8.告白 前日
「好きだ」
「好き……」
「愛してるよ」
「愛してます」
「I LOVE YOU~」
変態かっ、僕はっ!!
鏡の前で、なーに告白時の演技やってんの、僕っ!!
ここまで自分がおかしいとは思わなかった……。
あぁぁ。ストレスたまってる……。外に出るのが怖い……。
まさか晶のやつ。ここまで僕に執着するなんて思ってなかった。
2日間、校門の前で待ち伏せされるとは思わなかった。
高等部の学校前に、小学生。こんなご時世だもの。なにがあるかわからない。
今日はきつく言ったけど、聞いた振りして僕の顔みて、ニコニコしてたしなぁ。
すぐに帰ったけど……。メールは一度もくれないまま。
またお母さんのことは詳しく聞けないままだったし。
そんで三橋もいたし。
いっそ、この家につれてきて……ってそれはだめっ!!
「神楽……鏡の前で、なにやってるの?」
うっわぁっ!!希空に見られたっ!!
リビングでコーヒー飲みながら、希空と色々話してみた。
「晶ちゃんかぁ。尚哉くんからそれとなく聞いてたけど。
たしかにここで預かるというのは、最終手段ってことにしておいた方がいいかもね」
「う……ん。昨日から三橋のやつもおかしいっていうのに……」
「もしかして……少し勝気そうな顔をした女の子のこと?」
えっ……希空が言ってるのって。
「うん。短い髪の……」と僕がここまで言いかける。
「店に何度か来た事ある子だと思ったけど。昨日と今日も見かけたから……もしかしてって思ったんだ。あの娘が「三橋さん」ね」
サーイーアークぅ。三橋が〔プチ・クルール〕を知ってるぅ。
「と、言うことは、三橋さんは神楽のこと大好きってことかぁ」
「……待ってよっ!!それはないっ!!」
「でも、尚哉くんのこと好きというより、神楽のことを好きだってということだと、この行動の辻褄が合うよ」
あー。希空が探偵のようになってる。それも暴いて欲しくない事件を暴いてる感じ。
「……うわぁ。たまんねぇ。和にもそんなこと言われたし」
「人気者だね、と言いたいとこだけど。
あんまりしつこくするのも、されるのも、お互い、いい結果にはならないだろうから。
お店の方に来たら、あたしが何とか言っとくから。
神楽は少し、尚哉くんと行動してた方がいいと思うよ」
「あんまり希空に迷惑かけたくないな。尚哉も姫香のことがあるし」
僕が顔をしかめると、希空はリビングのテーブルを隔てて、僕と反対側に座っていた椅子から立ち上がって、僕の頭に手をのせた。
「家族なんだもん。迷惑なんていっぱいかけてほしいな……」
だから。僕が泣くって、希空。
「一度言おうと思ってたんだけどさ。そんなこと言っていると、僕は希空を異性として好きになっちゃうでしょ?たださえ、希空のこと理想の女性って思ってるのに……」
きょとんとした表情で僕を見る希空。僕のこと、スルーしてたって顔だよね。
たしかにこんな童顔男から言われたくないだろうけど。
「……うれしいなぁ」
希空の笑顔で、みるみる僕の顔が真っ赤に茹で上がっていく。
「でもね……」
あ。ここまで盛り上げて、オチってやつっすか。
「神楽は尚哉くんとあたしを比べて、どちらが好きなの?」
そうきたか。やばい、なにも考えられない。僕は完全に、フリーズした。
どっちって、そんなの……。
「さっき鏡の前で練習してた告白の相手。誰かな?」
きゃぁぁぁぁぁっ!!!完全に見られてたぁぁぁっ!!!
