第6話 もう一度、ダンジョンに
土曜の昼過ぎ。
山間の雑木林に囲まれた場所に、それは立っている。
Gランクダンジョン、灰鳴洞へのゲートだ。
灰鳴洞は、観光案内にも載らないし、攻略者もほとんど寄り付かない過疎ダンジョンだ。
出現する魔物はゴブリンが主で、配信映えもしない。
だからこそ、今日の目的にはちょうどいい。
変に騒ぎにならない場所だ。
「黒野さん……今日は、よろしくお願いしますっ」
振り向くと、青髪のポニーテールが揺れた。
姫宮 美空、16歳。
今日のダンジョン攻略の相棒だ。
「ああ、よろしくな。俺は配信にはあまり詳しくない。積極的に参加するつもりも無いが……色々と教えてくれると助かる」
「は、はいっ! 任せてくださいっ!」
姫宮はふんすと鼻息を荒げる。
その青い瞳には、緊張と期待の入り混じった光を宿していた。
「もう一度配信に出てください」と言われた時は自分の耳を疑ったが、事情を聞いてみれば、決して邪な理由でないことがわかった。
だから、姫宮とともにダンジョンへ潜ることは納得したのだが……。
「……何でお前までいるんだよ!?」
そうツッコんだ俺の視線の先には、黒髪ショートの女。
スレンダーな体躯をラフなジャケットで包んだ彼女は、愛沢ほのかという。
俺の職場の後輩だ。
愛沢は青灰色の瞳を細め、にへへと笑った。
「30手前の独身男が女子高生と2人きりって、思いっきりアウトっすからね。あ、何かするつもりだったっすか?」
「するか!」
即座に否定すると、愛沢は肩をすくめる。
「という冗談はさておき。アタシが来たのはサポートっす。試験がしたい先輩と、配信がしたい姫宮さん。その緩衝材が必要かなーって」
「サ、サポートですか?」
姫宮の問いに、愛沢は親指を立てて答える。
「そっす! 撮影も機材の設定もアタシがやるんで、2人は自分の仕事に集中してくださいっす!」
なるほど。
愛沢はアリス開発の主要メンバーであり、重度のダンジョン配信ヲタクでもある。
俺たちの足りない部分を補うには、適任というわけか。
感心しつつ、俺はじっと愛沢を見る。
「な、なんすか?」
「……お前って表面上はおちゃらけてるけど、意外としっかりしてるよな」
「意外ととはなんすか! むきーっ!」
頬を赤らめ、ころころと表情を変える。
黙っていれば普通に美人なのに、落ち着きがないせいで台無しだ。
俺はパンと手を叩き、2人に向かって言った。
「早速準備に取り掛かろう。まあ無いとは思うが、誰かに見られて騒ぎ立てられても困るからな」
「っすね。それじゃ――」
愛沢が背後からアタッシュケースを取り出し、バカンと開いた。
中から現れたのは、カメラにマイク、バッテリーパックなどの本格的な配信機材。
「お前、これなんだよ」
「配信セットっすよー」
「そりゃ見れば分かるって。なんで持ってるかって聞いてんだよ」
「買ったからっす。今日のために」
愛沢は機材をちゃきちゃきと取り出しながら、さらっと言った。
その手元を姫宮が覗き込む。
「す、すごいです……これ、かなり高級なやつですよね……?」
「お、分かるっすか。さすが配信者の卵。……卵? もう配信はしてるっすから、ヒヨコっすかね。いや、実力的には卵か……?」
「どっちでもいいよ! ちなみに、全部でいくらするんだ?」
愛沢は俺に腕時計型デバイスを付けながら、言う。
「ざっと300万円っすね」
「は?」
「さ、さんびゃく……?」
二人で固まる。
「お前、どっからそんな金……何か変なことやってんのか……?」
「し、してるわけ無いじゃないっすか! この仕事、残業と休日出勤ばっかでお金使う暇ないんすよ! 先輩もそうでしょ!?」
