第23話 女王の正体
「ここが我が家ですわ」
ルクシアが立ち止まったのは、寂れた住宅街の一角だった。
目の前にあるのは、二階建ての古びたアパート。
外壁はところどころ塗装が剥がれ、鉄骨の階段は赤茶けている。
正直、倒壊寸前と言われても驚かない。
「こんな近所に住んでたのか」
俺のアパートから、スーパーを挟んで徒歩10分圏内だ。
全然気づかなかった。
「……よし。さあ、早く入りますわよ」
ルクシアは周囲をきょろきょろ確認してから、錆びまみれのドアを開けた。
狭い玄関に安物のシューズラック。
靴はスニーカーが二足だけ。
どちらもよく履き込まれていて、つま先が少し擦り減っていた。
俺も後に続き、靴を脱いで上がる。
「お、お邪魔します」
リビングは六畳ほどの和室だった。
畳は色褪せ、ところどころ毛羽立っている。
中央に丸いローテーブル。
テレビは小型で、型も古い。
生活感に満ち溢れた部屋で、どこにも贅沢らしい贅沢が無かった。
「どうぞ、お座りください」
「あ、ああ……」
丸テーブルの前の薄い座布団に腰を下ろす。
床の硬さが直に伝わる。
ルクシアはダウンを脱ぎ、キャップとサングラスも外してキッチンへ向かった。
改めて見ても、グラマラスな体型に長い金髪、そして赤い瞳が印象的だ。
配信で見る時と同じ顔だが、今は化粧も薄く、どこか年相応の少女に見える。
「それにしても……女王の部屋とは思えないな」
俺はそう呟いて、部屋を見渡す。
華やかなトップ配信者の部屋、とは到底思えない。
やがて、ルクシアがコップを二つ持って戻ってきた。
「飲み物は何になされますの? 紅茶、緑茶、コーヒー。何でもありますわ」
自信ありげに指さした先。
テーブルの中央に、広告紙で折った小さなカゴが置かれている。
中には、個包装のスティックがぎっちり詰まっていた。
「え、ああ……じゃあコーヒーで」
「かしこまりましたわ」
ルクシアはカゴからコーヒーと紅茶のスティックを取り出した。
「頼んでおいて何だが……あまり気を使わなくていいからな?」
そう断りを入れるのも失礼かと思ったが、先ほどの買い物の様子や、この部屋の状態を見てからだと、ご馳走してもらうのがなんとなく申し訳なくなる。
しかしルクシアは「ふふん」と自慢げに胸を張った。
「大丈夫ですわ! これはお金をかけていませんの。お仕事でホテルに泊まらせていただいた時に、部屋に備え付けてあったものを持ち帰って来たものですのよ!」
「お、おお……そうか。それならいいんだが」
ううん……。
『天城ルクシア』のイメージが、音を立てて崩れていく。
ルクシアは手際よくスティックを開け、コップに粉を入れた。
「今お湯を沸かしていますわ。少々お待ちください」
ちらりとキッチンを見ると、コンロの上で鍋がぐらぐらと音を立てている。
ポットじゃないのか……。
「まさかですわね。あんなところで貴方と会うなんて」
「いや、それはこっちのセリフだろ。なんであんな庶民用のスーパーにお前が……」
ルクシアは小さく咳払いをした。
「……実は私は、貧乏……なのですわ」
真紅の瞳で、きりっとこちらを見る。
「う、うーん。この様子を見ると、嘘じゃなさそうだが……おかしいだろ。あれだけ稼いでおいて」
「そうですわね……それについては、話せば長くなりますわ」
その時、鍋が噴きこぼれてシューと音が鳴った。
ルクシアは慌てて立ち上がって火を止め、鍋から慎重に湯を注ぎ、戻ってくる。
湯気が立ち上るコップを俺の前に置き、ルクシアは姿勢を正して座った。
「それに私、貴方には個人的に興味がありましてよ。お茶でも飲みながら、じっくりお話ししましょう」
そして、コホンと咳払い。
「まずは私の生活についてですが……私は稼ぎのほとんどを、スポンサーであるイグニス=ギアに渡しています」
「は?」
「私がいくら働こうが、金銭を稼ごうが、イグニス=ギアが中間に入り、私の手元に残るのはわずか。生活していくのでやっとですわ」
ルクシアは淡々とした口調で言った。
「な……なんでそんなことに。普通逆だろ、スポンサーが金を払うんじゃ……」
「そういう契約ですの。私がタダ働きをする代わりに、私の家族には一切手を出さない……という、ドルヴァノとの」
ドルヴァノ・イグニス。
それは、イグニス=ギアの代表の名前だ。
