第13話 商いの力
夜明け前の清洲城は、まだ静寂に包まれていた。
城の堀の水面には薄い霧が漂い、遠くからは鶏の鳴き声が聞こえる。
その城の一室で、望月梓は静かに座っていた。
目の前には誰にも見えない光の板。
半透明のボードが宙に浮かんでいる。
もちろん城の誰にも見えていない。
これは梓だけが見ることのできる――
売買の板。
梓は指先を軽く動かした。
するとボードの文字が変わる。
――売却
――購入
――所持金
昨日、織田信長から命じられた。
兵糧を整えよ。
戦国の軍は、兵糧で動く。
米がなければ戦は出来ない。
つまり。
米を握る者は戦を握る。
梓は静かに呟いた。
「まずは資金を増やす」
昨日、農民から米を買い集めた。
そしてその一部をこのボードで売却した。
すると数字が増えた。
つまり。
この力は商売そのものなのだ。
梓はボードを見つめた。
「次は……必要な物を買う」
戦国の軍に足りない物。
それは数多い。
兵糧。
武具。
薬。
鉄。
そして兵の命を繋ぐ医療。
梓は「購入」の文字に触れる。
すると一瞬、ボードの文字が流れるように変化した。
無数の品名が並ぶ。
それはまるで未来の通販サイトのようだった。
「やっぱり……ある」
梓は小さく息を吐いた。
表示されているのは、2026年の品々。
現代の医療用品。
工具。
鉄製品。
日用品。
だが問題は価格だ。
所持金には限りがある。
慎重に選ばなければならない。
「まずは薬」
戦国時代の医療は未発達だ。
傷が化膿すれば、それだけで命を落とす。
だから梓は選んだ。
消毒用アルコール。
包帯。
抗生物質。
鎮痛薬。
未来では当たり前の医薬品。
だが戦国では奇跡の薬だ。
梓は購入を押した。
次の瞬間。
光が揺れる。
そして畳の上に小さな箱が現れた。
「……来た」
梓は箱を開ける。
中には整然と並んだ薬品。
透明な瓶。
白い錠剤。
包帯。
現代の医療用品だ。
梓は慎重にそれをアイテムボックスへ収めた。
さらにボードを見る。
「次は……鉄」
戦国の武器の多くは鉄だ。
槍。
刀。
鎧。
だが鉄の生産は限られている。
それを補えれば――
軍事力は大きく変わる。
梓は鉄材を検索した。
すると表示される。
鉄板。
鉄棒。
工具用鋼材。
どれも戦国では貴重な物だ。
梓は鉄の延べ棒を選んだ。
購入。
光。
そして畳の上に現れる銀色の塊。
鉄。
それも質の高い鉄だ。
梓は思わず笑った。
「これは……革命だね」
戦国の鍛冶は優秀だ。
だが材料が足りない。
もし良質な鉄を大量に供給できれば。
武器の生産は飛躍的に増える。
その時だった。
「梓殿!」
廊下から声がした。
木下藤吉郎だ。
梓は慌てて鉄をアイテムボックスへしまった。
半透明ボードも消える。
襖が開く。
「おはようございます」
「おはようございます、藤吉郎殿」
藤吉郎は笑った。
「殿がお呼びですぞ」
「もうですか?」
「朝から機嫌が良いようで」
二人は廊下を歩く。
城内では武士たちが動き始めていた。
朝の評定の準備だ。
やがて織田信長の部屋へ到着する。
中にはすでに何人かの家臣がいた。
柴田勝家。
丹羽長秀。
そして前田利家。
歴史の教科書で見た名前ばかりだ。
梓は静かに頭を下げた。
「望月梓、参りました」
信長は笑った。
「来たか」
そして言う。
「兵糧の話だ」
信長は地図を広げた。
尾張の地図だ。
「近く、今川義元が動く」
部屋が静まり返る。
戦国でも有名な大大名。
駿河、遠江、三河を支配する強大な勢力。
信長は続ける。
「戦になれば兵が動く」
「兵が動けば腹が減る」
そして梓を見た。
「米は足りるか」
梓は答えた。
「まだ足りません」
家臣たちがざわめく。
しかし梓は続けた。
「ですが」
「兵を守る薬と武具の材料は用意できます」
信長の目が光った。
「ほう?」
「戦で負傷しても助かる兵が増えれば、軍は強くなります」
「さらに鉄を供給すれば武器も増えます」
信長は笑った。
「面白い」
そして言う。
「やってみよ」
梓は深く頭を下げた。
「承知致しました」
その瞬間。
梓の胸の中で確信が生まれていた。
半透明ボード。
薬。
鉄。
この力があれば。
戦国の常識を覆せる。
経済。
物流。
軍事。
すべてを動かす。
梓は静かに思った。
「天下統一は武力だけじゃない」
「経済が世界を変える」
その時代の誰も知らない未来。
だが確実に。
戦国の歴史は変わり始めていた。