「ああ、そうなのか。……いや、あんまり貯金額とか気にしてないから、いくら貯まってるかとか覚えてなくて」
俺は視線を逸らしながら答えた。
はい、すんません。
社会人としてダメな自覚はあります。
愛沢は、信じられないものを見るような目でこちらを見た。
「それでどうやって生活してるんすか……」
「だって、出費なんて固定だろ。2Lの水9本入りと、パックご飯と、レトルトのカレーとか牛丼の具とかを、毎週20食分買うだけだからさ」
「え、栄養失調になるっすよ?」
「あと野菜ジュースも飲んでるから大丈夫だ」
「……早く結婚した方がいいっす、マジで」
そうかもしれない、と一瞬だけ思ったが、口には出さない。
そんなやり取りを続けているうちに、準備は整ったようで。
「よし、電源入れるっすよー」
愛沢がそう言って、ハンディカメラを構える。
同時に、俺の耳元に装着したデバイスが微振動した。
『――アリス、オンライン。マスターをあらゆる危険からお守りします』
落ち着いていて、知性を感じさせる音声。
「アリス、今日は試験の続きだ。討伐目標は30体。いいな?」
『承知いたしました。……おや、同行者が2名いらっしゃるようですね。危機管理対象に登録しますか?』
「気が利くな。Gランクだから危険は無いと思うが……まあ、念のため頼む」
『登録完了。以降、必要に応じて指向性スピーカーで指示を飛ばします』
Gランクダンジョンは、準備さえ怠らなければ子供でも踏破可能。
アリスのサポートなんて無くても問題無いだろうが……いや、1つだけ懸念があった。
「そういや愛沢、体の方は大丈夫なのか?」
「体? なんのことっすか?」
「お前、かなり虚弱体質だろ? 子どもの頃は入院続き……だったっけ?」
愛沢が入社してきたばかりの頃に、本人の口から聞いた情報だ。
彼女は作業の手を止め、こちらへ振り向いた。
その頬は、ほんの少しだけ赤く染まっている。
「なっ、なななっ……! 先輩、そんなこと覚えてたんすか……!?」
「薄い記憶だけどな。今日も、あんまり無理するなよ」
「先輩……」
愛沢は珍しくしおらしい表情をした後、自分の胸をドンと叩いた。
「大丈夫っす! 昔は呼吸器系が弱かったっすけど、今じゃあすっかり――ガハゲホゴホッ!?」
「……本当に大丈夫か?」
俺が問うと、愛沢は手だけで『ブイ』と返事した。
相変わらず、カヒューカヒュー言いながら。
そんなこんなで準備は進み、30分ほどが経過した。
「これで……よしっと。アリスー、ちょっと喋ってみてほしいっすー」
『こんにちは、ミス愛沢。今日もキュートですね』
「へへ。知ってるっすけど、そんなストレートに言われると照れるっす」
後頭部を掻く愛沢。
「何やってんだ?」
「アリスを配信に繋いだんすよ。これで視聴者にもアリスの声がクリアに聞こえるっす。宣伝するには、その方がいいっすよね?」
「……確かに。お前、やるなあ」
「へへん! さあ、配信の方は準備OKっす! そっちはどうっすか?」
愛沢に問われ、俺は腰の両側に1本ずつ下げた短剣を、ポンと軽く叩く。
姫宮も、背負った棒のような武器……ん? 武器か?
なんだあれ、知らんタイプだな。
……姫宮は、何かわからん棒を、ぺたぺたと触って確かめた。
「2人とも、良さそうっすね! それじゃ、早速潜っちゃいますか!」
愛沢の言葉に、姫宮が小さく深呼吸する。
そして俺と愛沢を交互に見つめ、胸の前で小さく拳を握った。
「行きましょうっ!」
俺は一度だけ頷き、ゲートへ向き直った。
視界に映るのは、地面から突き出した四角い枠。
その内側では、うにょうにょと紫紺色の光が蠢いていた。
静かに。
それでいて、俺たちを誘うように。




