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牡丹の君  作者: おぴぴ
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第6話 命令

広げられた着物はまるで泥に塗れたとは思えないほどに綺麗になっていた。行灯を弾いたそれは赤紫の光沢さえ感じる。想像以上の出来に流石の紫苑も感嘆の声が漏れる。


「…これ…どうやって…。」


「米のとぎ汁です。紫苑様、いかがでしょうか?私達が出ていくという話は…。」


「___チッ。あぁ、もう好きにしろっ。」


「ありがとうございます!!」


紫苑は決まりが悪そうに舌を鳴らし、吐き捨てるように言った。先程の失言のせいか、まだ彼の鼓動は早く脈打ち陽葵の顔をまともに見ることは出来ない。


俯いたままのこちらを見ることがない主が心配になった陽葵は、近づいて彼の顔を覗き込もうとした。紫苑はその気配に気づき勢いよく顔をあげる。


「…っ!!き、気安く近寄るな、この無礼者が。」


今まで凍てついた雪のようだった彼の瞳が大きく揺らいでいる。焦っているような悲しげななんとも言えない複雑な表情の紫苑に陽葵も驚き、慌てて後ろに下がる。


「も、申し訳ございません。」


「…もう下がれ。これも片付けておけ。」


そう言いながら彼は着物を乱暴に掴み、陽葵へ投げて渡し、そのまま彼女の顔を見ないように背を向け、机に就く。落ち着かないような態度で読みかけの書物を開いた。


「あの、紫苑様一つだけ。」


「…まだなんか用か!」


「えっと、先程着物見せた時なんと…たしか、ぼたん___」


「あぁ、もう黙れ、邪魔だ。失せろと言っているのが分からないのか!」


その紫苑の声に押されるような形で陽葵は部屋から逃げるように出て行った。


あの時、確かに牡丹って言った気が…?いや、気のせいか聞き間違いかな。


小さな疑問は陽葵の手に抱えられた赤紫色の着物と共に闇夜へと溶け込んで消えていった。







次の日、日花達へ綺麗に元通りになった着物の事を告げると彼女達だけでなく周りの下男下女からの拍手喝采が巻き起こった。


しかし陽葵は昨晩の紫苑の顔が頭から離れずにいた。『__牡丹』彼が口走った言葉の意味をぐるぐると頭の中で考える。


着物の色味が牡丹の花の色に似てるからそう言った?にしては、凄く悲しそうな眼だったしすごく動揺してた…。


「__簪。」


陽葵は呟く。そういえば彼は常に美しい黒髪を軽く結わえ、『牡丹の君』たる所以の牡丹の簪をつけている事を思い出す。


でも、簪と着物…。なんの関係が?考えれば考えるほど分からなくなる。


「陽葵ってば!」


日花の大きな声が陽葵の思考を遮る。どうやら何度も話しかけていたらしい。


「どうしたの?そんなに考え込んで…。昨日のことでやっぱりなにかあったの?」


「いえ、ただ…なんで紫苑様は『牡丹の君』って呼ばれてるんですかね。」


「それは、牡丹の簪をつけてて…。」


「なんで、牡丹の簪つけてるんですか?」


「それは………分からないわ。」


日花は少し考えてから首を横に振る。


きっと、昨日の『牡丹』という一言と彼のあの簪は何か繋がりがある。根拠も何もない確信を抱きながら、彼女はいつものように仕事にとりかかる。




今日は廊下の雑巾がけだ。春の日差しが暖かい季節だが、雑巾を絞る手はまだ凍える。時折、冷たくなる手を自分の吐息で温めながら、長い廊下を少しずつ拭き進める。


やがて、閉塞的な廊下から縁側まで拭き進める。縁側からは洗練された大きな庭園が見える。桜の木はもうすぐ花開かんと蕾を大きく膨らませている。陽葵が九条の屋敷の中で最も好きな場所だ。


「(桜の花、満開になったらきっと圧巻なんだろうなあ)」


そんなことを思いながら、ぼんやりと桜の木を眺めていると、桜の木越しにチラつく赤紫色の着物。焦点をそちらにあわせると、紫苑が目を細めてこちらを見ていた。目が合うと、「見つけたぞ。」と言わんばかりの表情でこちらへ向かって歩いてくる。


「(え、なに。)」


何か無礼なことしてたかと慌てるが何も心当たりがない。周りの下女達も次々に彼に対し道を開け平伏している。陽葵も同様に慌てて平伏する。


徐々にスタスタと床と足袋が擦れる音が近づく。その音は陽葵の目の前まで来るとピタッと止んだ。


「おい、お前。」


「………。」


「おい、聞いてんのか、お前だ。お節介。」


顔をあげると、紫苑がいつものように眉間に皺を寄せ、冷たい瞳でこちらを見下ろしていた。


「はっはい!なんでしょうか。紫苑様。」


「……生姜湯を持ってこい。」


「へ?あ、えっと…?はい、ただいまっ!」


立ち上がろうとすると、紫苑は続けた。


「__ッ!!……いや。今じゃない。分かったな、命令だ。」


「え……。」


そう言うと、足早にその場を後にする紫苑。


___生姜湯。


これから連想される場面は一つだけだ。


「(つまり、“今晩、書庫に生姜湯を持ってこい”ってこと?)」


まるで嵐が去った後のようなざわめきが陽葵の胸に残った。


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