第1話 迷惑系との遭遇
『――マスター、攻撃が来ます。一歩下がってください』
声に従い、バックステップ。
その直後、何もない空間を敵の棍棒が薙いだ。
『敵は反動で動けません。踏み込みを』
「はいよ……っと」
イヤーカフから発される機械音声に従い、敵の懐に飛び込む。
「フシュルゥゥゥ」
敵――ゴブリンは何をするでもなく、こちらを見て湿った息を吐いた。
これだけ接近されて深呼吸とは、呑気なもんだ。
流石、子供でも倒せる最弱の魔物である。
『攻撃準備です』
「よし」
俺は手に持った短剣に魔力を流した。
鈍い音が鳴り、刃の周囲に淡い緑の光がまとわりつく。
『今です。左から頚椎を狙いましょう』
「――ハァッ!」
俺は右足を踏み込み、敵の首元に短剣を滑り込ませる。
緑の光が尾を引いて、空間を裂いた。
敵の動きが止まる。
数拍遅れて、身体の輪郭が崩れはじめた。
紫色の光が霧散して、空気に溶けていく。
『……魔力反応消失、討伐を確認。お疲れさまでした』
淡々とした報告を聞いて、俺は短く息を吐いた。
2つある腰のホルダーの空いた側に、短剣をしまう。
「ふう、やっと一匹目かあ」
ここは初心者向けのGランクダンジョン。
魔物が少ないのは当たり前だ。
平和で安全であるからこそ、最低の『G』と位置付けられているのだ。
「……とはいえ、流石に少なすぎる」
ダンジョンに潜ってから、だいたい一時間。
あちこち歩きまわって、ようやく初めての魔物に遭遇することができた。
「アリス」
『はい。お呼びでしょうか、マスター』
俺の呼びかけに応えたのは、女声の機械音声。
彼女の名は『A.L.I.C.E』。
正式名称は、迷宮探索及び戦闘の統合高度支援知能(Advanced Labyrinth Integrated Combat & Exploration system)……というのだが、誰もそんな長ったらしい名前では呼ばない。
「周辺の魔力反応を探ってくれ。小さいものでも、見落とさないように」
『承知いたしました。少々お待ちください』
そして、数秒後。
『周辺範囲に、生命と思しき魔力反応は見られませんでした』
「だよなあ……」
淡い期待すらも打ち砕かれ、俺はがっくりと肩を落とす。
少ないのは想定内だが、ここまで何も出ないと困る。
確認したいものが確認できない。
「今日中に、三十体は狩るつもりだったんだけどなあ」
アリスの補助精度の確認。
そのために、わざわざダンジョンに来たというのに……肝心の魔物がいない。
「はあ……再試験かなあ、これ」
ぼやきながら、とぼとぼと歩く。
そんな俺の足元は、壁面から滲み出た淡い青の光で照らされている。
光源は、ダンジョンの壁面から生えた大小さまざまな水晶の、幻想的な輝きだ。
ふと、その水晶の一つに、自分の姿が映り込んだ。
「うわ、ひどいな」
思わず足を止める。
そこに映っていたのは、だらしない見た目の冴えない男。
伸びっぱなしの黒髪は無造作に額へかかり、後頭部には寝ぐせが跳ねている。
無精ひげもまばらに生え、こんな見た目で外を歩いてきたのか……と思うと、今さら恥ずかしくなってきた。
「帰ったら切らなきゃな……」
誰に聞かせるでもなく、呟く。
『それをオススメします。マスターはきちんと整えれば、一般的に美男子と呼ばれる部類の見た目になりますから』
と思ったが、一人聞いていた奴がいたらしい。
「お世辞を言う機能なんて、付けた覚えはないぞ」
『申し訳ありません。削除しておきます』
「そこは『お世辞じゃありません』だろ!」
『そんなことよりも、マスター』
露骨に話題を変えようとしてるな。
言語応答系の処理、見直す必要があるかも。
そんなことを考えながら、「どうした?」と問い返す。
『――魔力反応を検知いたしました』
「本当か!? それを早く言えよ!」
『十時方向。距離、約七十メートル。人為的な魔力使用の反応と思われます』
人為的?
人がいるということか。
ダンジョンで人間に遭遇するのは珍しくない。
特に近年では、とある人種が大量に増加している。
そいつらには、絶対に会いたくないと思っていたのだが……。
「……この異常について、何か知ってるかもしれないな。一応、行ってみるか」
そう決心し、足音を殺して進む。
曲がり角の向こうから、声が微かに届いた。
俺は壁際に身を寄せ、呼吸を浅くする。
片目だけをわずかに壁から出して、声のした方向を見た。
そこにいたのは、一組の男女。
「アリス、音声を拾えるか」
『承知いたしました。指向性マイクをオンします』
耳の奥で、男女の声が少しだけ鮮明になる。
「ちょっと! そっち立つとカメラ入んないんだけど! ちゃんと考えてよオレの配信なんだからさー!」
「は、はい……すみません……」
「それじゃ、恒例のやついきますか~……顔面採点! ドゥルルルルル……ドゥン! はい、75点!」
「な、ななじゅう……?」
「いや素材は悪くないんだけど、ホント惜しいなあ。ちょっと垢抜けてないっていうか……そうだ! 整形とかしたらいいと思うよ! プフフッ!」
……案の定、か。
俺は心の中で大きなため息をつく。
奴らこそ、俺が最も関わりたくない人種――『ダンジョン配信者』だ。
配信者であろう男の方は、片手に撮影用のジンバルを構えている。
で、相手の少女はおそらく未成年だ。
初心者用の軽装を身に着け、居心地悪そうに身体をすくめている。
『迷惑系配信者』と『絡まれた一般人』って感じだな。
「あ、あの……すみません。私もう行ってもいいでしょうか? 私も一応……」
「はいストーップ、ダメダメダメ。今抜けるの一番サムいから。ここから企画発表入るんで」
「き、企画……?」
「それじゃ視聴者の皆、今日の企画はこちら! 『検証! Gランクのザコは、オレに通行税取られても文句言えない説~!』」
男は軽い調子で言いながら、少女の装備に視線を走らせた。
「このダンジョンさ、見ての通り全然魔物いないでしょ? オレが事前に全部処理してあげたわけよ。君みたいなザコを守るために。感謝してほしいよね、普通に」
「え、そ、そうだったんですか……!? どうりで何にも出ないと……」
おい、ちょっと待て。
今なんつった?
魔物を全部片づけた?
……お前だったのか、俺の仕事の邪魔をしてくれたのは。
「そうそう。だからさ、安全を買ったと思ってもらってね、通行税をいただこうと思いまーっす」
「つ、通行税? お金を取るんですか……!?」
「イチイチ驚かないでね、テンポ悪くなるからさ。で、いくら出せる?」
「すみません、私、あまりお金を持っていなくて……」
少女は視線が泳ぎ、指先が震えている。
「うーん、じゃあしょうがないかぁ~」
男は大げさにため息を吐く。
その言葉を聞いた少女は、少し安堵したような表情を見せた。
だが、次の男の一言で、彼女の顔面は凍りつく。
「代わりに、その装備でいいよ。ホラ、全部脱いで」
「え……!?」
……マジか。