「家族を人質に取られている、と?」
「実質は、そういうことになりますわね」
ルクシアはそこで言葉を区切り、紅茶をひとくち飲んだ。
「……ただし、本来は身から出た錆ですの。かつて、まだイグニス=ギアが零細企業だった頃。私の父である天城武光と、ドルヴァノ・イグニスは共同で会社を経営しておりました」
「ドルヴァノと、ルクシアの父親が……!?」
「ええ。大学で知り合い、意気投合した友人だったのだそうですわ」
ルクシアは視線を少し落とす。
「互いに出資し合って会社を立て、売り上げは微々たるものながら、世界をより良くするという目標に向かって研究開発を続けておりました。……そんな折ですわ。世界にダンジョンが現れたのは」
俺は黙って聞く。
「貴方もご存じだとは思いますが、民間企業のダンジョン参入が許可された時、世界中の企業がこぞって研究に乗り出しました。誰が一番早く名を上げるか……という戦いが始まったのですわ。父とドルヴァノもそこに目を付け、高効率の魔具を開発したんですの」
「……ゲームチェンジャーになり得る製品、ってことか」
「ええ。ですが――」
ルクシアの声が少しだけ低くなる。
「私の父は、その研究結果を持って、一人で当時の大手企業に取り入ろうとしたんですの」
「な……」
「しかし、すんでの所でそれが発覚し、裁判沙汰になって天城家は多額の借金を負いました。それこそ、家族が離散してしまうほどの」
俺はその言葉を聞きながら、とある疑念を抱いていた。
ドルヴァノなら、それらの背景をでっち上げかねないのでは、という説だ。
「世界を操作する」という野望を持つ男だ。
共同出資者――つまり、自分と同じ地位の人間がいることを、許しておくとは思えない。
「そこでドルヴァノは、当時13歳だった私に目をつけました」
赤い瞳が、静かにこちらを見る。
「私がイグニス=ギアの広告塔として活動をするなら、借金を帳消しにしてやる。彼はそう告げたのです」
「……そういうことか」
世界でも有数の魔力の才能。
そして、『美貌』という圧倒的な華。
それらを併せ持つルクシアが、これから会社にもたらす多額の利益。
ドルヴァノは、借金を差し引いてもお釣りがくる、と判断したのだ。
「当然、家族は反対しましたわ。ですが私は、その誘いを喜んで受けました。大事な家族が崩壊してしまうのを防げるのですもの。この身でよければ、いくらでも差出しますわ」
当時、彼女は13歳の少女。
小さな体に不釣り合いな覚悟を宿し、この業界に足を踏み入れた。
「それで今に至ります。配信や芸能活動で稼いだ金銭は全てイグニス=ギアへ。私に入ってくるのは、生活に必要な最低限の給料だけですわ」
「そんな、お前……」
「勘違いしないでくださいまし」
同情でかけようとした言葉を、ぴしゃりと遮られる。
「私は、今の生活に満足しているんですのよ」
ルクシアは背筋を伸ばし、胸を張る。
「搾取されていると言われれば、確かにそうかもしれません。けれど、イグニス=ギアの後ろ盾があるからこそ、私は多くの方の前に立って、希望と夢と勇気を与えることができます」
その顔は、配信の時よりもずっと凛々しい。
「私は誇りをもって、この生活を自ら選んでいるんですの」
「……そうか。カッコいいな、お前」
少なくとも、俺よりはずっと。
「ですが、貴方には申し訳ないことをしましたわ」
ルクシアはすっと頭を下げる。
「いくらドルヴァノの命令とはいえ、配信の途中でいきなり凸をするだなんて……大変なご迷惑をかけてしまいました」
「ああ……あれ、ドルヴァノの命令だったのか」
「ええ。普段は私の活動に口を出さないのですが、珍しく指示があったんですの。貴方が『使える』人間かどうか、探りを入れてこいと」
「で、それが何で一対一のタイマンになるんだ?」
俺が尋ねると、ルクシアはぽかんとした表情で小首を傾げた。
「――え? だって拳を交わせば、相手のことがわかるんですのよ?」
そう言って、ぐっと拳を構える。
やっぱりコイツ、どこか残念だ。
才能も覚悟も本物だが、発想が脳筋すぎる。
「それでは、今度は私の番ですわね」
ルクシアは拳を下ろし、真剣な目でこちらを見る。
「聞かせてくださらない? 貴方が何者で、いったいなぜあれほど強いのか」
「っ……それは――」
俺はコーヒーで喉を潤してから、語り始めた。




