第15話 教師といえば?
「――呼っばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃ~ん! 羽生田聡子でぇ~っすぅ!」
羽生田社長は教壇に立つやいなや、ばちこーんと強烈なウインクを繰り出した。
「よ、よろしく……お願い、します……」
席についている姫宮は完全に圧倒されている。
「いやあ、聞けば美空ちゃん。この部屋を掃除してくれたんでしょ?」
「あ、はい。黒野さんと愛沢さんも一緒にですけど」
「あの二人は社員だから当然なの! ……っつーか私が『片付けろ』って何百回言っても無視してポイポイがらくたを放り込んでたのはアイツらだしね。社長を何だと思ってんだろうね。……ねえ?」
ギロッとこちらを睨みつける羽生田社長。
部屋の後方に佇む俺と愛沢は、同時に視線を逸らした。
社長の言う通り、ここは羽生田マギテック本社のとある一室。
物置(っぽい感じで使ってた)部屋を片付け、ホワイトボードと机を用意した。
そして後方には、定点カメラを2台並べている。
「都合が悪くなるとスグ目を逸らす! これだから最近の若ぇ奴ぁよぉ!」
「は、羽生田さん……お、落ち着いてください……」
「いやぁ~んっ、他人行儀! 『聡子さん』って呼んで? あ、『さっちゃん』でもいいわよ?」
……本当にクセの強い人だ。
未成年の姫宮にはまだ早かったか?
「――にしても、よく思いついたっすねえ。『この一連の特訓を動画コンテンツにしよう』……だなんて」
俺の隣で愛沢が言った。
その言葉に、俺も激しく同意する。
「ああ……俺には無い発想だ。若さかな」
特訓をする、ということが決まってから数日後。
姫宮から『特訓の様子を撮影したい』と直々に提案を受けた。
初めは何を言い出したかと困惑したが、少し考えて納得した。
そもそも姫宮が特訓をするのは、自身が成長し、視聴者にダンジョンの現実を伝えるため。
ならば、その過程そのものを公開してしまえば。
正しい知識を、正しい形で広めることができるのではないか。
それが、姫宮の狙いだった。
「でも、ホントに大丈夫なんすか? アタシより社長が適任って言ったの、先輩っすからね?」
「根に持つなよ……まあ、見てろって」
俺は社長を指さし、愛沢の視線を前方に誘導した。
「じゃ、まずは歴史からいきましょうか」
羽生田社長はホワイトボードに、さらりと一本の横線を引いた。
「ここがスタートね。今から10年前、世界各地にダンジョンが出現しました」
続けてキュッキュとペンを走らせ、『2026/01』と年号を書き込む。
「当然、最初は大パニックよ。世界の終わりが来たかと思ったわ」
「世界の終わり……」
姫宮がごくりと喉を鳴らす。
羽生田社長は、ホワイトボードに銃や戦車の簡単な絵を描いた。
「日本では自衛隊が調査に臨んだの。でも、ダンジョンから出てきたのは、近代兵器でどうにかなる相手じゃなかった」
描いたばかりの重火器イラストに、大きく赤でバツ印を付ける。
そして、魔物の写真を鞄から取り出し、磁石でボードに貼り付けた。
……わざわざ準備してくれたんですね。
「理外のエネルギーである『魔力』を糧とする化け物の群れ……。ここで人類は、未知の脅威である『魔物』と向き合うことになったの」
羽生田社長は、最初に引いたタイムラインに線を1本追加した。
「ダンジョンが発生してから5ヵ月後。このタイミングで、世界各地に同じ現象が起こり始めたわ」
その場所に書き込まれたのは、5文字の言葉。
「『ゲート暴走』よ」
「ゲート……暴走……」
「ダンジョンを放置するとね、内部の魔力濃度がどんどん上がっていくの。原因は最奥にいる『ボス』。それが魔力を増幅させる核みたいな役割をしているのよ」
ボス、と書いて赤丸で囲む。
「ダンジョン内の魔力濃度が濃くなると、魔物は活性化して個体数も増える。このあたりは、学校の授業でも習ったかな。……で、限界を超えると?」
羽生田社長が問いかける。
5秒ほど考えて、姫宮は結論を口にした。
「……外に、出てくる」
「そのとおり~っ! ゲートからこっちの世界に溢れてきちゃうのよ」
「じ、授業で習った時はあまり実感が湧かなかったんですけど、魔物を間近で見るようになった今ならわかります。……それが、どれくらい恐ろしいことなのか」
姫宮の発言に、羽生田社長は真剣な面持ちになる。
「つまり、ダンジョンは踏破しないといけないの。ボスを討伐して、魔力濃度を下げる。そうしないと、暴走しちゃうからね」
「は、はいっ」
姫宮は強く頷いた。
「でも当時の国家の戦力じゃ、攻略ができなかった。……で、転機になったのが、とある暴走現場。たまたま居合わせた一般人が、溢れた魔物全てを討伐したの」
「い、一般人が……!?」
「ええ。ただ普通の人じゃなくて、今でい覚醒者ね。今のトップ配信者の殆どがそうよね。ルクシアちゃんもだし」
アレは覚醒者の中でも、上澄み中の上澄みだがな。
社長の挙げた例に、俺は内心でそう付け加えた。
「そこから政府は『覚醒者を戦わせる』って方針に転換。有望な覚醒者を一般人から選抜し、ダンジョン攻略の専門部隊を編成した」
――政府直轄、ダンジョン攻略特殊専門部隊。
ホワイトボードに、懐かしい名が記された。
「それが成功して調子づいた政府は『ダンジョン利用法』を設立。民間企業や一般人にダンジョン攻略をさせて、魔力に対する研究・開発を活性化させたの」
「私がダンジョンに入れているのも、そのおかげですね」
「イエス! 今では世界で確認されている全てのダンジョンが、しっかり踏破済みになってるわね」
「ほええ……全て踏破済み……凄いです」
「そう。人類は未知の脅威に、見事勝利を収めたってわけ」
感心したように息を吐く姫宮。
羽生田社長はそれを聞いて、満足そうにペンを置いた。
そして、カメラを見据える。
「つまり、今あなたたちが没頭しているダンジョン配信の世界はね、先人たちの命がけの試行錯誤の上に成り立ってるのよ」
最後のセリフを録り終わったところで、俺と愛沢は録画を停止した。
俺は愛沢にドヤっと笑みを向ける。
「ぐっ……悔しいっすが、ひじょーによくできた解説だったっす……」
「だろ? 俺はな、あの人以上の先生を知らないよ」
なんせ、俺の恩師だからな。
イラストも説明の流れも、しっかり準備してきてくれたのだろう。
感謝しないといけない。
俺は前方の社長に向き直り、頭を下げた。
「羽生田社長、ありが――」
「――は~っ、一気にしゃべったら熱くなっちゃった~っ」
そう言いながら、社長はミニスカートの裾をぱたぱた。
黒の網タイツが強調される。
「うっふ~ん♡ 教師と言えば、網タイツでしょ~ん? 視聴者のみんなぁ、チャンネル登録と高評価よろしくぅ~ん♡」
既に録画が止められているとも知らず、カメラに流し目を向ける羽生田社長。
愛沢は、こちらをジト目で見つめてきた。
「さっき、何て言ってたっすか? ねえ、先輩?」
前言撤回。
俺は、あの人より酷い先生を知らないよ。




