第25話 黒野の過去②
岬 香奈は、俺と同い年らしかった。
茶髪のポニーテールに大きな目が特徴的。
いつも不安そうに身体を揺らしている。
「よ、よろしくお願いします……!」
最初の印象は、ドジな女だった。
おどおどしていてよく転ぶし、訓練では全ての行動が遅い。
座学でもよく質問に詰まって、思考回路をショートさせる。
正直、足を引っ張るタイプだった。
ペア訓練では、ほとんど俺が負担を肩代わりした。
香奈がミスをしても、俺がフォローすればなんとかなった。
別に、俺の負担が増えること自体はどうでもよかった。
楽がしたいとか、訓練をやめたいとか、そういう感情はなかったからだ。
思っていたのは、ただ一つ。
聡子さんの役に立ちたい。
あの人が「守る」と言った部隊の一員として、結果を出したい。
俺の負担が増えて、結果としてさらに俺の訓練密度が上がるのであれば、それはむしろ好ましいことだった。
だから、俺が香奈に抱く感情は、怒りなどではなかった。
こいつは向いていない、という諦め。
まだ実戦は未経験だったが、ダンジョンがどれほど過酷な場所になるかは想像できた。
命のやり取りだ。
失敗は死に直結する。
なぜここに来たのかは知らないが、そのうち諦めて帰るだろう。
そう思っていた。
だが、一週間たっても、二週間たっても、香奈は逃げなかった。
朝一番に訓練場に来て、誰よりも遅くまで残る。
魔力制御の自主練を何度も繰り返す。
倒れても、また立ち上がる。
そして俺に負担をかけていることを、心の底から恥じているのが伝わってきた。
「ご、ごめんね……また足引っ張っちゃって」
汗まみれで、息を切らしながら頭を下げる。
そんな香奈に対し、俺は何も言わなかった。
なぜそこまで頑張るのか。
不思議だったが、聞こうとまでは思わなかった。
そんなある日の対人訓練。
他のペアとの模擬戦になった。
普段は、香奈が真っ先に戦闘不能になる。
その後、俺が二対一を制して終わり。
それがいつもの流れだった。
だがその日は違った。
相手は負け続けたせいで俺を研究しており、開始直後、死角から組み伏せられた。
「よ、よっしゃあ! ついにガキを抑えたぞ!」
背後から腕を絡められ、地面に押さえつけられる。
「よくやったぞ! そのまま抑えとけ! 俺はあいつを仕留める!」
もう一人が、香奈に向かって突進する。
「きゃっ……!」
香奈の悲鳴。
俺は力を込めて振りほどこうとするが、相手も必死だ。
体格差もあり、拘束を解くことはできなかった。
その間に、香奈は一方的に攻められた。
打撃でも組み技でも、ボコボコにされた。
だが香奈は、降参せず立ち上がった。
何度も何度も、顔にあざを作っても、唇を切っても、何をしても諦めなかった。
最後は、相手の男が息を荒げて、手を止めた。
「……これ以上はやれない」
形式上は、相手が戦闘を放棄したことになり、俺たちの勝ち。
拘束が解かれた瞬間、俺は香奈の元へ駆け寄った。
「おい、しっかりしろ!」
意識はない。
軽い体を抱き上げ、医務室へ走った。
香奈が目を覚ましたのは、数時間後のことだった。
「……あ」
「目を覚ましたか」
「く、黒野くん……戦いの結果は……?」
かすれた声。
こいつは、そんなことを気にしていたのか。
「……俺たちの勝ちだ。でも、あんな――」
「へ、へへ。やったあ」
香奈はぼろぼろの顔で笑う。
俺は叱責しようとしたが、それ以上、言葉を続けられなかった。
「……どうしてそこまでやるんだ」
代わりに、必死さの理由を尋ねた。
香奈は、少しだけ目を伏せた。
「私ね、子供の頃にお父さんが蒸発して、お母さんも病気で亡くなって……独りぼっちなんだ。帰る場所も無いの」
独りぼっち。
耳なじみのあるその言葉に、胸がざわついた。
「でも、聡子さんにこの仕事に誘われて……私でも誰かの役に立てるかもしれないって思ったんだ」
小さな手が、シーツを握る。
「だから、私は負けないよ。黒野くんにはたくさん迷惑かけちゃうかもしれないけど……頑張るから、もう少しだけ見捨てないでくださいっ」
そう言って、香奈は深く頭を下げた。
俺は、少しの間考えて、ため息をついた。
「悪い……お前のことを見くびってた。これから、よろしくな」
「っ……うん! よろしくね!」
香奈は顔を上げ、目を丸くしてから、泣きそうな顔で笑った。
それから俺たちは、常に一緒にいるようになった。
訓練も、食事も、休憩も。
境遇の似た二人だ。
自然と距離が縮まり恋仲になるまで、それほど時間はかからなかった。
そこから約三か月の訓練を経て、実戦が始まった。
日本政府初となる、特殊攻略部隊によるダンジョン攻略。
結果は完勝。
俺と香奈が中心となって部隊を引っ張り、危なげなく踏破することができた。
それから、俺たちの部隊は破竹の勢いでダンジョンを踏破していった。
俺と岬の魔法は噛み合い、前線を切り開いた。
周囲からは英雄と呼ばれ、部隊の結束も固まっていった。
俺と香奈はといえば、ときたま将来の話もした。
ダンジョンが落ち着いたら、二人で普通の生活を送ろう、と。
気が早いかもしれないが、俺たちは孤独だったがために、『家族』というものに憧れをもっていたのだろう。
俺はなけなしの給金で安い指輪を買って、香奈に送った。
香奈はその時も、泣き笑いのような表情をして、首を縦に振った。
部隊の仲間も、まるで自分のことのように喜んでくれた。
俺は、初めて思った。
ここが「自分の居場所だ」と。
そして俺は今、「生きているんだ」と。
だが、そんな日々も長くは続かなかった。




