第13話 一生ついて行くっす
前半部分は愛沢視点です。
ルクシアに連れ去られた時、彼女に何が起こったのでしょうか。
後半からは普段通り黒野視点に戻ります。
水晶の仄かな発光に照らされたボス部屋。
小脇に抱えられていた愛沢は、ゆっくりと床に降ろされた。
そして、自分を誘拐した張本人へ向き直る。
「っ……」
思わず、息を呑む。
目の前にいるのは、配信の女王・天城ルクシア。
齢13でダンジョン配信者としてデビューしてから、常に世界の頂点に君臨してきた存在。
……いや、その説明には語弊がある。
彼女がダンジョン配信者になったわけではない。
世界で初めてダンジョン内でのライブ配信を成し遂げた13歳の少女を、世界が後から「ダンジョン配信者」と呼んだのだ。
つまりダンジョン配信という文化を作ったのも、その歴史を紡いできたのも彼女。
そんな、愛沢にとって神様のような存在が、今まさに目の前に立っている。
手を伸ばせば、届く距離に。
「――申し訳ないですわ、裏方の貴方を巻き込んでしまって」
唐突な神からの謝罪。
愛沢は、伸ばしかけていた手を慌てて引っ込める。
「へ!? ぜ、ぜぜぜ、全然平気っすよ! アタシでよければ、いくらでも攫ってくださいっす!!」
芝刈り機のように高速で手を振る愛沢を見て、ルクシアはくすりと笑う。
「貴方の広い心に、感謝しなければいけないわね。……貴方、お名前は?」
「おっ、お名前!? えっ、あっ、あいあいっ、愛沢ほのかっす……!」
「そう……ありがとう、あいあい愛沢さん」
「あ、いや、違うっすけど、もうそれで良いっす。正解の名前で呼ばれたら失神しちゃいそうなんで」
ルクシアはこくりと頷くと、愛沢の後ろに回り込む。
「形上、縛らせていただきますわね」
「はいっす!」
愛沢は自ら、体側にぴたりと手を付ける。
するとルクシアは、黒子が持ってきた縄をくるくると巻き付けた。
出口ゲートの脇の、石柱ごと。
「これでよしっ……ですわ。どう? 痛くないかしら?」
「げへへ……むしろ痛くしてほしいくらいっす」
「へ、変なお方ですわね」
ルクシアは手を払うと、視線を暗い通路へ向けた。
「さて……あとは来るのを待つだけですわね」
その言葉を聞いて、愛沢は胸がずきりと痛む。
なぜなら、黒野という男は、ダンジョン配信が大嫌いだからだ。
今でこそ『アリスの開発』という大義のもと配信に参加してはいるが、こういう自分に何の利も無い、ただのエンタメには付き合わないはずだ。
「……申し訳ないっすけど、先輩はアタシなんかを助けには来ないと思うっす」
アタシじゃなく、あの人なら来たかもしれない……と内心で付け加える。
愛沢が入社したばかりの頃、開きっぱなしにしていた黒野のスマホの待ち受け画面が目に入ってしまったことがある。
そこに映っていたのは、黒髪をポニーテールに結んだ、10代半ばの少女。
新人の愛沢にとって、黒野は仕事はできるが謎の多い先輩。
そんな存在のスマホの待ち受けが、明らかな未成年……。
愛沢の思考は、一気にそこへ集中した。
娘……という歳でもない。
ならば妹……いや顔が似てない。
推してる地下アイドルとか……にしては、接写すぎる。
考えても答えは出ず、そのうち面倒くさくなって、直接黒野に尋ねた。
「それは誰か」と。
返って来た答えは「……大切な人だ」と一言だけ。
愛沢はその時、ほのかな犯罪臭を嗅ぎ取った。
しかしそれ以降、黒野は待ち受けを変えてしまった。
自分のとった何気ない行動で、黒野の選択を捻じ曲げてしまった。
強く後悔したのを、未だに覚えている。
結局、あの人が誰だったのかは分からないが、黒野の心の中の大部分を占有していることだけは、間違いない。
今回捕まったのが、ただの職場の後輩でなく、『大切な人』だったのなら、黒野も来ただろう。
「そうかしら? ……私の見立てでは、来ると思うんですの」
ルクシアの慰めに、愛沢は言葉も無く首を振る。
それを見たルクシアはため息をついた。
「わかりましたわ。それでは、賭けをしましょう」
「か、賭け……?」
「そうですわ。もしも黒野さんが来なければ貴方の勝ち。すぐに解放して差し上げますわ。逆に黒野さんが来たら私の勝ち。その時は、一つお願いがありますの。私が魔法を使ったら、苦しそうな演技を――……」
相手に何のリスクも無い、明らかに悪条件な賭けだったが、愛沢はそれを呑んだ。
なぜなら、憧れのルクシアに会えただけで丸儲けだし、それに何より、黒野が来るとはどうしても思えなかったからだ。
だから、暗闇の奥から黒野が現れたとき。
そして、咳き込んだ自分を見て怒ってくれたとき。
愛沢は、どうしようもなく胸が高鳴った。
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「って感じで、打ち合わせ済みだったっす……」
事の顛末を聞いた俺は、大きなため息をついた。
「ほ、本当にごめんなさいっす! 先輩は本気で心配してくれてたのに!」
「……そうだな」
眉を顰め、涙目の愛沢を見る。
「『もう治った』とは聞いてたが、病気が再発するかもしれない。一刻も早く助け出さないとって、その一心だったよ」
「う、うう……アタシが馬鹿だったっす……」
「前にも言ったけど、俺の中じゃダンジョンはまだ死と隣り合わせの戦場なんだよ。そういった意味じゃ、アレは最悪のドッキリだったな」
「ひいいっ……な、何でもするから許してくださいっす……!」
心の底から申し訳なさそうに頭を下げる愛沢に、俺はつい笑みを漏らした。
「次からはするなよ」
「……へ? ゆ、許してくれるっすか?」
顔を上げる愛沢。
目には大粒の涙が溜まり、鼻水も垂れている。
俺は少し引き気味に、頷いた。
「そんでな……お前が捕まってたら、助けに行くに決まってんだろ。そこの認識はしっかり修正しとけよ」
びた。
愛沢の時間が止まる。
一秒、二秒、三秒。
固まったまま動かない。
五秒経ったところで、ぶわわっと涙を溢れさせた。
「――せ、せんぱぁい……! 一生ついて行くっすうううううううう!」
勢いよく抱きつかれ、そのまま窓際まで押しやられる。
ちょうど腹のあたりに、ふにょんと柔らかい感触。
「おわっ!? ば、バカ! こぼれるだろ!」
取りこぼしそうになった缶を慌てて持ち直す。
愛沢はぱっと離れ、耳まで赤くして笑った。
「へ、へへ……ついやっちまったっす」
「……ったく」
俺はため息をつき、ふと窓の外を見る。
すると視界の端に、見覚えのある青髪が映った。




