第11話 水車鍛冶
尾張国、清洲城下の外れ。
五条川の流れは今日も穏やかだった。
その川辺では、多くの人足が忙しく働いている。
木材を運ぶ者。
杭を打つ者。
土をならす者。
そして、その中心に立つのは――
望月梓。
彼女は腕を組みながら、建設現場を見つめていた。
「……順調かな」
頭の中で声が響く。
『建設進行率三十八パーセント』
自立型AI、アイリスである。
梓は川の流れを見る。
(この流れなら大丈夫)
川の水量。
流速。
すべて計算済み。
水車は確実に回る。
そして、その水車が動かすのは――
巨大な槌。
「よし」
梓は職人の一人に声をかけた。
「柱はもう少し深く埋めてください」
鍛冶職人の源蔵が驚いた顔をする。
「そこまで必要か?」
「必要です」
梓は頷く。
「水車は強い力を出します」
「揺れます」
「だから土台が大事です」
源蔵は腕を組みながら感心したように言った。
「女とは思えんほど鍛冶を知っているな」
梓は苦笑した。
(鍛冶は知らない)
だが。
工業なら知っている。
それだけだ。
⸻
その時、後ろから声がした。
「おーい!」
振り返ると、そこに立っていたのは――
木下藤吉郎。
相変わらず人懐っこい笑顔である。
「進んでおるな!」
梓は軽く頭を下げた。
「はい」
藤吉郎は水車の骨組みを見る。
巨大な木の円。
まだ未完成だが、すでに迫力がある。
「これが水車か」
「はい」
「これで槌が動くのか?」
梓は頷いた。
「水が回せば」
「槌も動きます」
藤吉郎は目を丸くする。
「面白い!」
そして声を上げて笑った。
「殿が喜びそうだ!」
その言葉に梓は少し考えた。
織田信長。
あの男は本当に鋭い。
普通の戦国大名とは違う。
新しいものを恐れない。
むしろ。
楽しむ。
だからこそ、この計画も通った。
藤吉郎が言った。
「ところで」
「鉄は集まり始めておる」
「本当ですか?」
「うむ」
藤吉郎は指を立てる。
「美濃国からも買っておる」
梓は少し驚いた。
「早いですね」
藤吉郎は笑う。
「商人の扱いなら任せよ」
さすがである。
調達能力はすでに一流。
後に天下人になる男の片鱗だ。
⸻
数日後。
ついにその時が来た。
五条川の水門が開かれる。
川の水が流れ込み――
巨大な水車にぶつかる。
ぎし……
木が軋む音。
そして。
ぐるり。
水車が動いた。
職人たちが驚きの声を上げる。
「回った!」
「動いたぞ!」
水車はゆっくりと回転を始める。
そして。
連結された木の軸が動き――
巨大な槌が持ち上がる。
次の瞬間。
ドン!
槌が鉄の上に落ちた。
地面が震える。
職人たちは言葉を失った。
再び水車が回る。
槌が上がる。
ドン!
また落ちる。
まるで巨大な巨人が鉄を叩いているようだった。
源蔵が叫ぶ。
「すげえ……!」
「人が振らなくても槌が動く!」
別の職人が言う。
「これなら一日中打てるぞ!」
梓は静かに頷いた。
(成功)
水車ハンマー。
産業革命以前の工業装置。
だが戦国の鍛冶にとっては――
革命だった。
⸻
その日の夕方。
一頭の馬が工房へ近づいてきた。
乗っているのは――
織田信長。
周囲の武士たちが慌てて膝をつく。
梓も頭を下げた。
「殿」
信長は水車を見る。
そして槌を見る。
ドン!
ドン!
一定のリズムで鉄を叩き続ける巨大槌。
信長の口元がゆっくり歪む。
「これが水車か」
「はい」
梓は答える。
信長は近づき、槌を見上げた。
「人の力ではない」
「川の力です」
信長は笑った。
「面白い」
そして言った。
「これで鉄砲が増えるのだな」
「はい」
梓は答えた。
「月十丁」
信長は眉を上げる。
「十丁」
「はい」
そして梓は続けた。
「いずれ三十丁」
信長は声を上げて笑った。
「ははは!」
「戦が変わるな」
梓は静かに言う。
「変わります」
(本当はそれ以上)
鉄砲三十丁どころではない。
いずれ百丁。
二百丁。
そして。
千丁。
信長は満足そうに言った。
「よい」
「続けよ」
梓は深く頭を下げた。
「はっ」
水車は回り続ける。
ドン!
ドン!
鉄を叩く音が尾張国の空に響く。
その音は。
やがて訪れる戦国の大変革の――
最初の鼓動だった。
そして梓は心の中で呟く。
(次は火薬)
鉄砲があっても弾がなければ意味がない。
火薬。
それこそが戦争の本質。
梓の視界にショップ画面が開く。
硝石。
硫黄。
精製化学薬品。
未来の知識。
未来の道具。
それらが戦国の世界へ流れ込み始めていた。
まだ誰も知らない。
この小さな工房が。
やがて。
世界最強の軍事国家を生み出すことを。




