もう少しで冬休みだろ?ずっと校門前で待たせているのも可哀想だ」
「……うん。そうだね」
「一度、ゆっくり話を訊いてみたらどうだろう?
晶ちゃんがお前のことを好きなのはわかってる。でもおそらくそれ以上のなにかが、あるのかもしれない。そう感じるんだ……」
尚哉はすごい。僕はずっと、自分のことしか考えていなかった。
それで精一杯だったと言うのに。
「俺としても、そういうライバルは少しでも減らしておきたいからな……」
はっ?今さりげなく、なんかすごいこと言った?
「これでも俺は嫉妬してるんだぜ?お前、知ってたか?」
はれ?すごく顔が熱いんですけど。
僕が茹蛸を超えてんじゃない?ってくらい真っ赤な顔をしていると、尚哉は僕の額に自分の唇を
押し付けた。
「まぁ、少しずつな……」
そう言った尚哉のぎこちない笑みを浮かべた顔も、頬が少し赤味を帯びていた。
僕は尚哉と話し合い、晶にメールを送った。
<明日、リリアガーデンのマックで会いませんか?4時ごろに待ってます>
すぐに晶から返事があった。
<敬語はいらないよ。私の方が早いと思うから、先に待ってるね>
この返事に尚哉が爆笑した。
「案外、いいコンビかもしれないな、お前たち」だって。
誰だよっ!!さっき「嫉妬してるんだぜ」とかほざいたやつはっ!!
今日は月曜日。
たしかにあと3~4日もすればどこの学校も冬休みだったね。すっかり忘れてた。
24日だけはしっかりと記憶してるのに。
その日はうちの学校の終了式だろっての。
学校帰りにリリアガーデンの近くで、僕は尚哉と別れ1人でマックに向かった。
尚哉が一緒だと緊張するだろうからと、前と同じ方法で尚哉が近い席で僕らの話を聞くという
形にした。
「神楽くんっ!!」
晶が嬉しそうに奥の席から手を振った。
何事かと周りのお客さんが、僕らのことをじろじろ見ている。
なんだか満足そうに、晶はにこにこしていた。
「ごめん。待たせちゃったね」
「ううん。たいしたことないよ」
彼氏と彼女の会話かっての。
僕はホットコーヒーを頼むと、晶のいる席に急いだ。
僕が席に行く途中、尚哉が斜め後ろの席から、僕にアイコンタクトを送ってきた。
尚哉を一瞥して、僕は席に座った。
「……ごめんね神楽くん。まだ、ママには話してないの」
話を始めたのは晶の方だった。
「そうじゃないかって思ってたよ。まだ、ママは晶のこと無視してるの?」
僕の質問に、晶は首をわずかに左右に振った。
「パパがね。おとといママをすごい怒ったの……。初めてママをぶった所を見た……。
パパはいつもすごく優しいのに。それからママは前のように戻ったんだ」
そんなことがあったのか。
「パパとママはまだけんかしてる?」
「ううん、大丈夫みたい」
たしか調査書でも夫婦仲は良好と書いてあったっけ。
やり方は問題あったかもしれないけど、とにかくよかったってことかな。
「で、あのね、神楽くんっ!!」
僕が言い出そうとする前に、晶が僕をじっと見つめた。
「ど、どうした?」
「じょ、浄化者の……浄化の仕方を教えてほしいのっ!!」
おいおいおいおいおいっ!!そうくるかっ!?
「だ……だめだよ、それは。〔D〕ランクは浄化能力は低いんだから。危ないよ!!」
「わかってる。でも……私を調べてくれた人が、私はもっと力を伸ばせるかもしれないって。
そういう可能性があるって教えてくれたの」
ずきんと僕の胸の奥底で、なにかが痛んだ。
晶は僕の……。血のつながりはその可能性を秘めている。
でも、利恵さんがもっとも恐れたことは「それ」じゃないのか?
「晶」って名前の意味。そういう意味じゃないのか?
そう思いたいんだ……。もう二度と自分の子供とは別れたくない。やり直したいって。
僕の妄想だとしても。
とん、と僕の肩を叩いた人がいた。
「倭さん……」
倭さんが、僕の前に笑顔で立っていた。
その後ろで、尚哉が立ち上がって僕たちの方へ来ようとしていたのが見えた。
「こんにちわ。僕は神楽の兄の倭っていいます。
いやぁ。こんなお嬢さんと……。お前、ロリコンだったのか?」
「違うわっ!!」
晶がびっくりしてるだろうがっ!!