「でも、少しでも迷ってくれたのなら、あたしは感激だなぁ」
僕はその言葉を聞いて、今度、「仮想希空」で鏡の前で練習しようかと本気で考えた。
かなりの浮気者かもしれないな、僕。
「神楽。24日忘れないでね」
例のクリスマスパーティーのことを、希空は僕に確認してきた。
おととい和がみんなを呼んでやりたいと言い出したやつ。
和にしては、そんなこと言い出すのはすごい進歩。
ここでみんなで暮らしだしてから、とってもいい感じでまとまってきている。
「忘れるわけないでしょ!楽しみにしてるんだから!」
「うんっ!!呼びたい人、もし前もってわかるなら教えて。料理頑張るから」
「またぁ。みんなでつくろうよ!!和も楽しみにしてるから」
ささやかな楽しみ。でも、今の僕にとって、こんなに楽しみなことはないよ。
頑張ろうね、希空。そのとき、僕は尚哉ともっと仲良くなっていたいな。
希空と話したお陰で、少し気晴らしが出来た。
希空ってほんと。こういうのうまいよなぁ。店長っていうのもわかる気がする。
でも、きっとすごくストレスもたまるんだよね。
こんなことで、大騒ぎしている僕が、ほんと希空に申し訳ない。
僕の部屋。
尚哉が来る前に、ここでパソコンを開く。
僕ら付きの諜報部のメンバーに、「畑中晶」の調査について頼んでおいた件。
僕との関係を明かさなければ、調査報告はまともに返ってくるはず。
もし、綾香さんにでも見つかると、少々厄介になるかもしれないけど。
メールが届いていた。
「畑中晶についての調査結果」というタイトル。
そのメールを開いて、僕はじっと見つめた。
「父 畑中 保 40 職業 飲食店「ラーメン 栄えや」等オーナー
母 畑中 利恵 36 職業 無職 専業主婦 旧姓 辻 利恵
兄弟なし。
「先天性白皮症」の病気あり。
そのため、生まれつき弱視あり。左右とも0.03。
それは、母親 利恵の遺伝子異常による発病と考えられる。
父親 保の両親は健在。ともに、埼玉県八尾市在住。
母親 利恵の両親は、10歳のとき離婚。母親 時恵が引き取る。
3年前に母 時恵 死去。享年68。死因 心筋梗塞
夫婦仲は良好。 晶に対する利恵の反応は、利恵の母親、時恵からの虐待に起因するものと思われる節がある。今だその影響があり、数年前より精神科への通院歴がある」
僕はメールを読み終えると、なんの感情も沸いてこなかった。
読む前は、本当は少し怖かった。
でも……なにも感じなかった。「そうだったんだ」というだけで。
そう。あのおばあちゃん、亡くなっていたんだ。
まさか晶にも、ひどいこと言ってなかっただろうか?
でも、今度のお父さんは優しそうだものね。
利恵さん……精神科へ通っていたこともあるんだ。
亡くなった人のこと、ひどく言うのはいけないけど。あのおばあちゃんじゃね。
そんなことだけ考えてた。
ため息も出ない。僕はノートパソコンをぱたりと閉じた。
でも、たった一つ思い出したことがある。
僕の昔の名前。利恵さんの旧姓で思い出した。本当にこれは今の今まで忘れてた。
僕の昔の名前。「辻瑛」だったと言うことが。
どんなつもりで、利恵さんは「晶」を見ているのだろう?
すごく知りたかったけれど。それは今の僕には関係のないことでもあった。
今の僕は「紫桃神楽」。それ以上はなにも関係ないことだから……。
ただ……少し疲れた。それが僕が感じた唯一の感想だったかもしれない。
部屋を見回す。
いつもなら、なにも感じなかったのに。
今日は、妙に部屋が広く感じた。ここのところ、この部屋は僕と尚哉の2人で使っているから。
まだ尚哉は戻らない。姫香の護衛だものね。仕方が無いよ。
僕もそうなのに。いつからか、和のお兄さん代わりになってた。
あんまり姫香の護衛役って、ここ何年かまともに言えないようになってるな。
尚哉はきっちりその任務を果たしてるのに。
会いたいな。こういうときだけ、尚哉を求めてる……。
僕から尚哉に「好きだ」って言おうって、昨日決めたのに。
だって、尚哉はなにも言ってくれないから。
晶や三橋を見て思ってたんだ。
好意を持っても、相手からなにも返事がないのは、本当に辛いことだって。
だから。好きになって欲しいから、自分をアピールするんだよね。
晶も三橋もすごいよ。嫌われることなんて、全然怖がっていない。
まっすぐに、僕に向かってきてくれる。本当は三橋の気持ちを知らないわけじゃなかった。
でも、怖かった。この距離が僕には丁度よかったから。それを縮めてしまうことが。
尚哉は……もっと、もっと怖かった。
だから勝手に僕から離れた。つもりだったんだけど。
僕もいい加減、勇気を持たないといけない。
このままじゃいけないんだって思った。
だから言おうって。尚哉に嫌われてもいいや。いや。良くは無いけど。
でも、こんな関係をいつまで続けても仕方が無い。
強くなれ、強くなれ、僕。紫桃神楽。がんばれっ!!
なにがあっても、尚哉だけにはこの気持ちを伝えるんだ。
後のことは、後に考えればいいだけだから……。