第100話 銃備計画
梓は海外の動きを静かに観察していた。
マラッカ、ジャワ島、ゴア。交易拠点として整備された港には、ポルトガルの影が濃く残っている。
彼らは交易商人の顔をしているが、実態は違う。
港を支配し、土地を奪い、やがて国そのものを植民地に変えていく。
梓はその未来を知っていた。
九鬼嘉隆が報告書を差し出す。
「マラッカでは依然としてポルトガルの影響が強うございます。交易は続いておりますが、軍の駐屯も見られます」
梓は静かに頷いた。
「いずれ彼らは港だけでは満足しない。土地も、人も、全て奪う」
その言葉に、九鬼嘉隆は息を呑んだ。
「だからこそ、今のうちに備える」
そう言うと梓は一つの箱を机に置いた。
中に入っていたのは、ネットショップで購入したウィンチェスター銃とリボルバーである。
「これを分解し、作れるようにする」
その場にいた技術者たちは目を見開いた。
これまで火縄銃は存在したが、構造は比較にならないほど複雑だったからだ。
「海外に渡すのではない。まだ早い」
梓は続けた。
「これは未来のための準備だ」
イギリス、フランス、ポルトガル。
いずれ世界は彼らの争いに巻き込まれる。
その時、植民地にされる国と、抵抗できる国に分かれる。
「私は、奪われる側にはならない」
造兵所は堺に設置された。
金属加工と交易で栄えた町である。
責任者は九鬼嘉隆。
船大工や鍛冶職人、職工たちが集められた。
山田一郎は元船大工で、木工技術に長けていた。
彼は銃床を担当することになった。
ウィンチェスター銃を分解すると、複雑な機構が姿を現す。
「なんだこれは……」
山田は思わず呟いた。
レバーを動かすことで弾を装填する構造。
木と金属が精密に組み合わされている。
「船より難しいな……」
だが山田は諦めなかった。
木材の強度、反動の衝撃。
何度も試作を繰り返し、割れては作り直した。
数日後。
ついに理想の銃床が完成した。
「これなら長く撃てる」
山田は静かに頷いた。
一方、金属機構を担当したのは佐藤次郎。
短気だが腕は確か。
だがリボルバーの回転機構で苦戦していた。
「回らねえ!」
弾倉の歯車が噛み合わない。
九鬼嘉隆が図面を見ながら言う。
「削りすぎだ。わずかに残せ」
佐藤は舌打ちしながらやり直した。
そして数日後。
カチン、と軽い音。
弾倉が滑らかに回った。
「……よし」
佐藤は満足そうに笑った。
射撃研究を担当したのは高橋三郎。
理屈屋で観察力に優れる男だ。
彼は弾道を研究していた。
距離、風、銃身の長さ。
紙に計算を書き続ける。
「銃身をわずかに長くすれば精度が上がる」
九鬼嘉隆は興味深そうに聞いた。
「理由は」
「弾が安定する」
試作銃が作られた。
試射。
的の中心に弾が突き刺さる。
「見事だ」
九鬼嘉隆は頷いた。
だが梓は、この銃を民には渡さなかった。
新しい法を作ったのである。
銃刀法違反。
許可なき銃の所持は禁止。
違反すれば重罪。
兵と許可された者のみが扱える。
九鬼嘉隆は尋ねた。
「なぜそこまで厳しく?」
梓は静かに答えた。
「武器は力だ」
「だが無秩序に広がれば、国を壊す」
銃は管理される。
兵士のみ。
訓練も徹底された。
尾張、伊勢、堺。
射撃場が作られた。
兵士たちは新しい銃を学ぶ。
連射。
装填。
隊列射撃。
九鬼嘉隆は海軍にも訓練を導入した。
船上射撃。
揺れる甲板。
難しい。
だが訓練は続けられた。
梓は報告書を読んでいた。
マラッカ。
ジャワ島。
ゴア。
ポルトガルの影響は強い。
だが今は戦わない。
まだ準備段階だ。
やがて来る。
植民地支配。
その時。
解放する力が必要になる。
梓は静かに呟いた。
「奪わせない」
「そして、奪われた国は取り戻す」
銃の製造は続く。
兵の訓練も続く。
誰も知らない未来の戦いに備えて。
それは静かな準備だった。
だが確実に世界の均衡を変える準備であった。
梓の戦略は、まだ始まったばかりだった。




