第6話 楽市楽座の始まり
清洲城の評定が終わった後、望月梓は城下町へと向かっていた。
隣には木下藤吉郎。
そして後ろには数人の足軽が付き従っている。
藤吉郎は歩きながら笑った。
「いやあ驚きましたなぁ」
「まさか殿が、いきなり家臣にするとは」
梓は少し苦笑した。
「私も驚いてます」
事実だった。
織田信長の決断はあまりにも早い。
だが同時に、梓は理解していた。
(この人……本当に常識に縛られない)
それこそが信長の強さだ。
普通の大名なら、素性不明の女など相手にしない。
だが信長は違う。
**使えるなら使う。**
ただそれだけ。
それが織田信長という男だった。
やがて二人は城下町の中心へ到着した。
市場だ。
だが――
活気は少ない。
商人はいる。
店もある。
しかし規模は小さい。
梓は周囲を見渡した。
(やっぱり……)
戦国時代の市場は制約が多い。
座。
つまり特権商人だ。
特定の商人だけが商売できる仕組み。
結果。
競争がない。
価格も高い。
流通も少ない。
つまり――
**経済が弱い。**
藤吉郎は言った。
「商人はすぐ集まりますぜ」
「殿の命令ですから」
その通りだった。
ほどなくして町の有力商人たちが集まってきた。
米商人。
塩商人。
布商人。
鉄商人。
十数人ほど。
皆、緊張した顔をしている。
藤吉郎が声を張った。
「静まれ!」
「織田信長様の命により、この場を開く!」
商人たちは一斉に頭を下げた。
藤吉郎は続ける。
「そして今日より、この方が新しい政を取り仕切る!」
そう言って梓を指した。
ざわめき。
当然だ。
若い女。
武士でもない。
そんな人物が政をするなど前代未聞だ。
商人の一人が言った。
「……失礼ながら」
「お方は?」
梓は一歩前へ出た。
「望月梓と申します」
「本日より、殿の命により町政に関わります」
さらにざわめき。
しかし梓は気にせず続けた。
「まず」
「皆さんに伝えることがあります」
少し間を置く。
「今日から」
商人たちは耳を傾ける。
梓は言った。
「**座を廃止します**」
沈黙。
次の瞬間。
騒然となった。
「なっ!」
「そんな馬鹿な!」
「我々の権利はどうなる!」
当然の反応だ。
座は既得権益。
それを突然廃止すると言われたのだから。
だが梓は冷静だった。
「代わりに」
その一言で場が静まる。
「誰でも自由に商売できます」
商人たちは目を見開いた。
「自由……?」
「はい」
「商売は自由」
「新しい商人も歓迎」
「税は一定」
つまり。
**完全自由市場。**
梓は言った。
「これを」
「楽市楽座と呼びます」
この言葉。
後に歴史に残る政策。
それが今、この場で初めて語られた。
商人たちは困惑していた。
だが。
一人の老人が前へ出た。
白い髭。
落ち着いた雰囲気。
塩問屋の宗兵衛である。
「もし」
「新しい商人が来たら?」
「競争になります」
梓は言った。
「はい」
「それで良いのです」
「競争があれば」
「価格が下がる」
「商品が増える」
「町が豊かになる」
宗兵衛は腕を組んだ。
「……なるほど」
完全には理解していない。
だが。
商売人の勘は働く。
「つまり」
「商売が増えると?」
「はい」
「大きくなります」
梓は言った。
「清洲城下を」
「戦国最大の市場にします」
その言葉に。
商人たちの目が変わった。
戦国最大。
それはつまり――
巨大な利益。
藤吉郎がニヤリと笑った。
「殿の命令だ」
「従うしかないだろ?」
商人たちは顔を見合わせる。
そして。
一人が言った。
「……やりましょう」
次々と頷く。
「面白そうだ」
「商売が増えるなら歓迎だ」
「新しい町になる」
こうして。
清洲城下で。
歴史上初めての楽市楽座が始まった。
だが。
梓はまだ満足していない。
(これは第一歩)
本当の革命は――
これからだ。
その夜。
清洲城の天守。
織田信長は町を見下ろしていた。
隣には丹羽長秀。
「殿」
「本当に良いのですか」
「何がだ」
「あの女」
信長は笑った。
「面白いだろう」
「はい」
「だから使う」
信長は町の灯りを見つめる。
「長秀」
「戦は金だ」
「はい」
「ならば」
信長は言った。
「金を作る」
それだけだった。
単純。
だが。
恐ろしく合理的。
織田信長は知っている。
戦国を制する者は。
戦の強い者ではない。
**富を支配する者だ。**
そしてその鍵を持つ女。
望月梓。
この出会いが。
やがて。
日本を。
そして世界を。
大きく変えていくことになる。
だがその時。
まだ誰も知らなかった。
すぐ隣の国――
美濃国。
そこには。
**次の敵。**
斎藤道三。
戦国最強の策略家が待っていることを。




