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牡丹の君  作者: おぴぴ
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第24話 ぶつかる木刀

「では、はじめっ!」


二人は指南役の声を皮切りに深々とお辞儀をして、木刀を構えた。椋は意地悪く口角を上げながら、まるで獲物を追い詰める獣のような目で紫苑を見つめる。


天仁と紫苑が対峙した時とは違う言葉ではできない独特の緊張感が中庭全体を包み込む。陽葵は自分のこの先の運命もかかっているであろうこの手合わせに手拭いをぎゅっと握り締めた。椋の従者になることだけはどうしても避けたかった。


睨み合う二人。


椋は表情一切崩すことなく、地を蹴った。


「(__速い!)」


ガンッ!!


その距離を詰める速さに紫苑は身を交わすことが出来ず、椋の木刀が彼めがけて振り下ろされる。ギリギリのところで守りの態勢をとった紫苑の木刀は椋の一撃を真正面から受ける。天仁の一撃の方が遥かに重たい、しかし芯のある全身の骨に響くような一撃。


何度も木刀がぶつかりあう。甲乙つけ難いほどの互角な攻防が続く。


「はははっ!」


椋は笑いながら、再び木刀を振り下ろす。紫苑は再び全身で彼の一撃を受ける。


ミシミシッ…


鍔迫つばぜり合いになった木刀が軋む。椋の爛々と血走った獣のようなさまに紫苑は気圧されそうになる。自分とは違う、生き生きとした血の通ったその熱すぎる眼差しがグッと近づく。


「お前さ、生意気なんだよ。その澄ました顔。」


椋の地を這うように低く響く紫苑にのみ聞こえるその声。


「………ッ!」


紫苑は刀に全体重をかけて椋を押し退ける。椋は後ろに退くものの鍛え上げられた筋肉の鎧に守られたその体はよろけることはない。余裕たっぷりな表情で木刀片方に高笑いしている。


___獣め。


「ふふ〜ん、全然手応えないなあ。___そっちの手のせいかなっ?」


バシッ!


椋は再び地を蹴り、一気に紫苑の懐に入ると痛めている右手めがけて思い切り木刀を叩きつけた。


「いっ………!!」


「(紫苑様ッ!!)」


紫苑の顔が痛みで激しく歪む。陽葵は声にならない悲鳴をあげ、手拭いをぎゅっと更に握りしめる。

椋は歪んだ顔を見て意地悪そうにニヤリと笑った。


「ごめんね〜。僕、性格悪いから。気づいてたよ〜。そっちの手、庇ってるね。」


「貴様……!」


相手の弱点をいち早く気づき、そこを誰よりも早く突く。この観察眼から判断・行動するまでの迅速な速さは椋の一番の強みだ。


「ほらほら、もうお終いなの〜?……はぁっ!」


バシッ!


手の痛みが治らぬ紫苑の肩に木刀が叩きつけられる。固い木が肉を切り裂くような生々しい音。

紫苑は身を一瞬身をのけぞらせる。苦痛で噛み締めた唇から赤色の液体が垂れる。


圧倒的な力で紫苑をいたぶる椋に流石の指南役が「そこまで!」と割って入ろうとするが、それを椋は手を挙げて静止させた。指南役を見るその彼の瞳は紫苑とは比べ物にならないほど冷たいが、口角は依然として上がったままだ。


「邪魔するな。これは神聖な戦いだよ?__戦で待ったなんてあるわけないでしょ。ねぇ紫苑、君もそう思うだろ?」


そう良い、椋は紫苑に近づくと着物の襟を掴み彼の耳元に口を近づける。湿り気を帯びた、獣の唸り声のように低い声が紫苑の耳だけに妖しく響く。


「早く降参しろよ。陽葵、返してもらえるかな?あれは俺の物なんだよ。___許嫁一人守れないお前が、この僕に勝てるわけないでしょ。」


「____黙れっ!」


紫苑は肩で椋を突き飛ばすと体勢を整える。息は荒く、呼吸とともに肩が激しく上下している。口の中に溜まった血を吐き捨て、着物の袖で口を拭う。椋を睨みつける彼の瞳に鋭い光が宿る。


それは一瞬だった。


ドスッ!


紫苑は力強く地を蹴り、椋の懐に潜り込むと刀のつかを思い切り叩きつける。柄は椋の溝落ちに深々とめり込み、低く鈍い音をたてる。


「ぐっ…!かはっ…!!」


口の中に胃液が込み上げ、呼吸も奪われた椋はそのまま咳き込みながら地に倒れ込んだ。彼の従者達が「椋様っ!!」と心配そうに駆け寄る。先ほど静止していた余裕そうな顔はもうそこにはなかった。紫苑は倒れる彼の首筋に木刀を冷ややかに突きつける。


「なんだ、もうお終いか。」


勝敗はついた。


紫苑は先ほど浴びせられた言葉をそっくりそのまま返した。従者達に抱えられゆっくり起こされた椋は、溝落ちをさすりながら、力ない笑みを浮かべていた。


「いてて…。ごめんね、お前達。かっこ悪い姿見せちゃった。…力が強いよ〜紫苑。手加減を知らないの?」


「それはお前も一緒だ。」


「はは、そんなことないよ〜。あーあ、折角の機会台無しにしちゃった。」


乾いた笑いを漏らしながら、椋はちらり陽葵を盗み見た。彼女の心配そうなその瞳は、自分の方ではない別の男を見ている。叩きつけられた溝落ちよりも心の奥底が軋むように痛む感覚に襲われる。


「はあ、何これ。かっこわる。」


彼の小さな呟きは、風で舞い上がる桜の花びらとともに遠くへ飛んでいった。

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