「畑中晶さん……だったね」
「は、はい」
倭さんは僕から離れることなく、僕のとなり。晶からは向かいの席に座った。
「担当官から報告は受けてる。
僕はこの「五式市」の「浄化者」たちのリーダーをやっててね。
新しい「浄化者」の君に、いろいろ伝える立場の人間。「先生」って感じのやつなんだよ」
な、なに言っているの。この人。
晶はすっかり固まってしまい、倭さんを見ることも出来ず、ずっと下を向いていた。
「この「五式市」は、君も担当官から聞いてると思うけど、「ミュトス」という相手が日本で1番
出現する街でね。年間に約2~3人ほどが亡くなるほど、戦いが激しいところでもある」
この話に晶がびくりとした。
「倭さんっ……」
僕は倭さんに話をやめるよう言いかけて、倭さんは僕を横目でちらりと見た。
そして、さりげなく僕のコーヒーを飲んでいた。
「晶ちゃんのように、戦う意志を示してくれるのは本当にありがたい。
少し時間はかかるが、じっくり訓練を受けてもらったあと、実戦ということになるだろう。
本当はね。今から君のお父さんとお母さんに、その許可をもらいに行くところだったんだ。
ここはいつも「浄化者」が不足してる。1人でも多くの人員が必要なんだよ。
いつ戦いで死ぬかわからないところだから。
神楽もその決意で、戦いに望んでもらってる」
晶がかたかたと震えていた。
「倭さん。言いすぎだよっ!!」
「本当のことを言ったまでだ。間違いじゃないだろう?」
倭さんの視線が、怖いほど本気だった。この人、ガチでよくわからない。
「あ……あの。少し待ってください……。少し考えさせてほしいんです」
きっとこれが晶の精一杯の「答え」だったんだろう。
「それはかまわないけど……。今更「やっぱり怖くて出来ません。私は神楽くんが好きで近くにいたかっただけでした」なんて言い訳は通用しない世界だよ」
晶の目に涙が溜まっていく。
小学生相手になにやってんだ、このおっさんっ!!
僕が怒り任せに、いいかげんにしろと叫ぼうとしたときだった。
「ごめんなさいっ!!」
と、晶が僕に頭を下げた。
「……神楽くんが、そんな思いをしてまで戦ってるなんて、思ってもいなかったの。
私……パパとママから離れたくないよ……」
堰を切ったように、晶から涙が溢れ出した。
もう……僕から倭さんへの怒りもなにもかもが、その瞬間に消え失せていた。
「謝るのは、僕の方だよ。ごめんね……怖い思いさせて……」
無意識に。僕は、晶の頭に手をのせていた。
いつか、希空が僕にやってくれたように。
「でも、倭さんが話したことは本当だよ。僕は君を戦いに巻き込みたくないんだ。
わかってほしい……」
晶は「うん」と小声で頷いた。
「……もう会えないけど。ごめんね」
この言葉にはしばらく沈黙があって。「うん」と、晶は頷いた。
「余計なことしたね……」
倭さんが、晶が渡りきり、見えなくなった横断歩道を見つめながら呟いた。
「嫌な役……やってもらったんだよね」
「僕がやってなきゃ、尚哉はやってたよ。きっとね」
僕の後ろに立つ尚哉が、「そんなことないですよ」と言っていた。
「で、僕はこれから買い物してから、〔プチ・クルール〕へ行くけど。君たちは?」
倭さんは笑顔で僕らに尋ねた。
「買い物って。クリスマスプレゼント?」
「だよ。ほかにあるの?」
この人、いつもストレート。でも、和よりはるかに腹立たしい。
「夕飯の買い物はどうするんです?俺たちでいいですか?」
尚哉が倭さんに淡々と話した。
「うん。僕は神楽が作らなきゃそれでいいよ」
「なんだよ、その言い方っ!!」
僕は、さすがにこれには切れた。
「言い方もなにも。お前が作ると、世にも不思議な「ロシアンルーレット闇なべ」が出来上がる。
それはぜひとも避けたいからさ」
「ムカつくっ!!絶対ムカつくっ!!このおっさんっ!!絶対今日は僕が作ってやるっ!!」
「じゃ、尚哉と2人で食べなさい。僕は希空さんと和の3人で外でなんか食べるから」
反撃する前に、「それじゃね」と倭さんはリリアガーデンの建物の中へ入っていった。
「ゆるさんっ!!」
僕が爆発寸前の火山のようになっていると、ぽんと、尚哉が僕の頭に手をのせた。
「俺がうまいものつくってやるよ。そこら辺の店よりは自信がある」
そう。尚哉の料理は絶品で、特に日本食へのこだわりはマジ「プロ級」ってくらいの味なんだよね。
でもさ。たまには僕が作りたいなぁと。
そんなことを伝えると、
「……「ロシアンルーレット闇なべ」はひどいが、「普通にまずい」程度まで上達したらな」
「ちょっと待てっ!!尚哉、お前もかっ!!」
僕らも倭さんのあとを追うように、リリアガーデンの中に入っていった。
尚哉に文句言いながら、さっき、僕の頭にのせた、尚哉の手の感覚がまだ残っていることに気がついた。
そして、ふと思ったんだ。
晶の中にも、さっき僕がのせた手の感覚が残っていてくれたら……いいなって。