第15話 鉄の革新
朝の清洲城には、重い鉄を打つ音が響いていた。
城の南側にある鍛冶場では、赤く熱した鉄を槌で叩く音が絶え間なく続いている。
火花が散り、熱気が立ち上る。
そこに立っているのは望月梓だった。
隣には木下藤吉郎がいる。
「ここが鍛冶場でござる」
藤吉郎は腕を組みながら言った。
「尾張でも腕の良い鍛冶を集めておる」
梓は鍛冶場を見回した。
十数人の鍛冶職人が槌を振るっている。
槍の穂先。
刀。
鎧の部品。
戦国の軍を支える武具がここで作られているのだ。
しかし梓はすぐに気付いた。
「鉄が少ないですね」
藤吉郎が苦笑する。
「さすがに分かりますか」
「鉄は貴重ですから」
戦国時代、日本の鉄は十分ではない。
たたら製鉄で作られる鉄は質が高いが、量が少ない。
だから武具の生産には常に限界がある。
つまり――
鉄を増やせば軍は強くなる。
梓は静かに言った。
「鉄を増やしましょう」
藤吉郎が目を丸くする。
「簡単に申しますな」
「出来ます」
「ほう?」
その時、鍛冶場の奥から一人の男が出てきた。
がっしりした体格。
煤で黒くなった顔。
この鍛冶場の棟梁だ。
「藤吉郎様」
「何用でござる」
藤吉郎は梓を指した。
「こちらは殿の新しい家臣、望月梓殿」
鍛冶職人は驚いた。
「女が武具の話を?」
梓は落ち着いて言った。
「鉄を増やします」
鍛冶職人は笑った。
「それが出来れば苦労しませぬ」
「なら見せます」
梓は一歩下がった。
そして心の中で念じる。
半透明のボードが空中に浮かび上がる。
もちろん誰にも見えない。
表示される文字。
――購入
梓は鉄材を選んだ。
現代の鉄の延べ棒。
購入。
次の瞬間。
光が揺れる。
そして。
どさり。
鍛冶場の地面に銀色の塊が現れた。
鉄の延べ棒。
数十本。
鍛冶職人たちが凍りつく。
「な……」
「どこから出した!」
藤吉郎も目を見開いた。
梓は静かに言った。
「鉄です」
鍛冶職人は震える手でそれを触った。
重い。
硬い。
本物の鉄だ。
「しかも……質が良い」
驚きの声が上がる。
梓は言った。
「これを使えば武具は増えます」
鍛冶職人は叫んだ。
「増えるどころではない!」
「槍も刀も倍は作れる!」
鍛冶場は一瞬で騒ぎになった。
その騒ぎはすぐに城の奥へ届いた。
やがて。
清洲城の評定の間。
織田信長が座っていた。
前には鉄の延べ棒。
柴田勝家が腕を組んでいる。
丹羽長秀も驚いていた。
信長は鉄を持ち上げる。
「重いな」
そして笑った。
「これは良い鉄だ」
梓は静かに頭を下げた。
「武具の材料として使えます」
信長は聞いた。
「どこから手に入れた」
梓は答える。
「私の商いの術です」
完全な嘘ではない。
売買の力なのだから。
信長はしばらく黙った。
そして。
笑う。
「面白い」
重臣たちを見る。
「鉄が増えれば武具が増える」
勝家が頷く。
「兵の装備が整います」
信長は立ち上がった。
「良い」
「梓」
「はっ」
「鉄の供給を任せる」
部屋がざわめく。
武具の材料を任される。
それは軍の根幹だ。
信長は笑った。
「戦は近い」
「今川義元が動けば、我らも動く」
その名に重臣たちの顔が引き締まる。
東海一の大大名。
駿河、遠江、三河を支配する大軍。
だが。
信長は笑っていた。
「武具を増やせ」
「兵を鍛えよ」
「戦の準備だ」
評定が終わった後。
城の廊下を歩きながら、藤吉郎が言った。
「驚きましたぞ」
「まさか鉄まで出すとは」
梓は苦笑した。
「まだまだ出来ることはあります」
心の中で思う。
半透明のボード。
薬。
鉄。
そして米。
これらを組み合わせれば――
戦国の軍を根本から変えられる。
梓は空を見上げた。
尾張の空は晴れている。
だが東の空には、嵐が近づいていた。
今川義元。
その軍勢は二万とも三万とも言われる。
歴史では――
桶狭間の戦い。
だが今はまだ誰も知らない。
ただ一人。
未来の歴史を知る望月梓だけが知っている。
そして彼女は静かに呟いた。
「準備は整える」
鉄で武具を増やし。
薬で兵を救い。
米で軍を支える。
経済の力で戦を動かす。
その瞬間。
戦国の歴史は、ゆっくりと変わり始めていた。




